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【創作BL小説】『パンケーキ・ロックンロール』試し読み


    閲覧の前に……

    ※本作は【男の娘×男子大学生】を含むBL小説です。男の娘が攻めとなりますのでご注意ください。
    ※本文はR18作品となります。試し読み部分に該当描写はございませんが、ご理解の上、18歳以下の方は閲覧および本編購入をお控えください。

    ★以下試し読みです。

    『パンケーキ・ロックンロール』

    「私とじゃなかったら、きっと友樹くんは幸せになれるよ」
    彼女が最後に言い放った言葉が、まだ俺の中でこだましている。
    彼女…… 俺の『彼女』だった女の子。
    とっても可愛い女の子。
    フリルとピンクとウサギが似合う、お人形みたいな女の子。
    俺の元から飛び去って行った、今はもう自由な小鳥。
    彼女が飛び去って行った跡をぼんやりと見つめたまま、もうすぐ三ヶ月経つ。

    積み上げたパンケーキに押しつぶされるような


     …… 体が、重い。全身が砂に飲み込まれているようなそんな感覚。こんなのは初めてだ。彼女と別れてから、ずっとそうなのだ。苦しいとか悲しいとかそういうのとはまた違う。ただただ重たいのだ。静かに、まるで砂時計の砂が流れ落ちていくみたいに。体がどんどん力を失っていって、最後には身動きが取れなくなってしまいそうだった。正直、自分がここまでショックを引きずるタイプだとは思わなかった。
     重たい体を引きずりながら、俺はキャンパスを後にした。

     簡単に言ってしまうと、彼女はとても無理をしていて俺はそれに気づかなかった。ただそれだけのこと だった方向性の違いにより解散、みたいなそんな感じ。
     彼女は頑張りすぎていて、俺は無頓着すぎた。彼女は自分を変えたかった。でも俺は、変わらない彼女が好きだった。いつでもかわいくて、ふわふわで、愛らしくて。守ってあげたくなるような、そんな彼女が好きだった。今思うと、彼女は頑張って俺に夢を見せてくれていたのだろう。俺はそれに俺は気づかずに、好き勝手に理想を押し付けた。都合のいい妄想を当然のものだと勘違いしていたから、彼女の本当のことが何にも見えていなかった。馬鹿な俺に愛想が尽きた彼女は、とうとう俺の手を離してしまった。

     きっとよくあるすれ違い。けれど俺にとっては世界がまるっきり変わってしまうくらい衝撃的な出来事だった。毎日のように、彼女との別れを夢に見るほど。どうしてこうなったのか、どうしたら手を離さずにいられたのかずっとずっと考えていた。彼女との記憶がずっと、胸の中に重くのしかかっている。どうして、どうして、そう考え始めるけれど、考えれば考えるほど自分でもよくわからなくなる。実際わかっていないのだ、本当のことはきっと。何も。


     何度か彼女に会って話そうかとも考えた。でも、俺は結局彼女と話すことはできなかった。…… 今更彼女に合わせる顔がなかったから。彼女の方も強い言い方をしてしまったことを気に病んでいたようだけれど。でも、今彼女と話すべきだとはどうしても思えなかった。少なくとも、今の宙ぶらりんになったような心のままでは彼女に会ってはいけないと思った。ヘラヘラ笑ってやり過ごすことも出来なければ、今までの自分をさっぱりと捨て去る覚悟もない。覚悟を決めるには、まだ足りないものが多すぎるから。あの子の苦しみも、俺のダメだったところも、そして俺自身が今どう感じているのかも。きっと何一つ、はっきりとは見えていないから。

     
     放課後はよく彼女とカフェに行ったものだけど、今 はそんな習慣もなくなってしまった。男一人でカフェに行くのは、なんとなく気が引けてしまうというのもある。
     かといって、誰もいない一人暮らしの小さな部屋に帰る気にもなれない。俺は公園のベンチにだらりと身を預けて空を眺めていた。…… 何かに向き合おうという気がまるで起きないのだ。何も難しいことを考えることが出来なくて、空を見上げる。
     公園も、誰もいなくて静かだ。春先とはいえまだ寒い。子供たちも暖かい部屋で遊んでいるのだろう。風の音しか聞こえないのが何だか苦しくて。何かに操られるようにして俺の口は小さく歌を口ずさんでいた。…… テレビで良く流れてた曲だ。最近いろんな店で流れてたから、頭から離れなくて。えっと…… なんだっけ、これ。ああ。これも失恋の曲じゃんか。


