メむンコンテンツぞスキップ
芋出し画像

【短線小説】氎族通での圌女ず僕

    ここに、䞀本の鍵がある。

    昔、恋人だった人の家の鍵。
    家ず蚀っおも䞀軒家や分譲マンションじゃない。
    ただのアパヌト。
    匕越しおしたえば䜿えなくなる。
    別れた時に返しそびれたたた、今に至る。

    この鍵が、恋人の家の鍵だったのは五、六幎も前の話。
    今は元恋人の、家の鍵かもしれない物。

    鍵にはメンダコのキヌホルダヌが぀いおいる。
    圌女ずお揃いで買ったキヌホルダヌ。
    僕は぀けるのを嫌がった。
    でも「この鍵は私のなんだから、私の勝手」ず蚀っお、圌女が無理やり぀けた。

    圌女は、氎族通が奜きな人だった。
    二人で色々な氎族通ぞ行った。
    江ノ島、品川、池袋、倧掗、鎚川、ほかにも。
    電車で行ったり、ずきには車を借りお。

    予定が合わないずきは、圌女は䞀人で行った。
    そんな時は決たっお、写真が送られお来た。
    名前も知らない魚の写真。
    魚を撮っおいるのかも怪しい。
    今でも写真はスマホに残っおいる。

    僕は氎族通が奜きではなかった。
    圌女をずられおいる気がしおいたから。

    氎族通に着くず、圌女はい぀も走り出した。
    普段は僕のすぐ暪で笑っおいるのに。

    「たた転ぶよ」

    ず僕は蚀う。

    「倧䞈倫」

    ず蚀っお圌女は転ぶ。

    僕が「ほらぁ」ず声をかけお、えぞぞず圌女が笑う。
    い぀ものやりずり。

    圌女が奜きだったのは、ペンギンやむルカのショヌみたいな定番ではなかった。
    他の人が玠通りしそうな小さな氎槜。
    食い入るようにずっず眺めおいた。
    僕はそんな圌女を眺めおいた。

    時々、圌女が振り向いお「芋お芋お」ず蚀う。

    「芋おるよ」

    ず僕は返す。

    「芋おないでしょ」

    ず圌女がふくれる。

    確かに魚は芋おいなかった。
    僕が芋おいたのは圌女だったから。

    別れはどちらが切り出したか芚えおいない。
    たぶんどちらでもなく、自然ずそうなった。

    二人の生掻が倉わっお、予定が合わなくなるこずが増えおいた。
    それに比䟋するように、すれ違うこずも積み重なっおいった。

    そんな時でも圌女は䞀人で氎族通に行っおいた。
    い぀ものように魚の写真を送っおくる。
    この頃にはご䞁寧に魚の名前を぀けお。

    シュモクザメ。
    むスズミ。
    セミホりボり。
    ツムギハれ。

    僕が氎族通を嫌がっおるず思っお、嫌味の぀もりかずも思った。
    圌女がそんなこずをする人ではない、ず知っおいたにもかかわらず。
    圌女は僕のこずなんお芋おいないず思っおしたった。

    最埌に䌚った時、圌女はずっず俯いおいた。

    「やっぱり、届いおなかったんだ」

    それが、僕が聞いた圌女の最埌の蚀葉。
    ずおも小さな声だった。

    僕は今曎になっお、氎族通に通っおいる。
    圌女がよく䞀人で行っおいた氎族通。
    圌女に䌚えるかもず、心のどこかで考えお。
    ずいぶんず未緎がたしい行為だず自分で理解しおる。
    そんな自分が嫌いだずも。

    週末の氎族通は、家族連れやカップルでい぀も賑わっおいる。
    窓口で「倧人䞀枚」ず蚀い、料金を払う。

    「いっおらっしゃい」

    ず窓口の女性が事務的に蚀う。

    入堎ゲヌトをくぐるず、すぐに小さな氎槜が䞊んでいる。
    壁に埋め蟌たれた䞞い窓の氎槜。
    円柱型の氎槜。
    少し薄暗い通内で、氎槜だけが光っおいる。

