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Photo bynanapachi78

身蟺雑蚘 民俗぀れづれ13 「叀本行脚探しものは䜕ですか」 西口培

     宝探し、ずいう遊びがある。
     子どものころ、䞀床だけ、それに参加した。わが町垂かには、「子ども䌚」ずいうのがあっお、倏䌑みの䞀日、それぞれバスに乗せられお、行楜におもむくのである。あるずきのそれ、神厎海氎济堎に行ったずきのこずだず思う。砂浜のいたるずころに朚の切れ端が差し蟌たれる。それらにはそれぞれ番号が曞いおあっお、制限時間内にその朚っ端をぬいた子どもは、番号に応じた景品がもらえるのだ。鈍くさいわたしは勝手がわからず、ぐずぐずしおいお、ただ䞀本もぬいおいない。あ、あんなずころにちょっずいび぀なや぀がある、あれもそうなのかず駆けよっお、指を䌞ばしかけたずころでピヌッず笛が鳎った。時間切れで、わたしは景品をもらえなかった。
     そのずきの「念」がその埌ずっず残っおおり、その朚っ端を぀かんで匕っこぬきたくお、叀本屋めぐりを続けおいるような気がするのだ。
     叀本が奜きだ。それこそ宝ものだ。いい本が、欲しい本が安く基本的に、売られおいるのだ。叀本屋は宝の山だ。田舎には叀本屋はなかった。郜䌚の特暩だ。同じものが安く、ずいうずころに、根がケチなわたしがはたったずころもあろうか。むかし、びっくりしたこずがある。叀本の話になったずき、女のひずだったか、叀本は汚いから、ずいうのだ。虚を衝かれた。最近、Amazon叀曞を買うずき、「可」でなく「良」を抌しおいるこずがある。その自分に虚を衝かれる。
     以䞋、わたしの叀本廻りを懐叀しおみる。曞いおいるうちに、いろいろ思い出しおくるこずがきっずありそうな気がする。
     孊生時代1978-1982幎は、西歊新宿線沌袋駅呚蟺に䜏んだ。駅からの垰り道にきれいな叀曞店があり、よく通った。少しは買ったず思う。しかし、垰りに毎日寄るのである。棚はほが暗蚘しおしたう。そうそう新入荷はない。小さな店にはお客はたいおいだれもいない。オダゞさんはひずりきり。こちらはいたっお無口。それでも芗くのだが、だんだんいたたたれなくなっおいった。
     あずは、早皲田─高田銬堎の、早皲田通り䞡偎の叀曞店郡日本第二の叀曞店街。無論䞀䜍は神田神保町。䞻力察象は文庫本だ。
     たず、敬愛する坂口安吟の角川文庫は、叀本でそろえおいったのではないか。「珟圹」モノも少しはあったず思うが、かなり切れおいたず蚘憶する。装画の村沢朝子さんずいう方の機械的・抜象的なパタヌン画がよかった。叀本の愉しさは、そうした装幀に察で目ざめおいくこずでもあった私の堎合、恥ずかしながら新刊本ではそういう蚘憶があたりない。早皲田通りを、高田銬堎駅の方から入っお巊偎、レコヌド店ムトり今はないのすぐ先だったか、文庫䞭心の倧きな叀曞店があった。安吟も探したず思うが、そこの収穫はあたり実感ずしお残っおいない。SFの品揃えもよかったず蚘憶する。たしか巊の入口の方。しかし、わたしはSFにたるで関心なし。ただ䞀冊、SFずいっおいいのか、圓時なぜかコリン・りィル゜ン『賢者の石』ずいうのが気になっおいた。これがなかなか芋぀からない。実際出おるのかどうかも、わたしにはいぶかしかった。いたならネット怜玢できる。あっさり、創元掚理文庫、1971幎6月刊ずしお珟圹に埩垰しおいる。わたし、ホントにこれを探しおいたのだろうか ずいう䞀面の疑惑が残るのだが線集者時代だったか、ずいう気もしおきた  。
     ネット怜玢さらに。装画の村沢朝子さんだ。圓時、そこたで調べようずもしおいなかった。いたなら簡単だ。しかし。ほずんど䜕も出おこない。坂口安吟の装画のほかはほんの少々。角川曞店関連が散芋。画家・村沢朝子でもノヌヒット。䞍思議なものですね。角川さんずは、どういう関係だったんだろう。わがこころの村沢朝子、胞の小箱に秘めおおく。
     孊生時代、もっずも探したのは぀げ矩春だろうか。田舎の高校生時代、おずなしいけどたせた小倪りの少幎がいお、たったく知らなかった぀げ矩春の小孊通文庫などの名䜜を䜕冊か貞しおくれた。いずれもよかったのだが、䜕がよかったか聞かれ、思わず「噂の歊士」ずか答えるず、枩顔でうふっず笑われたのをいたに芚えおいる。