     目に映るものが。耳に流れ込んでくる音が。全てが空虚だ。

     「ねえ、お兄さん」
     がらんとしていた空間に、いきなり金色が現れた。金色の髪の少女が、こちらを覗き込むようにして立っていた。空しか目に入っていなかったものだから、彼女がこちらに近づいてきていることに全く気づけなかったのだ。

    「ごめんごめん、びっくりさせちゃった?」
     彼女がくるりと向きを変え、俺の正面に立つ。
    「…… まあな。でも俺がぼーっとしてたのが悪い」
    「あっ、そう。じゃあお兄さん今暇ってこと?」
    「…… んん、まあそうなる、けど」
     赤いセーターに輝くような金色が痛いくらいに眩しい。春が近いとはいえ、まだまだ景色は冬の途中で殺風景だ。色を失った世界の中で、彼女だけに色がついているようだった。

    「よかったー。じゃあさじゃあさ、頼みたいことがあ るんだけど!お兄さんこのお店知らない?」
     ずいっと液晶画面が目の前に迫ってくる。彼女の持つ端末に表示されているものを見て、俺の心臓は縮みあがった。

     「ここ!このあたりみたいなんだけど、知ってる?」

     画面に映っていたのは、俺と『彼女』がよく行っていたカフェだった。
     


    踊る、炭酸水

    「えへへー。お兄さんありがとー。よかったよかった。 知ってる人がいて」 「俺が知らなかったらどうするつもりだったんだよ」
    「まあその時は地図アプリに頼るしかないかなぁ」
    「じゃあ最初から使えよ…… 」
    「えー。だってアプリの地図苦手なんだもん!なんかさ、あれ地図がぐるぐる動くじゃん。余計迷っちゃうから嫌なんだよね。お前が動くなーってなる」
    「…… ならねえよ」
    「いーや、なるね。絶対なる」

     俺はいつの間にか見ず知らずの少女の案内役に任命されていた。あらゆる気力を失っているところにこんなパワーの塊みたいなのが突然現れちゃ、断るものも断れなくなる。何かをするのにもエネルギーを使うが、同じくらい何かをやめるのにもエネルギーを使う。無気力が限界まで進むと、何かを決めるというただそ れだけで精神力が削られる。俺は為す術もないまま彼女の生み出す激流にそのまま飲み込まれてしまったのだった。

    「知らないところを歩くのってさ、なんだかわくわくするよね」
    「なんだ急に」
    「わくわくするから、地図見て歩いてても結局寄り道しちゃうって話!」 「…… 迷うのは全部自分のせいなんだよなぁ」
    「あ、ひどーい。お兄さんロマンがないな!」
    「ひどいも何も事実だろうよ」
    「それはそうだけど。でも、ちょっとのことでも楽しんだ方が得じゃない?」
    「そうかい」
    「…… お兄さん、あんまり楽しくない?」
    「ん、ああ、いや。まあ。ちょっとな」
    「嫌だったら、無理しなくていいんだけど」
    「…… いやいい。あのままぼーっとしてた所で何にも変わらないし。これでいいさ」

     そういうと、少女は大して興味もなさそうにふーん、と呟いて顔をして歩くスピードを速めた。彼女のほうが歩幅は小さい。普通に歩いたら俺のほうが絶対早い。けれど、なぜか彼女の前を歩く気にはなれなかった。跳ねるようにして彼女が歩みを進める度、ひとつに束ねた金色の髪が目の前で波打つ。太陽の光を受けて輝く金色の波に、そのまま溺れてしまいそうだった。

    「あ、おい待て。こっちだこっち」
     俺はハッと現実に返って彼女の手を掴んだ。彼女が目的地とは全然違う方向に歩き出そうとしたから。
    「あー、ごめんごめん。っていうか、もうちょっと早く言ってよね」
    「いや、ああ、うん。ごめん」
    「もしかして、ボクに見惚れてたー?」
     少し赤みがかったチョコレートのような明るい茶色の瞳がこちらをのぞき込む。
    「ん、まあ、そんなとこかな。金色、綺麗だったから」
     ぼんやりしたままそう言って、それから自分の口から出た言葉の内容を把握して恥ずかしくなる。初対面 の女の子に向かって綺麗、とか。ちょっと、いやだいぶ恥ずかしい。
    「…… ふーん」
     彼女は悔しそうに頬を膨らませる。サイコロを転がすように、彼女の表情はくるくるとせわしなく変わる。 それが余計に彼女を子供っぽく見せた。

