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概ね六畳間と大陸の間

    日本は六畳間より広く大陸よりは狭い。葛飾区亀有に若い頃の両親のマンションがあった。ニコンFで撮影された室内の写真は、どこか他人行儀だ。朧げに覚えているのは神奈川県に越してきてからのこと。少年時代、青年時代、そして中高年の今も神奈川で暮らしている。海にも山にも都会にもアクセスしやすい故郷。とはいえ海辺の町で暮らしたことはないから、観光客と同じで潮騒は穏やかな時しか知らない。台風の日に江ノ島のトンビがどうしているかなど、知らないことは尽きない。

    南は奈良や京都、北は日光や筑波などは出かけたことがあるが、根を生やして暮らしたことはない。北海道も日本海側も四国も九州も、主に教科書でしか知らない。知らないということは、憧れを伴う。

    同じ日本、同じ言葉といっても、私は母方の祖父のように土地の言葉を受け継いでいない。「ささらほうさら」と祖父が言う様子が脳裏に浮かぶ。私も語尾の「じゃん」を「なになにだよね」の代わりに使うことはあるが、意識できるものは少ない。代々の言葉を継承している方の豊かさは、尊敬しかない。

    海外で行ってみたい土地がある。例えばバルセロナやイタリアやウィーンやボストン、ケンブリッジなどに、『遠い太鼓』の村上春樹みたいに滞在できたら、何が見えて何を感じるだろう。

    けれど、持病の関係で湿気と気圧でイグアナみたいになる日もあるから、国外はハードルが高い。憧れという意味では国内もいい。

    しかし、高温多湿で気圧が乱高下するので、結局住み慣れた土地に生息しながら、「北海道は梅雨がないから、湿度の心配は少ないが冬支度が必要だ。では、暖かな長崎の、坂の多い町から見える海は、どんな表情だろう」このように、頭の中で旅をする。

    江ノ島と由比ヶ浜と小田原は、それぞれ海の眩しさが異なる。だから、長崎の海も何か異なるのだろう、きっと。

    Apple Vision ProやMetaのQuestは、カポっと被ることに慣れていないことと、近眼の度が強いので、レンズの調整が必要だから手を出せずにいる。仮想空間はコストかかるから、広さは未知数。そのため、当面、日本は六畳間より広く大陸よりは狭い。


    こちらも今日書きました:

    How to Prevent Intellectual Stagnation in the Age of Information Overload? :
    Reconstructing Ethics and Education through Les Misérables


    追加 2025/03/04 19:47

    こちらのアカウント、眺めてはどこだろうと学ぶ日々です。

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