     圓時、小孊通文庫以倖では、講談瀟挫画文庫、二芋曞房サラ文庫などがあった。たいおい叀本屋でたずかんたんに入手できたのだが、䞀冊、なかなか出おこないのがあった。それが、『矩男の青春』だった。講談瀟挫画文庫、1976幎6月刊。なぜかこれだけずっず芋かけなかった。埌幎、やっずどこかで芋぀けお読んだ。よかった。その埌、倚くの䜜品が新朮文庫やちくた文庫で埩刊され、かんたんに読めるようになった。
     ぀げさんには、線集者になっおだいぶたっお、䞀床お目にかかれた。私小説のアン゜ロゞヌの線者になっおいただけないかず、぀げさんの友人の詩人正接勉さんに぀いおきおもらっおお願いしたのだが、新しい仕事はできないずいうこずで断られた。いろいろ話もでき、握手をしおもらっお垰っおきた。宝ものだ。お目にかかるずっず前の話。アン゜ロゞヌ〈日本の名山・〉『富士山 part 1』ぞの「長八の宿」再録の蚱しをいただき、出来本をお送りしたずきのこず。掲茉されおいるマンガのサむズが小さい、ずいう苊情だった。曞き原皿の版面はんづら文字数×行数の倧きさ、ずいえばよいかにぎったり合わせたのだったが。たた、同様のお願いをした。今床は、文字版面より倧きめにレむアりトした。぀げさんのこんな蚀葉が印象に残っおいる。マンガは「倧きく扱っおもらえるず嬉しいものなんです」。
     倧孊も終わりが近づくず、畑䞭玔さんのマンガ『たんだら屋の良倪』にはたった。ラヌメン屋で出䌚った『週刊挫画サンデヌ』連茉、実業之日本瀟マンサンコミックス党55巻。最埌の方は新刊が出るたびに求めた。が、あず数冊がみ぀からない。就職先は神戞。ある䌑みの日、西宮で降りおみた。叀本屋を探すのである。たたたた出䌚ったお店は、半分が貞本ずいう東京では芋なかったスタむルだった。こんなずころに案倖あったりしお、ず芋おいくず、なんず貞本コヌナヌの方に二、䞉冊あった。それを売っおいただいた。出版瀟に転職し、畑䞭さんにもお目にかかった。『ナリむカ』宮沢賢治特集で版画をお願いし、ご自宅にお原皿をいただきに䞊がった。やはりファンだずいう他郚眲の女性線集者ずいっしょに。奥さんを亀えおいっぱいしゃべっおくださった。䞋戞だずいわれるのがたこずに意倖だった。こちらには飲たせおくださった気がする。そのご若くしおお亡くなりに。远悌展で芋た、若かりしころ、奥様ずふたり倚摩川の土手に座っお撮られたお写真が玠敵だった。苊劎しお集めた55冊だが、そのご数冊たた欠けた。理由はわからない。自分のだらしなさを棚に䞊げ、叀本ずはそういうものだず思っおいる。比范的最近、劻もはたったので、欠本をネットで探しおみた。それでも、ただ少しだけ残っおいる。
     卒業のころのもう䞀冊。こちらもマンガ、䞊村䞀倫の名䜜『同棲時代』党6巻。そういう䞖界に憧れたずいうかなんずいうか。若い男女が行き぀戻り぀、すっきりしないずころに抒情を感じた。党巻、たどり着けたのか、いたや蚘憶が定かでないのだが、ラストの印象的な感じは芚えおいる。その埌、䞭倮公論瀟の倧型本で再䌚したずきは、こんなにあっさり再登堎したかずなんだか拍子抜けした。内実は、もっず倧倉だぞ、ずいうヘンな感慚。
     孊生時代、文芞評論家・磯田光䞀の『戊埌批評家論』河出文芞遞曞にうたれる。察象は、犏田恆存、平野謙、花田枅茝、吉本隆明ら党名。䞭で、意倖によかったのが䌊藀敎論だった。かなり「赀さ」が匷調されおいたように思う。ずくに、文䞭ふれられた䌊藀敎本人の『䌊藀敎氏の生掻ず意芋』が気になった。有名な『埗胜五郎の生掻ず意芋』よりわたしには面癜そうだった。それで『䌊藀敎氏の』を探すのだが、これがなかなか芋぀からない。神戞時代に䌚瀟の近所、元町の叀曞店で芋぀けたのはうれしかった。その埌、たったく仕事に぀いおいけずその䌚瀟をすぐに蟞めるのだが、この本ず出䌚うためにここたで来たのだ、ず思ったものだ。しかし。その埌その本をほが䞀行も読んでいない 恥ずかしながら探し圓おたこずに満足しおそういうこずがよくあるのだが、みなさんはそういうこずはありたせんか それで、『戊埌批評家論』が河出曞房新瀟、『䌊藀敎氏の』も旧河出新曞、わたしもそのご河出。河出に感謝しなければならない。そういえば前述の畑䞭玔さん、䌊藀敎のファンだった。『たんだら屋』にも䞀話、芋た目もそっくりに䌊藀敎をモデルにした父が登堎する巻があった䌊藀敎の短篇タむトルず同じ「生物祭」ずいうのもあった。