    「さ、ついたぞ。ここでいいんだよな」
    「うん!ありがと!」
     目的のカフェに到着すると、少女は満面の笑みを見せた。ここにはもう何度も足を運んでいるはずだが、 パンケーキで有名な店だとは知らなかった。『彼女』は 食べていただろうか。あまり記憶がない。
    「あ、ねえねえ!お兄さんこの後もヒマ?ヒマだよね。一緒にお茶しようよ」 
    「んー、ああ、うん」
     そういえば、記憶の中のあの子がここで何かを食べ ていたことなんて一度もなかったかもしれない。小さなカップに入ったミルクティーを、小鳥みたいに啄むようにして飲んでいる『彼女』。俺の中にあるこのカフ ェの記憶はそれだけだ。もしかして、『彼女』は遠慮していたのだろうか。何に?わからない、けれど。考え始めると、たくさんの「もしも」が浮かんでくる。
    「やったぁ!じゃあいこ!」
    「ん?え、えっと?」
    「もう!話聞いてなかったの?仕方ないなー。まあもう決めちゃったからー。付き合ってもらうけどー」
    「つ、つきあ…… ?」
     え、付き合うって?だめだ、考え事をしていて何も聞いていなかった。何か適当に返事をしてしまった気がする。よくない、こういうところがよくない。よく考えもしないで軽率に発言するのはよくない、わかってるはずなのに。
    「お茶!一緒にしてくれるって!言った!」
     焦りと混乱でぐちゃぐちゃになった俺の頭に水をぶっかけるような彼女の大声。駄々っ子のようなその 声が、余計な考えを蹴散らした。
    「あ…… 。ああ、そうか。お茶、お茶ね。それくらいなら、うん。全然平気」
    「どしたの、急にキョドっちゃって」
    「いや、単純に話聞いてなかっただけ…… 」
    「ハァ?なぁにそれ。いいの?ダメなの?」
    「えっと、いいよ。どうせ何もやること無かったから」
    「そ、ならいいけど!」

     喫茶店に入って、俺と彼女は向かい合うようにして席に着く。メニューを広げて、彼女はふんふんと鼻歌 を歌いながらパンケーキのページを眺めている。いつ もは流し見していたから、パンケーキのページなんて初めて見た気がする。
    「パンケーキ、好きなのか?」
    「うん!パンケーキ巡りが趣味!」
    「そうか、趣味があるのはいいことだな。店によって 結構違うのか?」
    「ぜーんぜん違うよ。食感も風味もお店によって違うの。色んなお店のこだわりを探すのが楽しいんだよね」
    「へー。そういうもんなのか。パンケーキなんかどこも同じようなもんだと思ってた」
    「それが結構違うんだなぁ。あ、そーだ。じゃあお兄さんも試しに食べてみなよ。ここのはふわふわしゅわしゅわ〜って感じのスフレパンケーキみたいだし。お兄さんが思ってるパンケーキとは結構違うんじゃないかな」
    「そ、そうなのか?」
     勢いのあるプレゼンに、少し怯む。
    「どしたの?お兄さん甘いの苦手?」
    「あ、いや。苦手じゃないけど。なんか似合わないじゃん、こんな男がパンケーキとかさ!」
     なんとなく照れ臭いような居心地が悪いような気 がして、へらへらと笑ってしまう。メニューにのって いるふわふわで厚みのあるパンケーキは、そこにあるだけで可愛らしいのだ。やわらかさと甘さと、メルヘンとファンタジーを混ぜ込んで焼いているみたいだった。こういうのは…… たぶん『彼女』みたいな可愛い女の子に食べられるためにある。俺みたいなただの男子大学生には似合わない。食べている光景を想像すると、あまりの似合わなさにむずがゆくなる。
     そう思っていたら、目の前の金色の少女から不満げな声が飛んできた。 「似合わないなんてことない!いいじゃん、美味しいものは誰が食べたって美味しいの!」
     まっすぐに放たれた言葉の矢が刺さる。
    「そんなの、お兄さんが勝手に思ってるだけでしょ。 そういうの、ヘンケンっていうんだよ。似合うとか似合わないとか関係ないよ。パンケーキは誰が食べたっていいの!」
     もっともな意見だった。
    「んん、そうか…… 」
     確かにそうだ。似合う似合わないとか、こうあるべきとか、そういうことを決めつけてしまうのはダメだ。
    「悪い、よくないよな。こういうの。何を食べるかとか、そういうのは自由だもんな」
     勝手な思い込みで浅はかな発言をするのは、俺の悪い癖だ。直そう直そうと意識してはいるけど、染みついてしまった性質はなかなか変えられない。
    「そうだよ、パンケーキは誰にだって平等に幸せをくれるんだから!」
     落ち込む俺とは対照的に、彼女はにんまりと笑みを 浮かべる。
    「はい!じゃあお兄さんがチョコで、ボクがメープルね!半分こ!」
     今にも飛び立っていきそうなくらいに浮かれた声。
    「…… 結局二種類食べたかっただけか?」
    「ちがうもーん。お兄さんにも味わって欲しかっただけだもーん」
     少女はそう言うと、こちらのことなど全く気にせず店員に声をかける。
     どこまでが本当でどこからが嘘なのか。確かにそこにいるのに、そこにいないような。彼女と喋っていると、なぜか夢を見ているような気分になる。夢を見ているというよりは、化かされているような、と言った方が近いだろうか。俺を騙しに来た狐か、あるいは、 傷心の俺が作り出した幻想か。だって、現実にしては都合がよすぎる。突然金髪の美少女が現れる、なんて。よく単純なヤツだと言われるけれど、俺の頭は妄想ですら単純なものしか作れないのか。

