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【短編百合小説】『驟雨、春を流して』

    驟雨、春を流して

    雨が降っていた。突然降りだして、途端に強くなった。大きな雨粒が、うるさいくらいに窓を叩いていた。
    窓の方を見る。雨粒が跳ねて踊ってモザイクのようになった窓の外。見下ろす位置に、彼女が立っていた。
    遠くからでも、モザイク越しでも、彼女の姿はこの目にハッキリと映る。
    彼女は……先輩は、昇降口の付近で、落ち着かない様子で携帯と空を交互に見ていた。
    その姿を見て、思わず自身の携帯を手に取った。

    「……もしもし、涼ちゃん?どうしたの?今日は部活ないけど」

    電話越しに、彼女の柔らかく甘い声が響く。

    「ああ、うん、知ってますよ。先輩……今、一人ですか?」

    分かり切った問いかけ。

    「あ、うん。一人だよ。どうしたの?何かあった?」

    分かり切った答え。

    「……先輩、今困ってるでしょう。傘、持ってないんですか?」
    「えっ、なんでわかったの!」

    年上だというのに、幼子のような素直な反応。微笑ましい。

    「なんででしょう。エスパーだからかな」
    「え、涼ちゃんってエスパーなの……?」
    「冗談ですよ。ほら、二階。見えます?そっちからじゃ見えませんかね」
    「二階……?あ、そっか。あれ、涼ちゃんって三組だっけ?真ん中らへんの教室?」
    「正解です」
    「え、ちょっと手振ってみて」

    そう言われて、律儀に手を振ってやると、彼女はそれを見つけて嬉しそうに軽く跳ねる。
    遠くて表情はあまり見えないはずなのに、全身で感情を表現するものだからすぐにわかってしまう。

    「あ、いたいた!」
    「ふふ」
    「なんだ、見てたなら言ってよ」
    「言うために通話かけたんですよ」
    「あ、そっか」
    「傘、持っていきましょうか」
    「あ、え、いいの?涼ちゃん置き傘とかあったの?」
    「いえ、傘は一本だけなんですけど。今持ってるの、父さんのおさがりだからちょっと大きいんです。先輩さえよければ、途中までご一緒してもいいかなと」

    ……我ながら、回りくどい嘘。けれど、彼女は素直にそれを信じて、ほっとしたような声で返事をする。

    「ほんと?いいの?」
    「いいですよ。っていうか、提案してるのはこっちですし」
    「ああ、まあそうなんだけど。え、ほんとにいいの?」
    「はい。今行きますから、待っててください」「うん、ありがと。じゃあ、よろしくね」

    彼女がそう返事をするころには、もう教室を出て階段を下りていた。
    そうして、一分も経たないうちに彼女待つ昇降口までたどり着いた。

    「お待たせしました」
    「わ、びっくりした。ありがと……っていうか、早くない?」
    「そうですか?普通ですよ」
    「そうかなぁ。んー、やっぱり背が高い人だと歩くのも速いのかな。ほら、涼ちゃん足も長いし。私の歩幅の倍はあるんじゃない?」
    「さすがに倍はないですよ」

    頭一つ分以上は小さいであろう彼女が、きらきらとした瞳でこちらを見上げる。
    同じ階にいたとしても、彼女を見下ろすことになるのは変わらない。
    見下ろした彼女の姿をよく見ると、先程まで校舎を出るかどうしようか迷っていたからだろう、制服がわずかにしっとりと水気を纏っていた。
    ……やっぱり急いで来てよかった。

    「さ、行きましょう」
    「うん。えへへ、ありがとう」

    開いた傘の下に、彼女はなんの疑いも無く潜り込む。
    見下ろしたその顔は輝くような笑顔で、思わずこちらも頬が綻んでしまう。
    それから、彼女の歩みに合わせるようにしていつもより少し狭い歩幅で歩き出した。
    相変わらず雨は強くて、傘の上で不規則なリズムを奏でながら踊っていた。

    「やっとテスト終わったね!」
    「そうですね」
    「あんまりやっと、って感じじゃないなー。まあ、涼ちゃんは頭いいもんね」
    「普通ですよ、普通」
    「普通じゃないよー。学年で一桁に入るのは普通じゃないから!涼ちゃんが普通だったら私なんてありんこだよ」
    「ありんこって……。まあ、やっとテスト期間が終わるっていうのは嬉しいですよ」
    「ほんとに〜?」
    「明日からまた部活再開ですから」
    「そうだねー。っていうか涼ちゃん、思ったより部活好きだよね」
    「まあ……そうですね、わりと……」

