
本を買う、文章を書く
知らない街へ
熱海で働いている。
昨日、思い立って沼津に行ってみた。
いつも予定を立てずに気ままに行動するので特に目的があったわけではない。せっかく近くにいるのだから、少し違う街を歩いたら楽しいかも。そんな気持ちだったと思う。
知らない場所に行くと、直前になってようやく焦って調べ始める。好きなものを手がかりにして、その街を歩くのが好きだ。美味しいごはん屋さん、クラフトビールのお店、コーヒー屋さん、温かみのある本屋さん。
沼津に着いて、まずは散歩をした。
柔らかい日差しで、空は澄み切ったブルーを纏う秋晴れの日だった。
空が広い。風が気持ちいい。
こんな日は私のカメラが火を吹くぜ。
何となく最初の行き先は決まっていた。しかしGoogleマップを開いて、目的地までの最短ルートを調べることもしなかった。知らない街を歩くときくらい、初手は面倒だけど少し遠回りをしてもいい。
存在感のある橋を見つけて狩野川のあたりまで行ってみた。(川の名前は帰ってから調べた)
川沿いに出ると、空が高く見えた。都会のビル群もかっこいいけれど、やはり空が見えた方が空気が美味しい気がしてしまう。水面を眺めていたら、宮崎の大淀川を思い出した。
川や海のある街というのは、なんとなくいい。
地元を離れて暮らしていると、こういう景色に出会ったとき、思いがけず懐かしくなることがある。
リゾートバイトという形の仕事を始めて1年、県外にいることにすっかり慣れてしまい、最初の頃ほど宮崎に帰りたいと思っていたわけでもないのに、似た景色を見つけると少しほっとする。
故郷とは景色を見比べる時、似てる似てないの引き合いに出される場所なんじゃなかろうか。


昨日は10月11日、次の日である今日はスポーツの日なので三連休の真ん中だったけれど、街は思ったより静かだった。シャッターの閉まったお店も多く、人通りもそれほどない。
最近は人の多い場所に行くこともあったので、こういう静けさがありがたかった。

しばらく歩いてからコーヒー屋さん屋に入った。
久々に味わうラテは浅煎りのエスプレッソ使用らしく、美味しいコーヒーが飲めるありがたさをしみじみと噛み締めた。ひと息つく。
さて、次はどこに行こう。
新し本屋さん屋との出会い
せっかくなら本屋さんに行きたいなと思って検索したら、リバーブックスというお店を見つけた。

本選びに夢中で結局飲まなかった
小さな本屋が好きだ。
大型書店のように、検索端末で欲しい本を探しに行くというより、店主さんが選んだ本がぎゅっと詰まっていて、知らなかった本に出会える場所。
本を買いに行くつもりがなかったとしても、棚を眺めているうちに、いつの間にか何冊も手に持っている。あれは不思議なことだと思う。
リバーブックスも、そんな素敵な本屋だった。
リゾートバイトを始めてから、かなりの回数、本を買うのを我慢していた。
本を買うのは好きだけれど、移動の多い生活では荷物になる。買った本を持ち運ぶのも大変だし、実家にはまだ読んでいない本がたくさんある。
私には、本を買うときのマイルールがある。
家に未読の本があるなら、新しく買っていいのは3冊まで。あと、最初の数ページと最後の数ページを読んで中身を更に読みたいと思った本をお迎えすることにしている。
(そうしないと増えるばかりで、本が可哀想ですから…)
社会人になってから、買ったのに読んでいない本がどんどん増えてしまった。読みたいと思って買ったはずなのに、いつの間にか本棚に並んでいるだけになっている。なんなら今は実家に置いてて大きめのボックスの中だ、湿気とか大丈夫かな。
そんなわけで、3冊と前後読みのルールを設けている。
リバーブックスでも、最初は2冊手に取った。
もう1冊くらいならいいか、と3冊目を選ぶ。
ところがどっこい、まだ気になる本がある。あっちも読みたいし、こっちも気になる。