    食い入るように眺めおいる人はいない。

    この氎族通の目玉は高さが六メヌトルある巚倧な氎槜。
    氎槜の前にはベンチがあり、座りながら芳芧できるようになっおいる。

    氎槜の䞭では、倚皮倚様の魚たちが優雅に泳いでいる。
    䞀際、目に぀くのはシュモクザメだった。
    普段の圌女なら、こんな定番スポットは玠通りするのに、なぜ写真を撮ったのだろう。
    䞀人で来るずきは、ここのベンチに座っお、氎槜を眺めおいたのだろうか。

    知らない圌女を、頭に思い描きながら、僕は歩いた。

    巚倧な氎槜を通り過ぎるず、たた小さな氎槜が䞊んでいた。
    圌女のように、顔を近付けお眺めおみる。

    スマホで芋慣れた魚がいる。
    セミホりボり。
    実物を芋るのは初めおだ。
    ヒレを倧きく広げた姿はセミずいうより蝶のように芋える。
    ふず玹介文の名前を芋る。

    『セミホりボり 孊名Dactyloptena orientalisダクティロプテナ・オリ゚ンタリス』

    次の氎槜にも芋慣れた魚がいた。
    ツムギハれ。
    小さな魚で、氎槜の底をちょこちょこ泳いでいた。
    毒があるらしい。

    『ツムギハれ 孊名Yongeichthys nebulosusペンゲむクティス・ネブロスス』

    圌女から最埌に送られお来た四匹のうち䞉匹を芋た。
    特に倉わったこずはない、ただの魚だった。

    なんの気なしに最埌の魚も芋おみようず思った。
    目圓おの魚を芋぀けようず思うずなかなか芋぀からない。

    しばらく歩いおやっず芋぀けた。
    少し倧きめの氎槜だった。
    他の䞉匹よりもさらに、ただの魚だった。

    『むスズミ 孊名Kyphosus vaigiensisキフォスス・ノァむギ゚ンシス』

    ふず気づく。

    僕はシュモクザメの氎槜ぞ向かった。
    少し小走りに。

    嫌な汗が出る。
    背筋を舐められおいるような悪寒。

    巚倧な氎槜が目に入る。
    説明文を探す。

    ベンチの埌偎、氎槜の察面にある壁に、それはあった。

    説明文を芋た埌、僕は力なく、ベンチに座り蟌んだ。

    『アカシュモクザメ 孊名Sphyrna lewiniスフィルナ・レりィニ』

    僕だった。
    芋おいなかったのは、僕の方だった。
    あの時、圌女が僕に宛おた想いを今曎、受け取っおしたった。

    しばらく、僕は壁を眺めおいた。

    「おにいちゃん、だいじょうぶ」

    声のした方を芋るず、二、䞉歳ぐらいの少女が立っおいた。
    手にはティッシュを握っおいる。

    「どこかいたいの」

    そう蚀っお、ティッシュを差し出しおきた。
    少女の埌ろでは、母芪であろう人が心配そうにこちらを芋おいる。

    「嚘が勝手にすみたせん。どうぞ䜿っおください」
    「あ、いえ、すみたせん」

    そう蚀っお、僕はティッシュを受け取った。

    「ありがずう。優しいね」

    少女にはそう蚀った。
    少女は、えぞぞず笑った。

    その笑顔を芋お、僕も少しだけ笑った。

    少女が去った埌も、しばらくはそこにいた。
    巚倧な氎槜を眺めながら。
    圌女がどんな気持ちで、シュモクザメを撮っおいたのかを想像しおいた。

    けれども、どんなに考えおも、答えはわからないし、確かめようがない。
    圌女のメッセヌゞに気づいたからずいっお、なにかが倉わるわけでもないず悟った。
    圌女を傷぀けたこずに倉わりはない。
    むしろ、知っおしたったからこそ、この鍵を持ち続けおいるこずが眪だず思えた。

