
入院
3畳ほどの部屋にいる。他には誰もいない。私の生活用品が見える。個室のようだ。
ドアは15センチほど開いた状態になっている。
磨き上げられたガラスのような壁とドアに四方を囲まれている。そっと耳を当ててみるとひんやりとした感触だけでどこからも音はしない。
ここはどこなんだろう。
ぐるっと見回すと隣りの部屋の住人と目が合ってお互い無色透明の壁越しに軽く会釈をした。
Googleマップで現在地を調べようとスマホを探すが見当たらないのは、取り上げられているからなのか。
おそるおそる個室の外に出てみる。廊下のようなものはなく、目の前にはすぐそこに静かな街並みが広がっている。行き交う人々もいる。
室外壁際には対にした小さなテーブルと椅子が個室ごとに置かれていて、いつのまにか先ほどの隣人も自分のそれに腰をおろしていた。
ゆっくり椅子を引く。
「あなたもいらっしゃいましたか」
にこにこしながら隣人がこちらを向いた。
「私をご存知なんですか?」
どこかで見たような顔だが思い出せない。
何を話したかはわからない。でも、楽しいという感情をはっきりと、私は感じていた。
眠れる薄紅を抱き冬の静寂に身を委ねる街路樹の隙間からしばらくすると美しい女性がにこにこしながらこちらへと近づいてくる。
「調子はどう?」
隣人とふたことみこと言葉を交わすと彼女は私の方に視線を移した。
「初めまして。いつも弟がお世話になっています」
「初めまして。いえいえ、こちらこそお世話になっています」
反射的に言葉を返す。
隣人のお姉さん?
お姉さんがいらっしゃるんだ?
「お母さん、こっちこっち」
彼女は振り返って手招きをする。
「元気だった?」
お母さんと呼ばれた女性もにこにこしながら隣人と話を始めた。
「お母さん、この方」
隣人のお姉さんが私を指して掌を上に向けた。
「初めまして」
きょろきょろするが客人の椅子がない。探してこなくちゃと席を立つ。どこで調達したのか椅子を抱えて戻ってくるとどこで拵えたのかテーブルに並べた私の手料理を4人で囲んでいた。
何を話したかはわからない。でも、楽しいという感情をはっきりと、私は感じていた。
皆の笑声が冬麗の陽だまりに溶ける。
「また面会にくるから」
隣人のお姉さんの言葉が頭の中を漂う。
入院してるの?私たち?
にこにこしながら隣人が私に眼差しを向けた。
朝、目が覚めて忘れないうちにとメモを取りました。ひとりの友人との間に誤解が生じているのではないか?もしそうであってもそのうち解けるはずと願っていましたが、あるきっかけに背中を押され思い切って話を切り出しました。
話したからといって誤解が解けなかったりわかり合えなかったりも当然あることで、誤解したまま、されたままを消極的に選択せざるを得ない場合もあります。でも、その友人とは互いの感覚や思想の差異は別にして対話ができる、そう考えての、そう信じての決断でした。
笑顔でいたい。ですよね。ネガティブな感情の落としどころは作っているつもりですが、時には収まり切れず憂鬱や寂寥感がちょろちょろと漏れ出ていることがあります。
それらが少しずつ凝固堆積していき、いつのまにか風呂場の石鹸かす汚れみたいになってるんですね。ああなると非常に落ちにくい。
そんなふうにこびり付いていた思いが全部でなくともほろりと解けた安堵感から夢に表れたのではないかと思います。夢の再現に脚色は一切ありません。お目にかかったことのない(実在するかもわからない)お姉さまやお母さままで登場しました。夢っておもしろいですね。
数日前、旧知の友人たちとの小さな忘年会。閑静な住宅地の坂の中ほどにある蕎麦店はメンバーであるPくんの弟さんが営んでいらっしゃいました。蕎麦界隈では有名店なのだそう。
ひとつひとつにたしかな技術と真心が伝わる料理そして蕎麦、弟さん選りすぐりの日本酒が進むにつれそれぞれが日々の胸のつかえをぼつりぽつりと口にし始め私も夢の話をしました。
「誤解って放置しちゃうこと多いよな。そっかあ。俺もずっと引っ掛かってることがあるんだけど今年のうちにその人と腹を割って話してみるわ。今年の誤解、今年のうちに、だな」
Yはそう言うとぐびっとひと息に盃を飲み干しました。
ところで
友人と私は
どこに入院していたの……?