本棚の前を行ったり来たりして、手に取っては戻し、戻してはまた手に取る。そういうことを繰り返していたら、欲しい本が8冊くらいになっていた。
いや、実家にはまだ大量の本があるんですよ。
小さな本屋でも開くのか。
自分にそうツッコミを入れながら、どうにか4冊まで絞った。
3冊ルールとは…
でも、いい本屋さんというのは困る。自分では探していなかった本まで、欲しくなってしまうのだから。
特に気になったのが、店主さんおすすめCaffeine House(カフェインハウス)さんの本だった。
ちょうどたまたま展示されていて本や原画、グッズがとてもかわいい。
『オズの魔法使い』のような独特な世界観で、絵はかわいらしいのに、細かいところまで描き込まれている。小さな絵の中にいろいろなものがあって、ついじっくり眺めてしまう。
ZINEの作り方についての内容もあった。
知りたかったけどなかなか機会がなかったので助かる。
本の開き方や読み進め方もちょっと変わっていて、普通にページをめくるのとは違う楽しさがある。縦読みとかしたことないな。文字通り本の向きを垂直にして読むのだ。
何を食べたら思いつくのか、こういう本を作る人がいるんだなあ、と思った。
私が3冊本を手に取ったあたりで
「良かったらここ置いてください」
「沢山手に取って頂いてありがとうございます」
と店主さんから声をかけられた。
話してみると思っていた以上に本の話をしてくれた。展示について教えてくれたり、作品のことを紹介してくれたり。
何かを買わせようとする感じはない。でも、面白そうな本を勧めてくれる。
自分でもはっきりわかっていなかった好みを、誰かに見つけてもらうことがある。
そういう瞬間が、私はけっこう好きだ。
結局、3、4冊に絞ったはずなのに、おすすめされた本も買った。計5冊……
マイルールを破る価値のある出会いだったので良しとする。次はもう会えないかもしれないのだし。(逃した経験が多々ある)
店の中では店主さんが選んだ本も、並んでいる雑貨も、ひとつひとつ大切にされている感じがした。
好きなものを集めて、然るべき居場所にきちんと並べている。その愛情が、棚の中にある本たちにも伝わっているようだった。
私は、こういう接客やお店が好きなことが好きなことを思い出した。
まる人里に下りた悲しきモンスターのよう…本屋さんに来ただけなのに、なんだか人と話すことの楽しさまで思い出した。
本屋を出ると街の輪郭は柔らかなオレンジに溶け始め、次の目当てのビール屋に入る頃には空は深い群青へと移ろい始めていた。
本を5冊も買ったあとに飲むビールはいつもよりキレがある。

右下がCaffeine Houseさんの本
久々の中古本ではない金額を思い出し(でもお値段以上の装丁の美しさや滑らかなページの手触りを思い出し)少し反省しながら飲むビールも、それはそれでおいしかった。
帰りの夜風は少し冷たくて心地良い。
秋の日は鶴瓶落としと言うけれど、沼津の街もあっという間に夜の帳に包まれていった。
季節は「変わる」か「巡る」のだけど、夏だけは「終わる」からこそ私は秋という季節を肯定したくなるのだと思う。
出会ってきた友人たちのいる場所にも秋は訪れているのかなどと考えながら歩いた。
そのあと、帰りの電車に乗った。
誰かのお陰で生きている
リゾートバイトをしていると、仕事以外に何もできなくなることがある。
周りにコンビニすらないような場所もあるし、仕事が終わったら疲れて寝るだけの日もある。
ほぼ毎日ビールを飲んでいる私でも、晩酌の気力すらない日もあり、そういう日はなんかもうダメダメである。
朝と夜働くシフトの時は中休みも仮眠を取って、起きて、また働く。
今の職場は通し勤務なので気持ち的に休まらない。食べて、寝て、起きて、働く。
