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人々を援(たす)け寄り添う神と仏ー道釈人物画の世界ー@大倉集古館

     年末年始は美術館も休みのところが多く、せっかくの連休でも行くところに困ったりするのですが、大倉集古館は12/29~31は休みなものの、新年明けて1月は元日からやっているというありがたさ。道釈画は七福神などの神様や、鬼を退治する鍾馗、寿老人のような仙人、普賢菩薩・文殊菩薩などの仏教の仏様などを描いた絵画のことで、これは年明けの初めとしても縁起がよかろうと、大倉集古館に足を運んだのでした。

     大倉集古館は、虎ノ門ヒルズ、神谷町、六本木一丁目各駅の真ん中あたりに位置していて、わたしは神谷町から行きましたが、駅からほど近く、結構な坂を登って、ホテルオークラの正面、アメリカ大使館の手前に建っています。近くには菊池寛実記念智美術館や泉屋博古館もあるので、展示の興味度合いによっては梯子するのも楽しそうです。

     展示で興味深かったのは、鍾馗や寿老人など、同じ対象についていろいろな人が描いているので、その描き方の違いを見ることができることです。たとえば鍾馗図は、1-27~1-31まで、五つがずらっと同じ展示ケースに並んでいます。自然、この鍾馗はこうだな、あの鍾馗はああだな、というように、並べてみることによって、ひとつひとつの絵を見るよりも、より楽しめたように思います。

     この鍾馗図の並びは本当に魅力的で、特に気に入ったのは1-29、臨済宗の画僧・白隠慧鶴の「鍾馗図」(白隠慧鶴自画賛/掛軸/一幅/江戸時代・18世紀/個人蔵)で、緑色の衣をまとい、体ごと右を向く鍾馗の横顔を描きます。衣の輪郭、しわは太い線で力強く、顔の輪郭は細い線で描かれますが、ぎょろりとした目で睨みつけ、黒い頭巾のした、鬢の髪は風によるものか逆立って、長い髭は風になびいています。ぐっと下を向く鼻と力のある眉間、さらにそこからのびる眉の線が、ぎょろりとした大きな目にそって目の左脇にまで伸びていて、迫力を出しています。おそらく右手に持っているであろう剣先がちらりと見え、さすらいの用心棒のようです。少ない線で大胆に描かれていて、かわいらしいキャラクターのようでいながら迫力が備わっています。

     一方その左隣にかかっていたのが1-30、やはり臨済宗の画僧である仙厓義梵の「鍾馗図」(仙厓義梵自画賛/掛軸/一幅/江戸時代・18~19世紀/個人蔵)です。画面、下半分に落書きのような鍾馗と、小鬼二匹が描かれます。鍾馗は正面やや右側を見、右手に剣を、左手には小鬼の腕をつかみ、右足は大きく上げて、手前ではいつくばって逃げようとしているもう一匹の小鬼を威嚇しているかのようです。腕をつかまれた小鬼は体も顔もふにゃふにゃで、もう一匹の小鬼も何とかはっている有様。画面上部左側の自賛には、この落書きみたいな絵を書いた人物とは思えないしっかりした字で、「酒こうてこい よかさかなとれた」と記されます。ぜんぜん力強くない鍾馗ですが、力が抜けていて、ふにゃふにゃな小鬼とともに惹きつけられます。

     五つ並んだ鍾馗図の一番右、ひときわ大きいのが1-27、葛飾北斎の弟子・二代葛飾戴斗(たいと)の「鍾馗図」(二代葛飾戴斗/掛軸/一幅/江戸時代・文政13年(1830)/大倉集古館蔵)です。通常の掛軸(というのがいったいどのサイズなんだ、というのはありますが)の、縦は2倍、横は3倍はあろうかという大きさで、集古館一階の天井から吊して、展示ケースぎりぎり入るくらいの大きさです。

     一見して印象に残るのはその大きさとともに、紙の質感です。革に描いたのか、と思うくらいのごわごわ感で、紙からして迫力があります。大きな画面いっぱいに描かれる鍾馗は、左足を少し前に出して、やや右向きの半身の格好で正面を見据えます。顔はやや下向きで、睨みつける感じでしょうか。右手の剣を左手の方に剣先を低くのばし、今にでも斬りつけてやろうか、といった様子で、剣先に触れるか触れないかの左の手のひらに、手練れ感が漂います。衣は太い線で、特に裾の線の太く力が入っていて、太い胴の下、すっとまっすぐに立つ足に履く黒いブーツのような靴が、ぐっと画面を絞めています。

     三国志演技の英雄で、のちに神様として信仰の対象にもなった関羽と、その腹心の部下である周倉の二人を描いた「関羽と周倉図」も二点ありましたが、そのうちの1-24「関羽と周倉図」(張月樵(ちょうげっしょう)画、堂林(どうりん)宗寿賛/掛軸/一幅/江戸時代・文政13年(1830)/個人蔵)にも惹かれました。

