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啌多雁取帳②~江戸の町のニルスのふしぎな旅

     中巻では、雁がんに乗って空を旅する。
     雁がんは、カモ科ガン亜科の水鳥で、音読おんよみでガン、訓読くんよみでカリ(かり)と呼ぶ渡り鳥だが、きれいな隊列をつくって飛ぶので、これを雁行がんこうと呼ぶ。(六場面右上の図)
     昔は食用にされていたが、今は保護鳥となり猟が禁止。おいしい肉だったので(食べたことはないけど)、ニセモノもできた。ガン肉に似せているから「がんもどき」。がんもどきを食べて、「うむ、こんな味だったのか」と似せた物で現代の我々は我慢しなければならない。
     「啌多雁取帳うそしっかりがんとりちょう」(1783刊)は、|奈蒔野馬乎人《なまけのばかひと》(生没年不詳)作、喜多川歌麿きたがわうたまろ(1753~1806)画の黄表紙きびょうし。三巻三冊の中巻の現代語訳の紹介。

     


    中巻
    六

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     桶屋おけやの金十郎は、昔のおごり高ぶった生活に比べ、毎日、ガタリピシリと桶おけをたたく生活を送っていたが、いつぞや、ガンの凍こおり付いている話を思い出し、商売の方は、市場に出す手桶ておけをいっぱいこしらえようと、アルバイトをたくさん雇やとい仕事をさせ、自分はガンの国へと向かいしは、こりゃ話のタネにもなるだろうが、どうやら「虚言八百万八伝うそはっぴゃくまんぱちでん」(四方屋本太郎作の黄表紙)で凍こおった池のガンを取る話の二番煎にばんせんじだが、一旗揚ひとはたあげに出かけたとさ。
    金十郎「この桶おけができたら、旅行カバンを買ってきて、ガンを取りに行きましょう。もし取れぬときは、ガーンという話さ」

     


    七

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      金十雁かり国の道行みちゆき
    雁がん飛ぶ下で、ガーンと打つ鐘かねに恨うらみは多けれど、お金を借りて雁が音かりがねのその名に惚ほれて、ウソを筑紫つくしの雪国へ、雁かりを刈り取る雁取帳かりとりちょうこと雁取帳がんとりちょうを取りに行く、心の内の欲心よくごころ、どうぞガンガン雁がん取りて、楽をしたいと志こころざし、家には仕事を多く入れ、あてどもなしに旅に出る、欲の深さのあさましさ。
     
    金十郎「なんだか、とんだところへ来た。田んぼだらけだ。これより先は道もなし、という風景だ……けど、本当は、浅草観音あさくさかんのんから吉原の遊里ゆうりへ行く道の情景が描かれているんだけど、わかる人にはわかるだろう」

     


    八

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     雁かり国へ行き着いてみれば、左次兵衛さじべいの話どおり、ガンはみんな凍こおり付いているので、雪の中を押し分け押し分け、首をねじっては腰へはさめば、その重たいこと、重量挙あげのバーベルを腰へつけたようなり。ガンは人を見ても飛ぶことができず、みんなガーンという目にあう。
    金十郎「これはこれは、すさまじいガンだ。みんなじっとしているが、キツネに化ばかされたか催眠術さいみんじゅつにかかっているみたいだ」

     


    九

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     思い切りガンを腰につけ、背負って立とうとするとき、東の方が明るくなり、朝日が立ち登れば、腰につけたガンの氷、しだいしだいに溶とけて、嘘八百うそはっぴゃく羽ほどのガンが羽ばたきする音は、まるで大砲たいほうがドーンと鳴ったかのごとし。金十郎がガーンとガンと一緒に飛び行く有様ありさまは、子どもが天狗てんぐにさらわれるようで、金十がガンにさらわれ、見知らぬ国々を眼下がんかに見下みおろすこそおかしけれ。とはいうものの、八百羽もガンを描けないので、挿絵さしえのガンは数をむちゃくちゃ省略しているのでお許ゆるしを。
    金十郎「ツルに乗った仙人せんにんの絵は見たことがあるが、ガンに乗っているのは見たこともない。さぞ、うちでは駆かけ落おちでもしていなくなったと思うだろう」

     


    十

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     見下ろせば、粋すいなことする粋すいちょん国は実際は銭ぜにが少なく、大通国だいつうこくは金をまきちらし、女子にょごの島には男がいなく、吉原のようなり、船着き場には、船から客が降りるとき、迎えに出るのは茶屋の人、仲居なかいといえども中にいず、太鼓持たいこもちといえども音もなし。次から次へとガンと一緒に飛び行きて、止ることなき雲の上、雲をつかむような旅とはこのことなり。
    金十郎「目が回るようだが、美しい女性だ。扇屋おうぎやか蔦屋つたやの美人のようだ。どうぞもし、こんなところへ落ちてみたいものだ。ああ、自由にならない身の上だ。久米くめの仙人は女性の足を見て通力つうりきを失ったが、そうはならねえ」
    花魁おいらん「あれ、見なんし。ガンと一緒に旅をしいす、人間のようだね。どうも助平すけべいそうに見えいんすよ」
    遣手婆やりてばば「お崎さきどん、見さっせい。あれが久米くめの平内へいないとやらいう仙人かの」
    新造しんぞう「おめえ、とんだことをおっせいす。そりゃあ、久米くめの天人さ」
     二人とも「久米の仙人」をご存じない。

     


    十一

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     金十は、何も食わずに飛び行きしゆえ、しまいに、腹が背中にくっつくほど腹が減り、帯おびがだんだんゆるくなり、ガンはそんなの関係なく飛ぶゆえ、次第次第にガンが帯から離れ、別れの言葉も言わぬままガーンと飛び去れば、金十は、羽なき鳥となり、大人国たいじんこくへ真まっ逆さかさまに、雲の切れ目から落ちていくとは、久米くめの仙人せんにんの二代目ともいうべし。
    金十郎「さて、大きな頭の国だ。久米の仙人は、女性の股ももの白いのを見て神通力じんつうりきを失ったが、俺は頭で神通力を失ったみたいだ」

     


     大人国へたどりつき、次回へつづく、

     


     凍った池のカモやガンを取る話は昔話でよく知られている。そのガンで空を飛ぶ。
     スウェーデンの作家セルマ・ラーゲルレーヴ(1858~1940)の「ニルスのふしぎなたび」(1906)は、本というより、テレビアニメ(1980)の記憶が私は強い。体が小さくなったニルスが、ガチョウとガンと空の旅をするもので、鳥に乗って空を飛ぶニルスのテレビ画面のイメージが強い。当時の子どもは、空を飛ぶのが夢だった。
     本作では体は小さくならないけれど、たくさんのガンによって空に浮く。挿絵のガンは、そんなに多くは描かれていないが、それでも空に浮かんだのだと想像しながら物語を読んでいこう。それが物語というものだ。

     


     雁がんといえば、雁がんの飛ぶ様子を表現した有名な文が、「枕草子」にあるので、暗記しちゃおう、

     

     
     
    神戸からの風。 歓怒の文字は「歓喜」「怒り」「喜怒哀楽」を示し、「かんど」は漢字では「神戸」とも書ける。「感動」とも書ける。 毎週、日曜日、木曜日更新。

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