     「お兄さん、お兄さん」
     少女の声が飛び込んできて、俺は妄想の世界から抜け 出した。
    「飲み物、何にするの?セットメニューから選べるって」
     俺の袖をちょいちょいと引っ張って少女が言う。見せられたメニュー表には、十種類程の飲み物がのっていた。
    「あー…… そうだな…… 」
     『彼女』と二人で来る時はオレンジジュースかコーヒーしか頼んでいなかった気がする。毎回悩むのが面倒だから、ただそれだけで深い意味なんてなかったけれど。
    「えっと、じゃあサイダーひとつ」
     いつもと違うことがしたくて、メニューの一番下に あったサイダーを選ぶ。そもそもこの店にサイダーなんてものがあることすら今日初めて知った。オーダーを確認し終わった店員のお姉さんは、そのままキッチンの方へ歩いていった。

    「…… ねえ」
    「なに」
     メニューをパタンと閉じる音がして、彼女の視線がこちらに向く。
    「そういえばまだお兄さんの名前聞いてない」
    「ああ、そういや確かに。てかお前の名前もまだ聞いてない」
    「えへへー、そうだっけー?」
    「そうだぞ。お前があんまり気安く話しかけてくるもんだから、すっかり馴染んじゃってるけどさ」
    「あっ、褒められた」
    「いやまあ…… 褒めてはいるけど。つーかそんだけ馴 れ馴れしくしてくるなら最初に名乗っとけよな」
    「あはー、なんか楽しくて忘れてた」
    「…… そうか」  
     お調子者というかちゃっかりしてるというか。かわいい女の子にそんなことを言われて嫌な気分になる ような男は…… まあそんなに居ないだろう。こういうのを人たらしって言うんだろうな。
    「んじゃ改めて。岸田友樹だ、よろしく」
    「友樹お兄さんか〜。よろしく!じゃあトモくんだね!」
    「いや距離の詰め方エグいな」
    「えー?やだー?」
    「…… 嫌ではないけど」
     この歳になってその呼び方は少し恥ずかしい。幼稚園の時の友達くらいだ、そんな呼び方してたの。
    「あ、もしかして照れてる?かわいーい。あ、ボクはミサトアンズ!アンってよんで!」
     かわいくねえよと否定しようとした俺の動きを先回りしたかのように彼女は勢いよく名乗った。
    「よ、よろしく。なんかどっちも名前みたいだな…… 」
    「そうかなー?ミサトはね、美しい故郷って書くの。 それで美郷。アンズは果物の杏だよ」
    「あー、なるほど。漢字で書くとちゃんと苗字だな… … 。なんだろう、伝わるかなこの感じ。自分で言って て訳わかんなくなってきた」
    「あははー、わかるよー。たまーに美郷です、って言 うと名前じゃなくて苗字教えてくださいって言われ ることあるもん」
    「まあ確かにな。音で聞くとミサトって女の子の名前っぽい」
    「そーなんだよね。かわいくて好きなんだけどさ。ちょっとややこしいよねぇ」