     画面手前、赤い腰掛けに座る関羽と、その右後ろに少し体をくの字形に曲げて立っている周倉。ともにお揃いにも見える白い衣を着ていますが、関羽は羽織っただけなので、下の緑の衣が見えています。関羽は腰掛けと同じ赤い顔をしているので、赤、白、緑と、色のそれぞれ引き立っています。魅力的なのは関羽よりも周倉で、ぱっと見怪しく見えるのですが、よく見ると顔には優しい笑みを浮かべ、正面を見ながら体を関羽のほうに寄せて立つその姿は、少し恥ずかしがりながらも、仲のよい二人で記念撮影に応じているようです。戦いに明け暮れた日々の、束の間訪れた休息のワンシーンのようであり、そう思うと、この周倉の穏和な笑みは、なんだか死亡フラグのようにも思えてきます。さようなら、周倉。

     次は絵ではなく木彫の、1-15「サラスヴァティ像」(木彫/一躯/インド・20世紀初/大倉集古館蔵(山内コレクション))です。解説によれば、サラスヴァティは弁財天の源で、ヒンドゥー教では学問・技芸を司る女神だとか。この女神が、大きな蓮の花の上に立つ孔雀にまたがり、楽しそうに琵琶に似た楽器(ヴィーナ)を奏でています。右足はあぐらをかき、左足はぶらりと垂らしてリラックスした感じで、四本ある腕を自在に操り、二本で演奏し、一本では数珠を持っています。均整のとれた顔はほほえみを浮かべながら少し右に傾けていて、気持ちよく歌っているようです。光背にあたるのは孔雀の尾羽で、女神を後ろから包み込んでいます。軽やかで、楽しげで、見ているこちらも気持ちが弾んできます。

     二階に行って、2-4「文殊菩薩図」(狩野探信/掛軸/一幅/江戸時代・17世紀/大倉集古館蔵)は、画面ほぼ中心部に、文殊菩薩から放たれる円の光背が位置していて、そのやや下に、長い後ろ髪を流して巻物を読む、童子と若者の間くらいの年齢に見える、若々しい文殊菩薩が描かます。文殊菩薩は清廉なゆったりした白い衣に身を包み、体を丸めて座る青い唐獅子の上に座っていますが、この唐獅子の魅力的なこと。太いもこもこした線で描かれてかわいらしく、とくに顔の輪郭と、後ろ足あたりの太い線がたまりません。唐獅子の線を楽しむ絵である、と言ってしまいましょう。

     2-5「文殊菩薩図」(松下尚悦/掛軸/一幅/明治~昭和時代・20世紀/個人蔵)は、クリーム色の地の画面下部に、大きな白象がごろんと横になっていて、その体の上に巻物を持った小さな童子が座ります。象と比べて童子の体はいかにも小さいですが、きりっと座る姿は凛々しいです。逆に寝ころぶ象の心持ちは幼くて、じゃれつくように童子を見上げます。この白象の愛らしさ。解説によれば、通常は「白象=普賢菩薩」「巻物を持つ童子=文殊菩薩」であるが、この図では両者をひとつに描き込んでいる、とのこと。

     2-8「達磨と美人図」(伊藤晃珠/掛軸/一幅/大正~昭和・20世紀/個人蔵)は、画面手前、優しそうな笑みを浮かべながら、針に糸を通そうとする美人が描かれ、その奥、ぷいっと顔を背け、ぎょろっとした目をやや上に向けて頭から衣をかぶった、肉付きのよい若い坊主らしき男が描かれます。かぶる衣は波模様か、下は濃いめの灰色、肩から上あたりは白色。男はちょっとしかめっ面をしているかのようにも見えます。美人の膝の上には朱色の衣が置かれていて、手前には道具箱が置いてあります。解説によると、達磨の朱衣をつくろう美人の図、だとか。なるほど、普段着ている赤い衣を美人がつくろってくれる間、別の衣を頭からかぶっている達磨のようです。美人のほっそりとした目の優しげなこと、また足元の裾から見える赤い襦袢が色っぽい。対する達磨のしかめっ面、ぷいっと横を見る感じは、美人のほうを頑張って見ないようにしているかのようで、ほほえましいです。

     地下一階は写真家・服部正実氏が撮影した、町にある瓦鍾馗の写真がずらりと並びます。瓦で作られた鍾馗はバラエティに富んでいて、人気投票が行われていました。写真に添えられた服部正実氏によるそれぞれの瓦鍾馗の紹介文もユーモラスで、たとえばある小さなかわいらしい鍾馗には「鍾馗同士が相対する京都ならいざ知らず、大寺院の鬼瓦と対峙する奈良にその姿で大丈夫でしょうか」のような文章で、鍾馗の姿ともども、くすりと笑えてきます。また、どうやら町の瓦鍾馗は一期一会、数年後訪れたときには家ごとなくなっていることも多いみたいなので、わたしも町で見つけたときには、後回しにせずそのときに楽しもうと思ったのでした。

     最後にこの写真の展示を見たから、というのもあったかもしれませんが、全体的にもユーモラスで、とても軽やかで楽しい展覧会でした。

    #美術展 #道釈画 #大倉集古館 #鍾馗 #白隠 #仙厓

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