    部活が好きというよりは、会いたい人に会えるから好き、が正しいけれど。

    「私ももうちょっとで部活引退だからさー。ちょっとでも長くやってたいんだよね。皆と会える時間も減っちゃうし」
    「そうですね……」

    彼女は本当に残念そうな顔をした。
    その残念の中に、自分はどれだけ含まれているのだろうかと考えて、やめる。
    そんなもの、微々たる量だ。

    「涼ちゃんと部活できるのもあとちょっとなのかーって思うとね、なんかやっぱ寂しいよ」「……そうですか」
    「え、なんか素っ気なくない?」
    「いや、別にそういうことじゃなくて……。その、どう返していいかわからなくて。すみません」 
    「……そう?え、なんかごめん困らせちゃって」「いえ」
    「涼ちゃん、真面目だから。難しく考えちゃうのかな。ごめんね」
    「いえ、いいんです。その、寂しいのは……こっちもなので……。先輩がそう思ってくれると思ってなかったので」 
    「え?そう?なんで?そりゃ寂しいよ。涼ちゃんが一番仲良い後輩だもん」

    ……一番。その言葉に心臓のあたりがそわりと浮遊感に包まれるのがわかる。
    一番。一番。
    期待しているような意味ではないと分かっていても、その言葉に浮き足立ってしまう自分がいる。

    「一番、ですか」
    「うん。一番仲いいっていうか、一番頼りにしてる……かな。涼ちゃん、いっつも皆のことよく見てくれてるから。私が悩んでたり困ってたりするとすぐ気づいて助けてくれるし」

    それは……皆を見ていたんじゃなくて。彼女を。あなたを見ていたからで。

    「これじゃどっちが先輩なんだーって感じだけど。でもついつい弱み見せちゃうくらい信頼してるってことで……えへへ……」

    照れくさそうに彼女が笑って見せる。
    心臓の鼓動がやけに早く感じる。
    雨の音が、大きく大きくなる。
    思考に雑音が混ざる。
    煩くなる。騒がしくなる。
    違うのに。そんなわけないのに。
    今なら。もしかしたら。なんて、そんな。

    「……好きです」

    ……呆気なかった。
    自分がこんなに我慢が効かない人間だとは思わなかった。
    想像していたよりも何倍もあっさりと、その言葉は出た。
    心の奥底で飼いならしていたはずの怪物の手綱を、うっかり放してしまった。
    重々しくて、ドロドロしていて、決して表に出すことは無いと思っていた言葉なのに……実際はまるでシャボン玉のように軽々しくふわりと音になって浮き上がってしまった。

    「え」

    彼女の丸い目がさらに丸くなって、そこに自分が映る。
    ……それを見て我に返る。
    雨の音が遠くなって、小さくなって、空が少し明るくなったような気がする。 
    どうか雨がかき消してくれていますように。
    そう思うけれど、きっとそれはただの願望で終わるのだろう。

    「……涼ちゃん」

    彼女の唇が少し震える。
    私も好きだよ、って茶化してくれたら。
    からかわないで、なんて言って笑ってくれたらどんなによかったか。
    きっと彼女の耳に届いた自分の声は、冗談では済まされないほど切羽詰まっていたのだろう。
    彼女は困ったように眉を下げた。
    けれど、その一秒後に……彼女は笑った。
    眉を下げたまま、それでも美しく笑って見せた。

    「涼ちゃん。その、今のは……えっと、そういう『好き』って、ことなんだよね」

    真っ直ぐな視線に射抜かれる。
    もう嘘はつけなかった。

    「……はい」

    罪を告白するかのように、返事をする。
    そっか、と彼女は返す。
    それから、少しだけ息を吸った。

    「ごめんね、涼ちゃん。私、涼ちゃんのことそういう目で見られない」

    時が止まったような錯覚。
    あれだけ煩かった雨音が、もう随分と小さくなっていた。

    「そう、ですか」

    それしか言えなかった。

    「えっと、ごめんね。違うの。そうじゃなくて。私にとって涼ちゃんは大事な後輩だから……。ずっと、そういう関係でいれたらなって思ってたから。その、あんまりそういう風に考えられなくって」

