
月を見る
月を見る。
そう言ってベランダに出るようになったのは、いつからだっただろう。
向かいに見えるマンションの屋上。
晴れた夜だけ、天体望遠鏡を覗いている人がいる。
最初は、
誰かいる。
何度か見かけるうちに、
いつもいる。
そして今では、
今日もいた。
に変わった。
遠すぎて顔は見えない。
年齢も、声も、名前も知らない。
ただ、望遠鏡の向きをゆっくり変える影だけを知っている。
雨の日や曇りの日には、彼はいない。
だからいつの間にか、天気予報の星マークが嬉しくなった。
星が見える日は、
彼が見える日になった。
今夜は、よく晴れている。
屋上にはいつもの影。
その向こうに、大きな月。
私はベランダの手すりに頬杖をついて、誰にも届かない声で言った。
「こんばんは」
少しだけ間を置く。
「今日は、月が綺麗ですね」
彼は今日も、空を見ている。
それでいい。