
調布で食べた「台湾ラーメン」 40年前の新宿「闇市」がよみがえる
昨日は、調布市の「台北飯店」で、「台湾ラーメン」を食べてきました。
きっかけは、1週間ほど前、下のYouTube動画を見たことです。
1991 新宿 東南口 南口と違います「昭和天皇即位記念碑」「御大典広場」910410 NE-HV(Lyle Hiroshi Saxon 2023/10/28)
この動画は、今から35年前、1991年の「新宿東南口」のようすを記録したものです。
東南口は、甲州街道の下へと、潜り込むように降りる出口です。今は長いエスカレーターがあり、新宿フラッグスや東南口駅前広場があります。
あのあたりはもともと、戦後の闇市のような、バラック作りの店や家屋が立ち並んでいた場所でした。
1980年代のバブル期のあたりでも、そのような場所であったことが、上の動画でわかります。
新宿の中でも、この40年くらいでいちばん変わった場所です。
その変化は、以下のサイトでもわかります。
動画でその古い光景を見ながら、私は今年になって亡くなった知人のことを思い出していました。
私より年上でしたが、大学のゼミが一緒でした。
彼とのいちばんの思い出が、その闇市のような一角で、一晩飲み明かしたことなんです。
あれは、1980年代の半ばで、上の動画の撮影時期より、さらに少し前です。私と知人は20代でした。
新宿で飲んでいて、終電を逃すという、いつものパターンでした。
おそらく東口で飲んでいて、店が閉まるのにともない、夜の新宿をさまよって、そこにたどりついたのでした。
東南口の、そのあたりに迷い込んだ時は、すでに午前1時を回っていたと思います。
夕方から飲み始めていたはずですが、よくそんなに話すことがあったし、よくそんなに飲めたものだと思います。
お互い独身だし、家に帰る理由もなかったのでした。
二人ともヘビースモーカーだったので、その日100本目くらいのタバコに火をつけていたでしょう。(当時はタバコがまだ安かった)
われわれも、その一角に来たのは、初めてだったと思います。
酔眼には、真夜中に突然現れた魔界のように見えました。
深夜なのに台湾料理の店が営業しており、われわれは誘蛾灯に誘われる虫のごとく、その店に吸い込まれました。
どうも異国の人が営業しているらしい雰囲気、腸詰が吊り下げられた店内の野生味で、「異世界感」がさらに強まりました。
われわれは、その店で夜を明かしました。
その一角と、その店の「異世界感」が、その一夜を忘れがたい記憶にしたのでした。
その知人とは、その後疎遠になり、この20年以上は会っていません。
でも、訃報を聞いたとき、最初に思い出したのは、やはりその新宿東南口での一夜でした。
あの夜、何を食べたか、何を話したかは、もう覚えていません。
ただ、吊り下げられた腸詰が、知人との記憶の象徴として、脳裏にとどまっていました。
1週間前に、上のYouTube動画を見ていて、あれは「台北飯店」という店だったんだ、と気づきました。

懐かしくて、その店についてネットで調べたら、今も場所を変えて存続していると知り、驚きました。
以下、GoogleのAIに「台北飯店」について聞いた情報。
かつて新宿駅南口エリア(現在の新宿フラッグスがある場所)に存在した台湾料理店「台北飯店」ですね。戦後の闇市の雰囲気を残す伝説的な店舗として知られていましたが、現在は新宿には存在しません。
新宿南口エリアの「台北飯店」についての歴史や、現在のルーツについて以下のようになっています。
新宿南口「台北飯店」の歴史
立地: 現在の「新宿フラッグス」がある広場周辺に、戦後のバラックのような店舗を構えていました。
雰囲気: 薄暗くレトロな店内で、本場の屋台料理(腸詰やアサリ炒め、炒飯など)が味わえることで有名でした。
閉店・移転: その後、再開発などに伴い新宿エリアでの営業を終了しています。
調布の「台北飯店」との繋がり
現在も営業している同名の店舗として、東京都調布市にある「台北飯店」が存在します。
繋がり: 調布の店舗は、かつて新宿にあった「台北飯店」の味(特に炒飯など)を受け継ぐゆかりのあるお店として知られています。
アクセス: 京王線「調布駅」の近くにあります。
今も調布に存続しているとは驚きました。
地元では有名店らしく、ネットにいくつか記事がありました。
その情報を見ても、たしかにあの新宿の台北飯店の後継店(3代目)のようです。
これは、いつか行ってみたい、と思いました。
調布は、うち(柿生)からは遠いけど、機会があれば、と。
昨日は最初は、また多摩センターの喜多方ラーメン「坂内」に行くつもりでした。
7月いっぱいの「坂内」の割引券を持っており、使い切らねば、と思ったのでした(多摩センターまでの電車賃を考えれば、割引券の意味もないのですが)。
でも、小田急多摩センター駅に着いたところで、京王線への乗り換えの案内アナウンスを聞き、「そうだ、調布に行こう」と思い立ったのでした。
*
京王相模原線で「調布」に降りると、もしかして初めて降りた駅かもしれないと思いました。
上京して約50年ですが、調布に用があった記憶がありません。
週末に調布市長選があるらしく、駅前で候補者が演説してましたが、私には関係ありません。
駅から少し迷いましたが、スマホのナビを頼りに、10分内には「台北飯店」にたどりつきました。
ちょうど開店の11時半で、並んでいた客が入るところでした。



