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文化人はみんな都会のお坊ちゃん 宮台真司フルボッコ記念

    宮台真司が原発「処理水」問題で何かしくじったらしく、SNSで「フルボッコ」になっていた。


    それとともに、「80年代、90年代からもてはやされた文化人はみんなインチキだ」的な言説も流布していた。

    少し前(2022年11月)、浅田彰と田中康夫が池内恵から批判されたとき、私も同趣旨のことを書いている。

    浅田彰とかの80年代文化人が恥ずかしい


    そのとき、ついでに町山智浩、香山リカ、青木理、田中康夫、俵万智、田中優子、上野千鶴子、辻元清美、そして宮台真司の名も出している。


    *


    そのときは一緒くたにしてしまったが、浅田彰らと宮台真司らは、少し世代が違う。

    浅田彰、田中康夫、田中優子、上野千鶴子らは、1980年代のニューアカ・ブームで脚光を浴びていた「80年代文化人」で、だいたい1940年代後半から1950年代半ばの生まれだ。

    一方、町山智浩、香山リカ、宮台真司らは、1960年前後の生まれで、1990年代に脚光を浴びた「90年代文化人」と言えるだろう。

    「90年代文化人」は、「80年代文化人」よりさらに質が落ちた、というのが私の感想だ。

    90年代文化人である小山田圭吾がオリンピックでやらかしたとき、「90年代の悪趣味」についても書いている。

    小山田圭吾とウディ・アレン 「悪趣味」と「新保守」の90年代


    *


    私は、宮台真司や香山リカと同世代だ。

    だから私は、彼らの活躍を同時代に、期待と嫉妬の両方の目で見ていた。

    なぜ嫉妬かというと、彼らはだいたい、いいとこのお坊ちゃん、お嬢さんで、金持ちの都会育ちだからだ。

    浅田彰や香山リカは医者の子弟だし、宮台真司や小山田圭吾は都会のお坊ちゃんだ。

    もちろん、彼らは、「いやいやもっとすごい金持ちやお坊ちゃんはいる」と言うだろうが、それは基準がちがうのだ。私のような田舎の底辺の貧乏人から見れば、十分に都会のお坊ちゃんお嬢さんである。

    大学出や文化人の縁戚が普通にいて、最新の本や音楽や映画が身近な都会の文化環境のなかで、都会の進学校に通いエリート意識を普通に身に着けている。

    ああ妬ましい、と思う。

    早くにマスコミにデビューし、いまも文化人として商売しているのは、だいたいそういう恵まれた都会のお坊ちゃん、お嬢さんたちである。

    実家暮らしか、親に買ってもらったマンションで大学に通い、バカ高い家賃や奨学金返済で苦労したこともないだろう。

    1990年代に、こっちはやっと就職したが貧乏生活にあえいでいたとき、宮台真司は若手文化人としてもてはやされ、噂によれば女遊びでも派手に活躍していた。

    ああうらやましい、と思った。

    その宮台が幸福な結婚をして、最近は東浩紀と「いま父親として」なんて企画をやっているのを見ると、今度はパパタレで稼ぐんかい! こっちは貧乏なうえに非モテで結婚もできなかった。恵まれすぎだろう! と思う。


    こういう連中が言う「リベラル」なことは、まったくあたまに入ってこない。

    リベラルなことを言うと都会のメディアにもてはやされ、また女と遊べるからそう言ってるだけだろう、と。

    それでいて、時流にあわせて、ちょっとリベラル批判もする。そういう小器用な言説がきらいだわ。

    だって、あんたら、本当に言うべきことを持っているの? と思うからだ。

    ホンネを言えば、現状に不満ないでしょ? と思うからだ。

    ああ腹が立つ。


    ん? なんの話だったっけ?



    <参考>


     
     
    会社を定年退職し、神奈川県は柿生の里に隠棲する。新聞社、出版社に勤め、記者や編集者をやっていた。独身、孤独を愛する。老人であることを自覚し、記憶力もあやしくなりつつあるので、ここに書き残したいことを書き残しておく。世間から引退したので、社交は望みません。

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