    違うって。何が違うんだろう。何も違わないのに。

    「それに、さ。私も涼ちゃんも女の子でしょ?その、そういう関係になるって、想像つかなくって……だから……」

    わかった。もう、わかったから。これ以上言い訳をしないでくれ。
    一生懸命言葉を選んで、できるだけ重苦しい空気にならないように気を遣って、そうやって彼女は思考を巡らせている。
    優しい。優しいけれど、その優しさは私を惨めにするばかりで。

    「……こっちこそ、ごめんなさい。困らせて。先輩のこと、ずっと尊敬してて。それがどういう気持ちなのかって、ちょっと迷ってたっていうか。私も、これがどういう気持ちかよくわからなかったから……。だから、そう言ってもらえてよかったです。私も……先輩の一番の後輩でいたいです、ずっと」

    嘘だ。大嘘だ。迷ってなんかなかった。これが尊敬とか、信頼とか、そういう類のものなんかじゃないってずっとわかっていた。でも、だって、それを言ったら……彼女は。優しい彼女はきっと、私を傷つけたって、ずっと思ってしまうから。だから、そう言うしかなくて。

    「そっか、よかった」

    そう言って、先輩は笑う。
    まるでその笑顔に釣られるみたいに雲が割れて、太陽が顔をのぞかせる。 
    足元の水たまりに太陽が反射して、痛いくらいに眩しい。

    「あ、私こっちだから!」

    先輩はそう言って、傘の下から軽やかに躍り出る。
    彼女の全身が見えるくらいの位置まで、パッと距離が離れる。

    「今日はありがとう……!また明日ね……!」

    全身を使って手を振る。
    片手をあげて、弱弱しい力で手を振り返す。
    彼女は誰よりも優しくて、純粋で、残酷で、それでいてまっすぐだ。 
    こんな状況になってまで……また明日、なんて言ってのける。
    それを優しさと言わずしてなんと言うのか。
    その眩しさが、美しさが心から愛しくて。本当はずっと、自分だけのものにしてしまいたかった。

    「……負けちゃった」

    負けだ。大敗北だ。彼女にじゃない。己の中の怪物に。
    言わなかったら、このまま大事に持って行くことができたかもしれなかったのに。

    傘を閉じる。真っ黒で大きな傘を閉じて、空を見る。
    雲の切れ間から見えた青空は、記憶にあるいつの空よりもずっとずっと青くて、目が痛いくらいだった。



    ☆本文ここまで

    こちらはつくね様が作成したワードパレットをお借りして作成した小説です。
    お題は9番の「反射」「電話越し」「記憶」。

    友人の四ツ倉絢一さん、本場の味!本格インドカレーえみりぃさんと同じお題で小説を書こう!という企画 #うるしらワードパレット にて書いたものとなります。
    もし宜しければお2人の作品もぜひご覧下さい!

    ①お借りしたワードパレット

    #ワードパレット作りました 。
    雨がテーマのワードパレットです☁️️☔️
    報告不要ですのでどんなジャンルでもお気軽にご利用ください
    使う場合は引用RPでも画像転載でもどちらでも大丈夫です!!
    素敵な創作のお手伝いになれば幸いです🐈‍⬛️🫧
    #ワードパレット pic.twitter.com/6XKif3R0JY

    — つくね (@tukune_yozakura) May 25, 2025

    ②四ツ倉絢一さんの作品

    #うるしらワードパレット
    旧知の仲の文字書き達で同じお題を選んで小説書いてみました!
    お題は「9 『記憶』『電話越し』『反射』」!(お借りしたワードパレットはリプ欄に!)
    ちなみに「うるしら」は「うるせ〜〜しらね〜〜PokemonSleep」の略です
    普段はポケスリして遊んでるよ

    『踏切』四ツ倉絢一 pic.twitter.com/iSHr6NIGuc

    — 四ツ倉絢一【え-30】郁郁青青 (@2o11_bungei) August 26, 2025

    ③本場の味!本格インドカレーえみりぃさんの作品

    #うるしらワードパレット
    旧知の仲の文字書き達で同じお題を選んで小説書いたよ
    ちなみに「うるしら」は「うるせ〜〜しらね〜〜PokemonSleep」の略です
    普段はポケスリ学会の民
    お題は
    「9 『記憶』『電話越し』『反射』」
    (リプ欄に元ツイあります)
    (1/2) pic.twitter.com/zaMHgTXy4Q

    — 本場の味!本格インドカレーえみりぃ@TRPG (@Icurry_TRPG) August 26, 2025


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