そんな生活を続けていると、自分が何のために生きているのか、よくわからなくなってくることがある。
趣味だって、好きなことだって、やろうと思えばできるのかもしれない。
でも、仕事で疲れているし、人間関係も変わるし、生活を回すだけで精いっぱいになる。
やりたいけど、やれない。そうやって理由をつけている自分にも、嫌気が差していた。
生きるために仕事をしているのに、仕事をするために生きている。
本当は、趣味や楽しい予定のために仕事をしたい。理想は職場内に友人ができることだけど、数件ほど、同じホテルで一緒に働いていたお酒好きの愉快なカップルと離れてからはいい出会いが少ない気がする。
次の休みにはあれをしよう、あそこに行こう、あの本を読もう。
そういう楽しみがあって、それを支えるために仕事がある。そんな生活がしたい。
でも、仕事で疲れ切ってしまうと、スキマ時間に何かを始めることすら難しい。
趣味が嫌いになったわけではないのに、趣味から遠ざかっていく。
私はこれまで、一定期間で趣味が続かなくなることを、飽きっぽいからだと決めつけていた。
始めたときはあんなに楽しかったのに、しばらくすると触らなくなる。物だけが残って、やりたいと思っていた気持ちだけが置いていかれる。
自分は何をやっても長続きしないな、とがっかりすることもあった。
でも、今回の沼津で、少し違うのかもしれないと思った。
私は、何かをやる気になるとき、いつも誰かに影響されている。友達と出かけるから写真を撮る。
いい本に出会うから、文章を書きたくなる。
泣きそうになるくらいグッとくる短歌に出会うと、自分でも短歌を書きたくなる。
誰かがカラオケで歌っていたりすると、ギターを弾きたくなる。
思い返せば、子どもの頃からそうだった。
折り紙が好きな友達がいたから、私も折り紙を始めた。仲良くなりたいと思っていた女の子が絵を描いていたから、私も絵を描き始めた。
こう書くと、ただ人に影響されやすいだけの人みたいだな……
でも、そのとき誰かに影響されて始めたことが、今の自分をつくる大事なものになっていたりする。
私はどこまで行っても、人によって動かされているなと思う。仕事も、プライベートまでも。
自分の意思で動いているつもりでも、誰かの言葉や、何かとの出会いで、急にやる気が出たりする。逆に、そういうきっかけがないと、好きだったことさえ遠くなってしまう。
今回だって、たまたま本屋さんを探しただけだ。
揺られる車内で買ったばかりの本を、読み始めた。
早く読みたかったのだと思う。本を開いて、ページをめくる。
待ちわびていた読書の時間にドーパミンだのエンドルフィンだのが出ている気がした。たぶんスマートフォンを眺めるより余程良い。
読み進めているうちに、この日のことをnoteに書きたくなった。
本好きの友人にも、こんな本を買ったよとメッセージを送った。
こういう気持ちになるのは久しぶりだった。
沼津に行く前は、ただ少し散歩をして、コーヒーを飲んで、ただビールを飲んで帰るつもりだった。
家に着く頃には当初の予想を上回る充足感で満たされていた。
趣味を楽しむためには、趣味そのものに触れる時間を作る必要があるもんだと思っていたけれどそれだけではないんだなと改めて感じた。
仕事のことを考えず、知らない街を歩き、好きなものを見つける。
いつの間にか私には私が人であるために必要な要素が足りなくなっていたのだろうか。
仕事の日は本当に動けず、せめてもの抵抗で映画を観たりはする。でもそれ以上の事は難しい。
仕方がない。疲れているときは、寝るのがいちばんだと思う。
ただ、そんな日々が続いていくと、自分が何を好きだったのか、何をしたかったのかまで、少しずつわからなくなる。
だから、たまには心地いい居場所を探しに行かなきゃな。
悲しきモンスターにならないよう、またどこかの街で、いい本屋さんを見つけたら、多めに本を買うのもいいかも。