
海外旅行失敗談①台北の空港で取り残された18歳の夏
初めての海外留学
1984年、夏。
高校3年生だった僕は、ICYE(国際キリスト教青年交流)のプログラムで、1年間のオーストラリア留学を決意した。
成田空港のロビー。搭乗券を握りしめた手のひらは、じっとりと汗ばんでいた。18歳、人生初の海外一人旅。行き先はシドニー。そこでボランティアをしながら語学を学ぶ――そんな希望に満ちた旅路の始まりに、まさかあんな「落とし穴」が待っているとは思いもしなかった。
「シンガポール航空」という名の罠
日本の事務局が用意してくれたのは、乗り継ぎ便の航空券だった。
「シンガポール航空でシンガポール経由。それだけ覚えておけば大丈夫だから」
出発前、心配する母に何度もそう言い聞かせた自分の声が、今になって耳の奥で虚しく響く。
成田を飛び立った飛行機は、数時間後にとある空港へ着陸した。機内アナウンスは早口の英語と中国語。半分も聞き取れなかったが、
「トランジット(乗り継ぎ)」
という単語だけは拾えた気がした。
周りの乗客が次々と立ち上がる。僕は釣られるように荷物を抱えて席を立った。
(ここがシンガポールか。予定より早く着いたな)
タラップを降り、案内表示に従って意気揚々と歩く。
パスポートケースには次の便の半券。シドニーで待つスタッフへの挨拶を英語で練習しながら、僕は「Arrival(到着)」の矢印を疑いもせず進んだ。
だが、表示板の下に小さく書かれた文字を、僕は完全に見落としていた。
「Taipei Taoyuan International Airport」
そこはシンガポールではなく、台湾の台北だった。僕が乗った便は台北経由のシンガポール行き。旅程表をろくに見返さず、
「シンガポール航空なんだから、経由地もシンガポールに決まっている」
と勝手に思い込んでいたのだ。
18歳のプライドが砕けた瞬間
入国審査の列に並ぼうとした時、スタッフに呼び止められた。
「エクスキューズミー。トランジットのお客様ですか?」
片言の日本語に驚いて顔を上げると、スタッフは僕の搭乗券を見て、困ったような、それでいて「またか」というような苦笑いを浮かべた。
「お客様、ここは台北です。シンガポールではありません。
ここを通ってしまうと手続きが非常に複雑になります。
今のうちに戻りましょう」
その一言で、頭が真っ白になり、頬が一気に熱くなった。
周りを見渡せば、確かに看板の文字も、行き交う人々の言葉も、僕が想像していた「シンガポール」とは何かが違っていた。
なぜ、こんな単純なことに気づかなかったのか。
「す、すみません……」
消え入りそうな声で謝る僕を、スタッフは責めることなく、静かに踵を返させた。
案内されたのは、ガラス張りの小さなトランジットルーム。
僕はその片隅で、ようやく詰めていた息を吐き出した。
情けなさと恥ずかしさで、顔から火が出そうだった。
母に「大丈夫」と大見得を切った自分が、急にひどく幼く、頼りない存在に感じられた。
しばらくして、部屋にいた人々が再び搭乗し始めた。
僕も慌てて後をついて行ったが、なぜか僕だけが制止された。
正式な手続きを踏まずにこの部屋に入ってしまったため、イミグレーションの確認が取れるまで待てと言うのだ。
(なんで僕だけ、こんな目に遭うんだ……)
もう一人の「迷子」と運命の出会い
絶望的な気分で立ち尽くしていた時、ふと隣を見ると、僕と同じように呆然としている女性がいた。年齢は僕と同じくらいだろうか。
目が合うと、彼女は少しだけ照れくさそうに笑って話しかけてきた。
「もしかして……シンガポールだと思ってました?」
「えっ、なんでわかるんですか」
二人は顔を見合わせて、思わず吹き出してしまった。
「私もなんです。案内の看板、紛らわしいですよね」