     あまりにも遅い自己紹介を終えて少し経ったころ、 飲み物とパンケーキが運ばれてきた。二段に積まれたパンケーキはかなり厚みがあって、ふわふわというよりもぷるぷると表現するほうが的確なのではないかと思うほどの柔らかさと弾力を感じるような見た目だった。こんなパンケーキは生まれて初めて見た。俺 が知っているパンケーキはもっとこう、もちもちでぺたんとしたフォルムのやつだ。
    「わはー!おいしそ…… 。ふわふわすぎる。この上で毎日寝たい…… 」
     アンはじっとパンケーキを見つめてそんなことを口走っていた。パンケーキの上のバターとメープルシ ロップのように、とろけてなくなってしまいそうなく らい幸せそうな顔をしている。夢中になっているのを邪魔するのもよくないな、冷めないうちに食べてしまおう…… 。俺はフォークとナイフを手に取った。
    「あ、トモくん待って。写真!写真撮るから!」
    「えっ、俺のも撮るの?」
    「食べたパンケーキは全部記録するの!トモくんのもあとでちょっともらうからそれも撮っとく!すぐ終わるから待ってて…… 。はい、いいよ!ボクも食べよー。いただきまーす!」
     ものすごい勢いの早口と手際の良さに圧倒されてしまう。しかしそれと同時に、アンの好きなものに対する情熱に素直に感心してしまった。

     ほっぺたをリスのように膨らませて、アンはひたすらパンケーキを頬張っていた。俺もアンに倣ってふわふわの塊を口に放り込む。甘くてほろ苦いチョコレートソースを、弾けるように爽やかな風味のサイダーが押し流していく。甘いのに苦くて、でも胸に少しだけ残る清々しい気持ち。俺の中に失っていた何かがじわじわと戻ってきて満たされていくような、そんなひと時だった。

     …… パンケーキを最後に食べたのはいつのことだろうか。もうずいぶん昔、ガキの頃の記憶が最後かもしれない。そんなことを思って、なんだか懐かしい気持ちになった。あの頃は、恥ずかしいとかかっこ悪い とか、そんなこと何にも考えずにパンケーキを頬張っていた。

    「今日はありがと、楽しかった!パンケーキも両方食べれたし!」
    店を出ると、アンは背伸びをしながら満足そうにそう言った。
    「パンケーキのほうが本音じゃねーの?」
    「あ、バレちゃった?でも楽しかったのはほんとだよ。ボク、引っ越して来たばっかでさ。友達とか全然いないから。トモくんと会えて嬉しかった!」 「…… そっか。まあ、俺もいい気晴らしになった」
    「えへへ、よかった」

    「そーだ、ラインやってる?交換しよ!」
    「え、あ、ああ」
     アンの勢いに押されて、俺はスマホを取り出す。あ っという間に連絡先の登録をして、アンはニマっと笑う。
    「んじゃ、またよろしくね!ばいばーい!」
     嵐のようにやってきて嵐のように去っていく、まさにそんな感じだった。ボールが跳ねていくように軽やかに走っていく姿がもう既に遠くに見える。いつの間にかどんよりとしていた雲の間から、わずかに光が差し込んでいた。その光がまるでスポットライトのよ に金髪を照らしていた。

     夢から醒めたときのように、俺はただ、その光の先を見つめて立ち尽くしていた。


     夜。一人の部屋。薄暗い部屋の中、布団の微かな衣擦れの音と、遠くから聞こえる電車が地面を揺らす音だけが俺に寄り添っている。こういう時はたいてい、 嫌なことばかりが頭に浮かぶものだけど。今日は違った。俺の頭の中にまだ、あの輝く金髪が居座っている。 突然現れて、強引に俺の手を引っ張っていくエネルギ ーの結晶。うるさくて、ちょっとうざったくて、でも 眩しかった。
     この日、俺は珍しく彼女の…… メグミちゃんの夢を 見なかった。




    ★試し読みはここまでとなります。



    本文紹介


    彼女にフラれて心がズタボロの大学生・岸田友樹を救ってくれたのは金髪の美少女(にしか見えない少年)だった……。
    カワイイってなんだ? わかんないなりに考えてみた。

    『パンケーキ・ロックンロール』作品紹介


    傷心で一歩も前に進めなくなった元お調子者の男子大学生・岸田友樹。
    絶賛ハートブレイク中の友樹の前に現れたのは、絵にかいたような金髪の美少女……にしか見えない男の娘!?
    パンケーキを食べたり、映画を撮ったり、なんやかんや青春しながら、これまでの自分もカルチャーショックも固定観念も全部全部ぶっ壊していく男の娘×ヘタレ男子大学生BLです。
    男の娘が攻め!ヘタレ男子大学生が受けだぞ!スケベもあります。

    本文は鹿野月彦の運営する個人サークル『粉末硝子水族館』のBOOTHにて販売中です。
    A5・本文74ページ。表紙はキラキラ光る偏光ラメ仕様です。
    在庫数の関係上リアルイベントへの持ち込みが長らくできていない作品となりますので、もしご興味がございましたらこの機会にぜひ。

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