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Photo bytommy_china

【創作百合小説】お砂糖とスパイス、それから

    お砂糖とスパイス、それから


    クリスマスマーケットに行きたい、だなんて浮かれた提案を受け入れたことを後悔している。
    普段は「なんでもいいわ」とか「マナが行きたいところにしましょ」とかなんとか言う美亜が、珍しく自分の希望を口にしたものだから、たまにはいいかと思ってしまったのだけれど。
    実際に行ってみれば、人はごったがえしているし風は強いしクソ寒いしで最悪だった。

    「マナ、見てあれ!屋台いっぱい!」
    「あーそうね、いっぱいね」
    「マナ?どうしたの?怒ってる?」
    「別に。寒いだけ」
    「あらそう。ちょっと食べたり飲んだりしたら元気になると思うわ」

    相変わらず浮世離れした、まるで絵本の住人みたいな口調。
    ロリータ風のふわふわモコモコしたワンピースを揺らすその姿を見ると、恐らく本当に自分をお姫様だと思い込んでいる異常者なのだろう。
    まあ、幼馴染みだというだけでそれにもう20年近くも付き合っている自分も同じように異常者なんだろうが。

    今日、私達はクリスマスを思いっきり楽しんでやろうの会としてこの地に集っている。
    恋人もいないし何かイベントごとの予定もある訳ではない。
    家で一人でだらだらしてしまおうと思っている、なんてそんな話をしたものだから。
    それを聞いた美亜がそんなのもったいないと意気込んで、今日のスケジュールを立てたのだった。
    クリスマスマーケットに行って、ホテルのクリスマスビュッフェを堪能し、夜は広いお風呂とふかふかのベッドで眠る。
    とにかく自分たちを甘やかす日にしよう。
    今日はそういう手筈になっていた。
    ……普段は私が予定を考えることが多いから、相手任せにしている状況はなんとなく落ち着かないが。

    「なんでもいい。とりあえずあったかいもの。あと座りたい。そんだけ」
    「ふふ、なんだかいつもと逆ね」
    「何が」
    「私がよく言うから、それ」
    「……言われたら困るの、分かった?」
    「んー、そうねぇ。そんなに困らないかも。何にしようかなって考えるの、思ったより楽しいし」
    「あっそ……」

    寒さに耐えるために体を丸めて少しでも熱を逃がすまいとする私を見て、美亜はまたふふふと笑っていた。
    ……何も面白くはないだろ。

    「そうねぇ、あったかいもの……。あ、見て。ホットワインですって。スパイスとか、フルーツとか、そういうのが入ってるみたい。あれなら温まりそうじゃない?」
    「じゃあそれでいい」
    「どれにする?お店によって中に入ってるフルーツとか使ってるワインとか違うみたいだけど」
    「どれでもいい……寒い……」
    「あらあら。じゃあ私が好きなのにしちゃうけど。それでいい?」
    「いい……」
    「んー、そうねぇ。あ、あれがいいわ。イチゴが入ってる。ほら、マナ。あそこ席空いたから、座ってて。私買ってきてあげる」
    「ん……ども……」

    あまりに寒くて思考能力が奪われる。
    義務的に返事をして示された席に座った。
    席の近くにはちょうどヒーターがあって、少し寒さがマシになった。
    ぼんやりとオレンジ色に光るヒーターを眺めて、たぶん照明も兼ねてるんだなーなんて、頭の悪い感想を思い浮かべていた。
    飲食可能エリアはやはり混雑していて、席同士の間隔も狭いものだから気を抜いたら肩が誰かにぶつかってしまいそうだった。
    視線を上げてみると、周囲に座っているのはカップルばかりだった。

    「……そりゃそうか」

    段々と日が落ちてきてイルミネーションの光も際立ってくる頃だ。デートには最適だろう。
    とはいえ目の前でちゅっちゅされるのはご勘弁だが……。

    「ただいま〜。わ、あったかい」
    「ああ、おかえり……。なんか増えてね?」

    そんな風にしていると、買い物を終えた美亜が帰ってきた。
    手に持ったトレーの上にはホカホカと湯気を立てるカップが2つ。それと別に、何かパンのようなものが乗った皿も置かれている。

    「シュトレンよシュトレン。クリスマスと言えば、でしょ」
    「しゅとれん?」
    「あら、知らない?シュトレン。ドイツではクリスマス前に食べるんですって。クリスマスの日まで毎日少しずつスライスして食べるの。すごいわよね」
    「……それ悪くなんないの?」
    「そうならないようになってるらしいわよ。バターをたっぷり染み込ませて、スパイスとかドライフルーツもたっぷり入れて、上から粉砂糖もたーっぷりまぶして。そうやって保存できるようにしてあるんですって」
    「ほーん……じゃあソイツは脂質と糖質の塊って訳だ……」
    「まぁ、風情がない言い方」
    「食べ物に風情も何もあったもんじゃないでしょ」
    「まあまあそう言わずに。食べてみたら意外と好きかもしれないわよ」
    「まあ……食べるけど……」
    「はい」
    「……え」

    フォークに突き刺したそれを、目の前に突き出される。
    これは、このまま食べろということだろうか。
    少し戸惑ったが、私はそれを受け入れて、シュトレンと呼ばれたそれを齧る。
    思っていたより固くてずっしりしていて、けれど実際に口の中に入るとしっとりした感触もあって。
    バターと果物、スパイスの香りが一気に口の中にじゅわっと広がるような感覚に満たされる。

