
「多摩」とは何か 「多摩人」とは誰か
最近、多摩センターの地域ミュージアムに通ってたんですけど。
多摩丘陵が開発されていく過程が、パネルで展示されていて、興味ぶかい。

「多摩」とは何か、きわめたいと思って。
「多摩」って、奥深いんですね。
多摩地域、というと、23区以外の、東京の西部を指すことが多いじゃないですか。
あれに、いつも腹が立ってるわけ。
多摩は東京だけじゃないぞ。
神奈川の、川崎市多摩区の立場はどうなる?と。
小田急多摩線の立場はどうなる?と。
多摩を名乗ってんのに、なんであからさまに無視するのか。
私が住んでいる川崎市麻生区も、もともとは多摩区から分かれている。
多摩市、とか、多摩センター、とかいうのも、本当は気に食わない。
なんで東京が、勝手に「多摩の中心」みたいに名乗るのか、と。
多摩は東京だけじゃない、ふざけんな、と神奈川県はなんらかの抗議をすべきではないか、と思っているわけですね。
多摩、という場合、古代からの行政区分「武蔵国多磨郡」をもとに考えることが多いけど。
でも、そもそも行政区分は、時々の権力者が、勝手に決めてるだけであって、住人の本意ではない。
自然は、多摩を差別しない。
現在、多摩を、東京や神奈川に勝手に分断してるのも、また神奈川内で、川崎と横浜を勝手に分割してるのも、中央の役人たちであって、地元住人の預かり知らないことです。
あるいは、小田急とか京王とか、鉄道会社や不動産会社とかが、勝手に定義している。
多摩大学の諸橋正幸教授は、「多摩」を、かつての武蔵だけではなく、相模も含めて考えています。これがたぶん、最も広い定義になるでしょう。(下図の斜線部分)

https://www.tama.ac.jp/cooperation/img/tamagaku/01_morohashi.pdf
ここでの「多摩」は、武蔵国と相模国を指す。江戸期に武州の多摩で養蚕と絹織物産業が起こり、豪農が武装して新選組のにわか武士に繋がる土壌があったという論説
— 坂本英樹 ( Sakamotoh ) (@sakamotoh) December 2, 2025
> ”古代・中世史から見た多摩地域の「独立」気風 ” 諸橋 正幸先生 多摩大学経営情報学部 多摩大学研究紀要https://t.co/HUUyauEk3c pic.twitter.com/Qlannc4Ot4
私自身は、現在多摩丘陵と呼ばれている地形、関東平野と対照的で、山がちだけど、大きな山があるわけではなく、ヒダのように丘と谷が連なる地形、河上徹太郎が、
実際百米(メートル)内外の高さの丘がこんなに無数に重なり合って渦を巻いた地形は珍しい。小高い所から見ると、それは雲海のようであり、又、人間の脳味噌の解剖図のようでもある。(講談社文芸文庫『都筑ヶ丘より』p64)
ーーと書いた、その「人間の脳味噌の解剖図」のような地形を共有する一帯を、「多摩」と呼びたいわけね。今の気分では。

その脳味噌のシワシワみたいな地形の、丘を削り、谷を埋めて、多くの人が住めるようにするまでの苦労が、多摩センターのミュージアムの展示でわかります。
そして、それは多摩ニュータウンに限らず、またいわゆる東京の多摩地区に限らず、わが川崎市や横浜市の山側も、同じですね。同じように開発されてきた。
だから、いまだに坂が多いから、老人の足腰が鍛えられて、日本屈指の長寿地域にもなってたりします。
上記、多摩大学の諸橋正幸教授の「古代・中世史から見た多摩地域の『独立』気風」によれば、多摩に住んだ日本人は、古代から、
「独立心旺盛だが、自分たちだけで権力を持てない」
という特徴があるわけですね。
日本全国に圧倒的な武力的優位を示した騎馬戦闘形態を生み出し,自らの権益を守るためのエネルギーを武力として対外的(対奥州,対京都,対西国)に示した多摩武士団であったが,一番の弱点は自ら指導者を生み出せなかったことである.
(上記諸橋論文)
もともと、多摩を含む坂東は、中央(京都)で出世できなかった役人とか、朝鮮からの帰化人とか、いざとなったら東北との戦さに駆り出される武装農民とか、そういうハミ出し者ばかりが多い土地でした。
それだけに、中央と距離を置き、古代の平将門の乱とか、中世の武士団とか、明治の自由民権運動とか、独立心はあるのだけど、一方で、中央の権力の流れに翻弄されっぱなしの歴史なんです。
戦後の開発による、新たな住人の流入により、その「多摩人気質」は、より強まったのではないでしょうか。
つまり、本来独立心がある人たちが集まってるんだけど、バラバラなんですね。
「多摩人」のアイデンティティが、中央権力によって分断されてるから、一つにまとまれない。
今こそ、多摩人は一つにまとまってーーなんかすべきです。
何をすべきかは、あんま思いつかないけど。
まずは、多摩地域、多摩地区と言って、当たり前のように東京の多摩だけを指す言語習慣を、改めさせるべきか、と。
東京のタマ、神奈川のタマ
川崎のタマ、横浜のタマ
タマにもいろいろあるけれど
みんなおんなじ一つのタマ
One Tama, One Heart ♪
みたいな「多摩人」宣言を出すべきではないか、と。
どっかから。
<参考>