店内は20席ほどでしょうか。12時前なのに、すぐにほぼ満席になりました。
ランチタイムということで、カロリーたっぷりのメニューが並び、みんな麺とライス、皿料理と半ラーメン、みたいなガッツリ系の注文をしています。
価格は大衆的です。
私は知人の供養を口実に、ピールでも飲もうと思っていたのですが、そういう雰囲気ではありません。
今一度、あの夜、何を食べたかを思い出そうとしましたが、やはりまったく思い出せず。
ガッツリ食う、という気分でもなかったので、注文には迷いました。
結局、たぶんいちばんこの店らしいだろう、ということで、「台湾ラーメン」を注文しました。
注文を終えて、改めて店内を見回すと、一見、普通の町中華風ながら、ああやはり下がってました、腸詰が。

あの店に間違いない、と思ったのでした。
厨房を見ると、3代目店主が、次々と来る注文に対応すべく、必死に中華鍋を振るっています。
10分ほどで、台湾ラーメン到着。

ひき肉のそぼろが乗ったようすは、一見「担々麺」です。
でも、担々麺ではない。スープを一口飲んで、
「これはうまい。マジで」
と感動しました。
担々麺風の印象を裏切って、味噌の甘さはなく、唐辛子と、炒めたニラと、焦がしたニンニクで勝負した、キレのいい塩味です。
極細の麺がそのスープにからんで、
「どうだ、予想できなかっただろう、この味。これが台湾だ」
と主張しているようでした。
台湾の人がどう思うかは知らんけど、でもクセになる味なのは間違いありません。
ただ、真っ赤な辛いスープを飲み干すには、時間がかかりました。
おいしいから、飲み干したいんだけど、老人だから、一気に行けない。
昨日は暑かったから、汗が出る。
そのうち、鼻水が出始めた。
最後に、涙まで出始めた。
死んだ知人を思って悲しくなって、とかじゃない。老人は、ただでさえ、体内からいろいろ「液」が漏れ出しやすいのです。いろいろ緩くなってるので。
それが、唐辛子に刺激されて、ふだん以上に出る。
豪快に食い終わった若い客は、すぐに新しい客に交代し、店の回転率はよさそうです。
そんな中、スープをレンゲでちびちび飲んで時間稼ぎしてる老人みたいに見えないか、そんな焦りから、また汗が出る。
完食した時には、全身液まみれでグジャグジャの老人になっていました。
でも、おいしかった。
たぶん、知人の供養にもなっている。
台湾ラーメンの辛さで、なぜ最初に冷水が大きめのグラスで提供されたのか、わかりました。
それも飲み干して、お代わりがほしかったですが、店員さんが忙しそうなので、気をつかってお金だけ払い、店を出ました。
本当は、店主にこの店の先代の思い出を語りたいところでしたが。
この店は、研究しがいがあると思いました。
近くにあれば、いろんなメニューを試してみたい。
横の客が食っていた、タンメンも広東麺もおいしそうだった。炒め物もうまそうだ。そして名物だという炒飯も食いたい。
でも、できれば夜に来て、あの腸詰をつまみに、紹興酒を飲みたい。
店を出て、あたりを歩くと、実にいい雰囲気で、調布ってこんな場所があるんだ、と少し驚いた。(「調布銀座」という横丁らしい)
「闇市」というより、新宿のゴールデン街や、昔のションベン横丁みたいな雰囲気です。

ネットの情報によれば、この店は夜遅くまで営業しているという。(だから、その分、昼の開店が少し遅いのだろう)
京王線沿線に住む、まだ生きている友人を、今度誘ってみたいと思います。