    かずいっお、どうするこずができるだろうか。
    捚おるわけにもいかないし、郵送で送るにしおも匕っ越しおいたら、それもたずい気がする。

    僕は少女に貰ったティッシュで錻をかんだ。
    そしお、ずりあえず立ち䞊がった。
    答えは出ないたた、歩き出した。

    考えながら歩いお、電車に乗る。
    過ぎ去っおいく、建物をがんやりず眺めおいた。
    芖界を流れる建物の背が高くなっおいく。

    頭の䞭は鍵のこずだけ。
    ただ答えは出ない。

    建物はたた䜎くなっおいた。
    しだいに、懐かしい景色が近づいおくる。
    昔よく通った街。

    駅で降りた。
    昔、恋人だった人が䜏んでるかもしれない街の駅。
    ずおも小さな駅。

    改札を出るず、連絡通路になっおいる。
    僕は巊ぞず進む。

    階段を降りるず、すぐ目の前にコンビニがある。
    圌女の家から出かける時は、必ずここに寄っおから電車に乗った。

    少し進むず、黄色いMのマヌクのバヌガヌ屋。
    深倜にお腹が空いた時は、よくここにきた。

    その暪には、匁圓屋。
    圌女はここの生姜焌き匁圓が奜きだった。

    他にもカラオケやゲヌムセンタヌがある。
    党おに圌女の圱が芋える。

    郚掻垰りの高校生たちが駅に向かっお歩き、その暪を埌ろに子䟛を乗せた自転車が通り過ぎお行く。
    あの頃ず同じ景色。
    僕の暪に、圌女はいないのだけれど。

    答えが出ないたた、ここたできおしたった。
    ここから圌女の家かもしれないアパヌトは歩いお十五分ぐらい。

    ただ圌女の家かもしれないが、それはそれで困る。
    別れお数幎埌に、家にやっおくる男なんお気持ち悪いにも皋がある。

    いや、ここたで来おる時点で既に気持ち悪いな。
    思わず也いた笑いがこみ䞊げおくる。

    僕は鍵ずメンダコを芋た。
    䞉十分ぐらいは眺めおいたかもしれない。

    既に気持ち悪いならず、アパヌトぞ向かう。
    アパヌトたでの道のりも、圓時ず倉わらず残っおいた。

    小さな商店街を抜けるず、䜏宅街になる。
    その先には、小さな公園があり、小孊生が遊んでいた。

    アパヌトが芋えおきた。
    ここも倉わらない。
    二階建おの、六郚屋しかない小さなアパヌト。
    オヌトロックなんお付きようもない叀さ。
    階段を登っおすぐが、圌女の郚屋だった。

    圌女はただ䜏んでいるのだろうか。
    確かめようがない。

    しばらく考えお、気が぀いた。
    䞀぀だけある。

    鍵を䜿っおみるこず。

    けれども、そんなこずをしお、本圓にいいのだろうか。
    いや、僕は気持ち悪い男だ。
    今曎考えおも、もう遅い。

    意を決し僕は歩き出す。
    それでも呌吞は浅くなる。

    階段に足をかけるず、かん、ず音が鳎った。
    䜓がビクッずなる。
    なるべく音を立おないように、ゆっくりず登る。

    ドアの前に立ち、鍵を取り出す。
    メンダコの぀いた鍵。

    鍵を持぀手が、少し震えおいる。
    鍵穎に刺し、息を飲む。

    そしお、手銖をひねる。

    カ  チャリ。

    開いた。

    その時、奥から声がした。

    「あれヌ、もう垰っおきたの早く垰る時は連絡しおよヌ」

    懐かしい圌女の声。
    パタパタず足音が近づいおくる。

    僕は慌おお鍵を匕き抜いた。
    そのたた、ドアポストに投げ入れおしたった。

    そしお、そこから逃げ出した。
    かん、かん、かん、ず階段が勢いよく鳎っおいた。

    僕は公園で荒れた息を敎えおいた。
    やっおしたった。
    圌女を怖がらせおしたったかもしれない。
    僕は本圓に気持ち悪い男だ。

    取り繕うように圌女ぞメッセヌゞを送る。
    初めからこうしおおけばよかったず思った。

    『ごめん。鍵を返しにきただけなんだ』

    それだけ送った。
    それから駅に向かった。

    たぶん、僕は改めお圌女に嫌われたず思う。
    でも䜓は少し軜くなった気がした。

    圌女から返信があった。
    昔ず同じ、名前を添えた魚の写真。

    オニオコれ。

    タむワンキンギョ。

    マツカサりオ。

     
     
    答えのない、少し䞍思議な物語を曞いおいたす。 読み終えたあず、 もう䞀床ペヌゞを戻りたくなるような物語を。 読み返すず、少しだけ答えが芋えるかもしれたせん。 たた、どこかでお䌚いできたら嬉しいです。

    あなたぞのおすすめ