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Photo bynaofujisawa

日本の映画・ドラマはなぜつまらないか

    「イカゲーム」のヒットで、また「それに比べて日本のドラマは・・・」という話が浮上している。

    日本のドラマ・映画がつまらない、という話は、定期的に盛り上がる。

    私は日本のドラマ・映画をそんなに見ていないから、すべてがダメと言う資格はないが、日本のアニメ・漫画の隆盛と比べると、やはり物足りない。

    私がマスコミ業界にいた頃から思っていたことを書いておこうと思う。


    1 アイドル事務所への忖度による「批評の不在」

    主にジャニーズですが。

    代替わりして、今は変わったようだが、とにかくジャニーズ事務所への忖度がすごかった。

    「週刊朝日」「サンデー毎日」などの新聞社系週刊誌も、ジャニーズのタレントを表紙に使い、ファンが買ってくれることでギリギリ部数を保っていた。

    だから、報道機関でも、ジャニーズに不利なことは言えない。一切言えない。

    まして、芸能情報を主な内容にして稼いでいる出版社系なら、なおさらだ。

    当然、ジャニーズのタレントが出るドラマや映画にも一切文句が言えない。

    「たそがれ清兵衛」「隠し剣 鬼の爪」は素晴らしかったのに、木村拓哉の「武士の一分」にはがっかりだった。海外でも期待と評判が高かった山田洋次の三部作は、あれで台無しになった。なぜあんな大根を使うのか。

    しかし、そんな正直な批評ができないのである。

    ジャニーズはネットでの肖像使用を認めなかったので、雑誌メディアのデジタル化が遅れ、出版の発展も阻害している。


    2 「委員会形式」の悪

    新聞社やテレビ局が加わった「委員会」が映画を製作することで、やはり映画批評が阻害された。

    こうした委員会制作では、多数の意見と利害が入りすぎて、内容も凡庸になりがちだった。

    しかし、テレビと新聞で大宣伝するので、そこそこの興収を稼ぎ、やめられなくなっていた。


    3 「リーガル・リスク」を恐れて「表現の自由」を行使しない

    実際に起きた事件を題材にするのを恐れる。

    たとえば韓国ではES細胞偽造事件の映画(「提報者」)がヒットしたが、日本のSTAP細胞事件は映画・ドラマにならなかった。絶対面白いのに。

    「イカゲーム」のファン・ドンヒョク監督の代表作「トガニ 」(2011)も、実際の事件をもとにしていた。この映画のヒットで、障害者への性犯罪が厳罰化された(「トガニ 法」)のも有名だ。

    今なら、名古屋のリコール署名偽造事件を映画化すれば、絶対に面白いと思う。新聞協会賞をとった中日新聞記者を主人公にしてもいい。

    しかし、日本ではそういう発想はまず出てこない。名誉毀損など法的リスクを恐るからだ。同時代のホットでリアルな題材を使えないのである。

    このあたり、法的問題の比較は専門家ではないのでできないが、私は、日本の表現の自由は非常に狭いと思う。

    三島由紀夫の「宴のあと」裁判あたりからそれを感じる。ああいう作品が当たり前に映画化・ドラマ化できれば、三島ももっと長生きして小説を書こうと思ったかもしれないよ。

    「実録モノ」といえば、ヤクザの親分に挨拶に行ってつくる、つまりヤクザ礼賛の映画しか作れなくなった。

    伊丹十三が「マル暴の女」で襲われたことも大きかった。伊丹はあれで絶望して、最後の死につながったのではないかと思う。

    海外ではどうなっているのだろう。実際の事件、実在の人物をモデルにする場合は、たぶん映画を企画する段階で弁護士と検討し、リーガルリスクを綿密に計算するのだと思う。

    リスクが大きすぎる場合もあるだろうが、リスクを恐れてばかりでは表現が萎縮する。作品から大胆さが失われ、現実社会へのインパクトもなくなる。だから日本は、リアリティのある作品が作れず、ファンタジーが得意になったのかもしれない。

    「表現の自由」を広く認め、社会全体で強力に守る、そういう文化と制度が必要だ。


     
     
    会社を定年退職し、神奈川県は柿生の里に隠棲する。新聞社、出版社に勤め、記者や編集者をやっていた。独身、孤独を愛する。老人であることを自覚し、記憶力もあやしくなりつつあるので、ここに書き残したいことを書き残しておく。世間から引退したので、社交は望みません。

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