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「江戸春一夜千両」②京伝の黄表紙~江戸の町人世界の春の夜の夢

     「江戸春一夜千両えどのはるいちやせんりょう」(1786刊)は山東京伝さんとうきょうでん作、北尾政演きたおまさのぶ画の黄表紙きびょうし。
     全三巻の中巻の現代語訳。
     一晩で与えたお金を使い切ったら二倍にするという大富豪との約束で、お金をどう使おうかと思案する商家の人々を描えがく大人の絵本。

     


    中巻
    六

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     下女は、どうするかと思ったら、休みの日のつもりで一張羅いっちょうらを着て、近所の小間物屋こまものやへ走り、流行のかんざしのコピー商品、これまた流行のかざりのコピー商品を見ながら、
    「赤いのはちょっと子どもらしいから、茶色にしてくんなさい」
    と、高いのから安いのまで見ては、
    「このかんざしにはキズがある」「もっとほかのを見せてくんな」「これはちょっと色あせているから割引しておくんなさいやし」
    と、たった二分ぶ三匁もんめほどの買い物に三時さんとき(約6時間)ほど手間をとる。
    小間物屋「きれいなかっこうをした娘さんだ。明日はどこへお出かけだえ。長期休暇には早いし、芝居に行くのかい」

     


    七

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     女房は、黒縮緬ちりめんの上着、紅べに色の袷襦袢あわせじゅばん、白縮緬ちりめんの下帯したおび、流行色の帯おび、ビロードの腰帯こしおびまで、ようやく決めて、上着は自分で仕立したてねば着にくいと、自分で仕立てるのは、泥棒どろぼうを見て縄なわをなうより、もちっとのろまなことなり。あとの着物は、仕立屋に頼んだが、ちゃんとできるのかと、細かいことばかり気になり、このせわしない最中さいちゅうに、下女は小間物屋こまものやから帰ってき、一生の思いで二分ぶなにがしの買い物をしたものの、まだ金が残っているので途方とほうにくれ、
    「おかみさん、まあ、どうしたもんでござりましょう。実家へもどって相談してもよろしいですか」
    と聞いても、聞くどころではない。おかみさんは、それどころではなく、狂ったように仕立物したてものをしている。
    女房「いっそ、ここを手伝ってくれるなら、おれがなんとかして六七両も使い込んでやろう」
    下女「実家の兄がとても気立ての悪い者でござりますから、相談したら、喜んで使ってくれるでしょう」
    女房「それは本当にしあわせなことよ。道楽どうらくな兄をもって、相談するにはぴったりじゃ」

     


    八

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     息子殿の考えはまた格別、大丸の手代を呼び、女郎の小袖こそでをぜいたくな付属品をつけて注文し、女郎につく新造しんぞうや禿かぶろにもそろいの服を用意し、そのほかに、白い羽織はおり百人前、黒帯百人前を、そろって着せる気なり。とかく夜に映はえるものばかりを、今夜の四つ(午後10時)までにできるように頼む。大急ぎゆえ、代金は先払いだと、現金二百両、なんの惜おしげもなく渡す。
    息子「注文は、この書き付けのとおりじゃ」
    手代「今夜四つまでとは、とんだ急ぎでござります。店中総出そうででなければできませぬ」

     


    九

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     丁稚でっちは、金七両二分、間男まおとこの示談金じだんきんほどもらって、ぶるぶるふるえていたが、水を一杯飲んで、ようやく胸が落ち着き、町へ出かけ、いつぞや四文銭よんもんせんを一文くすねて、サザエの天ぷらを買い食いしたのが忘れられず、いつかはいつかはと思いしが、今宵こよいこそ願いをかなえようと、まず三百文ほど買って、思い切り食べてみたら、口がねばねばする。どうも妙みょうな心持こころもちゆえ、この状態でスシを食ったらうまかろうと、名物、蛇の目鮨じゃのめずしと書いた行灯あんどんを目印に、二箱売れ残っているのを、二百文で買い占め、昼なら浅草の観音かんのん様や羅漢らかん寺の五百羅漢ごひゃくらかんへも行けるのに、ああ、ままならぬ、夜通し通りを行ったり来たり、屋台店ばかりのぞいている。

     


    十

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     隠居いんきょは、旦那寺だんなでらへ夜中に人をやれば、お寺では、このごろご隠居いんきょは病気でいらしたと聞いていたので、これはきっと亡なくなられたのか、残念なことと、さっそく和尚おしょうがやって来ると、家の様子もなにやらばたばたしており、息子が注文した白無垢しろむくの着物が届いていたので、いよいよ不幸に違いないと、ねんごろに悔くやみの言葉を述のべる。(当時の喪服もふくは白も多かった)
     息子は、体は半分吉原へ行って気が急せいているのに、悔くやみの長い口上こうじょうを聞いて、あいさつにてこずる。
    和尚「さぞご愁傷しゅうしょう様でござりましょう」
    和尚おしょうが、よくよく聞けば、隠居いんきょ殿、
    「五百両をお寺に寄付するので、今夜中に渡したいので、和尚をお招まねき申した」
    と言うを聞き、禅宗ぜんしゅうの偏屈へんくつ和尚なので、もってのほか腹を立て、
    「金だけで菩提ぼだいがとむらえるか、けがらわしい。そういう心では、まだ悟さとりはひらけぬ」
    と、如意棒にょいぼうにて、したたかに打つ。
    隠居「金をやろうと言って、ぶちのめされるのは、恩おんを仇あだで返されるようだ」

     


    十一

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     飯炊めしたきは、五十両をサイフに入れて首にかけて、追い剥ぎおいはぎの出そうな場所をひたすら歩き、五十両を使わず、まるまる盗まれてしまうのが近道と、一生の知恵ちえを出し、しかしカビのある布一枚、破れた帯一本、これは盗まれてもかまわないと、ふんどし一枚の丸裸で、寒さもいとわず、夜中にさびしいところばかり歩けども、誰も呼びかける者もなく、それでもわざわざ物騒ぶっそうな場所を選んで歩いている。


    中巻はここまで。



     タイトルの「一夜千両いちやせんりょう」は、急に金持ちになった成金なりきんのことを「一夜検校いちやけんぎょう」といったが、それをふまえたダジャレ。
     当時の一両は3~5万円だろうと考えられる。
     急に金ができたらどうするか、それを京伝きょうでん流に描いて、次回につづく、

     


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    神戸からの風。 歓怒の文字は「歓喜」「怒り」「喜怒哀楽」を示し、「かんど」は漢字では「神戸」とも書ける。「感動」とも書ける。 毎週、日曜日、木曜日更新。

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