
子どもたちの小さな願い|TIGER 第二話
本文は2779字です。
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あらすじ
雪深いオリエント村で暮らす十五歳の木こり、オリバー。彼は十年前に仕事へ出たまま戻らない両親を今も待ち続けている。
「サーカスだって?」
トンマーゾは、今度は反対側に首をかしげました。
「サーカスを知らないの?」
「聞いたことはあるよ。でも、見たことはない」
「僕も見たことはないよ。」
オリバーはそう言って少し考えました。
「大きなテントをたてて、その中でショーをするんだ。僕たちには真似できないような芸を見せてくれるんだって。」
「どんな芸?」
「綱の上を歩いたり、高いところから飛んだり。それから、火を使う人もいるらしいよ」
「火?」
トンマーゾは目を丸くしました。
「そんなの、あぶないじゃないか。」
「だからすごいんだよっ」
オリバーが笑うと、トンマーゾは「なるほど」と何度もうなずきました。
「それから、ピエロとかも出てくるんだけど……ピエロはわかる?」
「ああ!」
トンマーゾは大きな声を上げました。
「ピエロは知ってるよ。ライリーがピエロの人形を持っていたからね。」
「そうなの?」
「うん。赤い鼻をした変な顔の人形。ライリー、すごく大事にしてたよ」
オリバーもその人形を思い出しました。
ライリーの部屋の棚にいつも置いてあった人形です。赤い鼻に、大きく笑った口。
ライリーはその人形を「ポポ」と呼んでいました。
「そうか!」
トンマーゾがマッテオさんを見ました。
「もしかしてライリーを喜ばせるために、
この村にサーカスを呼ぶのかい?」
マッテオさんは大きくうなずきました。
「そういうことだ。ライリーにも、村中の子どもたちにも喜んでもらえると思ってね。」
「すごいや!」
トンマーゾが身を乗り出しました。
「いつ来るの?」
「もうすぐだよ。」
「もうすぐって、明日?」
「さぁ、いつだろうね。」
マッテオさんが笑いました。
「父さんの知り合いにサーカスをやっている人がいてね。その人からこの前手紙が届いて、子供たちのためにこの村に来てくれるそうなんだ。」
「動物も来るの?」
オリバーが聞きました。
「さあ。それは父さんにもわからないな。」
「馬はいるかな?」
「いるんじゃない?」
「クマとか!」
「クマなんて連れてきたら、僕は逃げちゃうよ。」
「トンマーゾは怖がりだな。」
「怖がりじゃないよ。オリバーがおかしいんだ。」
二人は顔を見合わせて笑いました。
まだ見たこともない大きなテント。
空高く飛ぶ人。
火をあやつる人。
おかしな格好をしたピエロ。
想像すればするほど、胸がわくわくしました。
「ライリーも見られるかな」
トンマーゾが言いました。
オリバーは少しだけ黙りました。
ライリーの病気が心配だ。
けれど――。
「きっと見られるよ」
オリバーは言いました。
「サーカスが来るころには、きっと元気になってる」
「そうだよね」
トンマーゾはうれしそうに笑いました。
「三人で見ようよ」
「うん」
そのときです。
カチャン。
小さな音がしました。
ロゼッタさんがスプーンを皿の上に置いた音でした。
オリバーがそちらを見るとロゼッタさんは笑っていませんでした。
さっきまで楽しそうに話を聞いていたはずなのに、いつの間にか口を固く結んでいます。
「二人とも」
ロゼッタさんが言いました。
「シチューが冷めないうちに食べなさい。」
マッテオさんは、ちらりとロゼッタさんを見てから二人に言いました。
「ああ、そうだな。ほら、早く食べよう。」
ほんの一瞬だけ、二人の目が合いました。
けれどオリバーは、そんなことよりもサーカスのことで頭がいっぱいでした。
二人は残りのシチューをむしゃむしゃと食べました。
サーカスって、どんなところなんだろう。
どんな人たちがやってくるんだろう。
どんなショーを見せてくれるんだろう。
そして、ライリーは喜んでくれるだろうか。
早く来ないかな。
オリバーは、まだ見たこともない大きなテントを思い浮かべました。
*
「まさか、ライリーまで......」
幼い少女が眠るベッドの傍らで、
父親は肩を震わせながら泣いていました。
サイドテーブルに飾っているのは、
少女が赤ん坊の頃に撮った写真。
そこには赤子を抱く母親とその隣で笑う父親の姿がありました。
「ジェーンを失って、今度はこの子も失ってしまうのか。」
そう言って写真立てを手に取りました。
深いため息の後、父親は言いました。
「母さんが亡くなってからずっと、二人で頑張ってきたのにな、ライリー。」
少女は答えません。
小さな胸が、かすかに上下しています。
(少し前まで、あんな駆け回って遊んでいたのに。)
父親は堪らず声をあげてしまいました。
コン、コン。
扉を叩く音が聞こえました。
「......あっ、どうぞ。」
父親は慌てて涙を拭いました。
入ってきたのは背中に斧を担いだ男と、
長い髪を綺麗に結って、スラリとしたその妻でした。
「やぁ、トーマスとエマじゃないか。」
「スペンサーさん、ライリーの具合はどうですか?」
やつれたスペンサーの顔を見て、エマが静かに尋ねました。
スペンサーは首を横に振りました。
「昨日からほとんど目を覚さないんだ。」
エマはベッドのそばまで歩み寄り、ライリーの額にそっと手を当てました。
「こんなに熱い……。」
「先生は?」
トーマスが斧を壁に立てかけながら尋ねました。
「今朝も来てくれたよ。でも、もう自分にできることはないって。」
部屋が静かになりました。
「……ジェーンと、同じ病気なのか?」
トーマスの言葉に、スペンサーはうつむきました。
「たぶんな。」
エマが振り返ります。
「あなた。やっぱり隣町のお医者さまに診てもらいましょう。」
「ああ、そうだな。」
トーマスはスペンサーの肩に手を置き、ゆっくりと話し始めました。
「俺のいとこが隣町に診療所を建てたんだ。もともと評判のいい医者でね。だから、俺と一緒にそこへ行ってライリーを診てもらおう。きっと、いや、必ず良くなるよ。なぁ、だからもう泣いてはいけない。明日の朝、俺が馬車を出すよ。夜が明けたらすぐにでも町へ向かおう。」
「でも……。」
スペンサーは眠っているライリーを見ました。
「この子を、連れ出して大丈夫だろうか。」
「このままここにいたって、よくはならない。」
トーマスはスペンサーの肩に置いた手に力を込めました。
「エマにもついてきてもらう。男だけじゃ、頼りないからな。」
「ええ。オリバーも連れていきましょう。」
エマはライリーの頬にかかった髪を、そっと耳にかけました。
スペンサーは二人の顔を交互に見ました。
「……ありがとう。」
その声は、震えていました。
「まだ礼を言うのは早いよ。」
トーマスは笑いました。
「ライリーが元気になったら、たっぷり言ってもらおう。」
すると、眠っていたライリーの指が、ほんの少しだけ動きました。
「ライリー?」
スペンサーはすぐに娘の手を握りました。
少女の唇が、かすかに開きます。
「……おとう……さん……。」
「ここにいる!父さんはここにいるよ!」
スペンサーは小さな手を両手で包みました。
「……おそと……。」
「外?」
「みんなと……遊びたい……。」
窓の向こうから、子どもたちの笑い声が聞こえていました。