    「うま……」
    「ふふ」

    私の反応を見て、美亜は満足そうに笑った。

    「美味しい?」
    「美味しい。ちょっと、いやだいぶ水分持ってかれるけど……」
    「ああ、そう?そんなにかしら。美味しいなら、もう一口いる?」
    「……自分でやる」
    「あぁ、残念」

    新しいフォークを開けてシュトレンを突き刺すと、なぜか美亜は本当に残念そうな顔をした。

    「……何」
    「いいえー?何も。ホットワイン、飲んだら?これによく合いそう」

    そう促されるままに、私は保温用の厚手の紙コップに入ったホットワインに口をつける。

    「あち!」

    買ってきて少し経つというのに、まだ熱を保っているホットワインに舌を焼かれながら一口コクリと飲み込む。
    フルーツの芳醇な香りと、スパイスの刺激、それから赤ワインの渋みと甘み。
    熱でアルコールは飛んでいるはずだけど、それでも身体がカッと熱くなるようなお酒の香りは残っていた。

    「美味しい?」
    「まあ、わりと。熱かったけど」
    「ふふ、マナってホントに猫舌ね。猫舌だし寒がりさんだし、本当に猫ちゃんみたい」
    「……フン」

    美亜はクスクスと笑ってみせる。もしかしたら美亜には本当に私が絵本かなにかに出てくる猫のように見えているのかもしれない。

    「うん、美味しい」

    もぐもぐとシュトレンを頬張る美亜。気まぐれで自由というイメージで言うと、美亜の方が猫っぽく思えるが。

    「私、これ好きかも。すっごく美味しい!お土産用も売ってたし、買って帰ろうかしら」
    「お土産用って、アレ?一本まるまるのやつ?」

    遠くの方に見える出店のカウンターにでかでかと飾られているポップを指さす。

    「そう、あれ」
    「一本買って食べ切れるの?」
    「食べ切れるわよ。毎日少しずつ食べるんだもの」
    「あーそっか。じゃあまあ、いけるか」
    「むしろクリスマス前に食べ切っちゃいそうなくらい」
    「意味ないじゃんそれ」
    「だって、美味しいものが目の前にあったら我慢できないじゃない。少しずつしか食べられないなんて……。私、これ!って思ったらいても立ってもいられなくなっちゃうから」
    「……悪いことは言わないからちょっとずつにしな。バターとかめちゃくちゃ使ってるんでしょこれ。一気に食べるもんじゃない」
    「まあそうね、善処するわ」
    そう言って美亜はまたホットワインを一口飲んだ。
    こう見ていると本当にお姫様……は言い過ぎかもしれないが。育ちのいいお嬢様に見えるくらいには綺麗な所作だった。
    顔も比較的整っているし、服や見た目にも気を使っているのだろうし、その気になれば彼氏の1人くらい作れそうなものだが。

    なんとなく。本当になんとなく、気になった。

    「……美亜さ、彼氏とかいないの」
    「なぁに急に。マナが恋バナ?珍しいわね」

    もしかしたら、お祭り気分で浮かれている周りに影響されて気が緩んだのかもしれない。

    「いや、なんか気になって。そういう話聞いたことないなってさ」
    「そうね……」

    なんとなく落ち着かなくて、ホットワインに口をつける。
    相変わらずのアルコールの匂いと、スパイスの風味。

    「いないわよ。いたらクリスマスイブにあなたを誘うなんてこと、しないから」
    「あー、たしかに。そりゃそうだ」
    「マナは?いないの?恋人はいないって言ってたけど。気になる人とかも?」
    「そっくりそのままお返ししますよー、さっきのセリフ。いたこともないし」

    恋愛に興味がない訳ではないが、そんな機会もなかった。

    「そうなの?マナ、かわいいのに」
    「冗談。そんなこと言うの美亜だけだから」

    これまで言い寄ってきた奴はいないでもないが、皆『彼女』というステータスが欲しいだけなのが丸出しで面倒くさかったから全員切った。

    「つか、美亜はだいたい何にでもかわいいっていうじゃん」

    そう言うと、美亜は少しだけムッとした顔をする。

    「そんなことないわよ。私、本当にかわいいと思った時しか言わないわ」
    「そう?その割によく言うじゃん」
    「やぁね。それは服とか雑貨とか、そういうのに対してでしょ。人には言わないわ」
    「ふーん……。じゃあそれ、私にしか言わないってこと?」

    普段はあまり見せないようなむくれた顔がなんとなく面白くて、少し意地悪をしてみたくなった。

    「そうよ?私、マナにしか言わないわ」

    しかし、返ってきたのは想定外の答えだった。

    「もう、なんだか今日のマナったら意地悪だわ」

    なんで、と聞く前に美亜は私の瞳を覗き込むようにじっと見た。

    「私、これでも我慢してるのよ、色々。それなのに、そんなに意地悪ばっかりされちゃったら、ねぇ?我慢できなくなっちゃう」

    じわり、と何かが染み出すような、見たこともない表情。
    美亜の手が伸びてきて、私の頬と髪を手の甲で軽く撫でた。

    「……なに」

    意味が分からな過ぎて、やっと口から出たのはそのたった二音だけだった。
    それを聞いて、美亜はふっと笑って見せる。

    「ああ、いけないいけない。そうね。後でお話しましょう、ゆっくり。ホテルで温まって、美味しいご飯を食べて。それから……ゆっくり。ゆっくり話をしましょう。聞いてくれる?」
    「……ああ、うん」

    思わずそう返事をしてしまう。
    口の中にはまだ、刺激的なスパイスの風味が残っていた。




    ☆本文ここまで

    本作品は「百合だらけのアドベントカレンダー」企画参加作品です。
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