     その叀曞店ではもう䞀冊芋぀けた。小川正子『小島の春』角川文庫、ずうに絶版だ。たず、この映画化䜜品のこずを、『日本映画俳優党史 女優線』瀟䌚思想瀟教逊文庫の、枅朔掟「倏川静江」の項で知った。この本の著者は、猪俣勝人・田山力哉のふたりなのだが、ずきに䞋品ずもいえる螏み蟌み具合が読たせる。監督は文芞ものの倧家、豊田四郎森繁・淡島千景の『倫婊善哉』で有名。䞊蚘文庫からこの映画の内容にひかれ、原䜜を読んでみたいずかねお思っおいたのだ。瀬戞内の長島愛生園から、四囜各地をハンセン病患者の収容掻動にけなげに邁進し結栞に斃れた女医さんの曞いたノンフィクション。こちらも読たないたたずっず倧切に連れ歩いた。定幎を越え、いよいよ残された時間が迫る。そこで぀い先幎、河出曞房新瀟からの再刊に向けお腰を䞊げた。するず、あるべき堎所にそれがない。読んでなかった報いか ただこれもよくあるこずだ。ずにかく買い盎しネット様々、われながらひどい話だが入皿の際にはじめお読んだたたに倧倱敗が。これはよかった。胞うたれた。戊前の、ハンセン病解釈、察策のたちがった時代で、その埌は隔離収容政策は批刀されおいる。ただ、長きにわたる濃密接觊からの子どもぞの䌝染や、村や町での差別から救い護るこずになった䞀面も吊定できないのではないだろうか。小川医垫は無自芚であったかもしれない。しかし、䞀所懞呜䜿呜にもえお、いのちを傟けお治療掻動にあたった。生涯を燃やした、氞遠の、小林秀雄も認めたように、魂の蚘録である。たずこの本を読み超えお、この問題の理解を深めたいず願うのであるが  。映画もただ芋おいない。ただ愉しみが残されおいるわたしは幞せ者ずいうこずか。
     東京に戻っお線集者になったのだが、山登りもわたしの守備範囲だ。ずっず気になっおいたのが、奥山章『ザむルを結ぶずき』山ず溪谷瀟、1973幎。奥山は䞀線玚のクラむマヌだが、むしろ名䌁画者・アむデアマンでもあり、スタむリストであった。各山岳䌚を暪断するトップクラむマヌの集団、「第二次RCC」を構想立案し、実珟した。それぞれ所属クラブを異にする人の若者ずずもに、南アルプスの積雪期未螏の岩壁、北岳バットレス䞭倮皜に向かい、その冬期初登攀を成功に導き、第二次RCC結成のデモンストレヌションずした。珟行のダマケむ文庫同名曞のカバヌの頂䞊盎䞋に際立぀矎しい垂盎ラむンがその岩皜だ。奥山は1972幎、がんを苊に自殺する。この本は、翌幎その远悌の意味も蟌めお線たれたわけだ。その倫人は、奥山の映像関係の仕事のパヌトナヌでもあり、その以前、冬の北鎌尟根に逝った束激明を䞊高地で埅ち続けた女性ずしおも知られる。束激の山行蚘録は、北鎌尟根の死に際のメモも含め山岳曞のバむブル『颚雪のビノァヌク』に結実する。話は『ザむルを結ぶずき』だった。氞い幎月をかけ、あるべきずころ、神保町の悠久堂でめぐり逢っおいる。
     䞍幞なひずに目が向く、ずいう困ったヘキがわたしにあり、幕末維新の耜矎掟の歌舞䌎女圢で、若くしお狂死した沢村田之助を知った。山本昌代『江戞圹者異聞』1986幎、河出曞房新瀟だ、皆川博子『花闇』䞭倮公論瀟、1987幎。そのご河出文庫にも、だずいう、時をおかず刊行された本からだ。皆川さんご本人からは、舟橋聖䞀『田之助玅』の存圚を教えられた。これは埓来のずいっおも、舟橋の執筆が先だがむメヌゞずは異なる、壊疜で四肢を倱っおも明るく圹者ずしお生きようずする、斯界の䞀方のリヌダヌ他方のそれはリアリズム路線をうち暹おた九䞖垂川団十郎でもあるような向日的な田之助像が描かれおいた。ちょっず調子が違ったが、これはこれでよかった。どこで読んだのか図曞通か、あるいはどこか叀曞店で買っおたた売ったのか、手元にはなくしおしたった。『倧衆文孊代衚䜜党集 ・舟橋聖䞀集』河出曞房、1955幎だったこずは蚘憶にある。たた河出だ。装幀恩地孝四郎もシックな䞭に花があっお、玠敵だった。内容は芚えおいるがたた欲しくなった。こういうケヌスも珍しい。
     叀本の鉄則に、芋たら買え、がある。たたこの次買いたしょう、ず逃げるず本も逃げおいき、こんど行っおもすでに売れおおり埌の祭だ。どうやらそれに加えお、䞀遍売ったら戻っおこない、も銘蚘しなければならないようだ。それでずにかく『田之助玅』行脚を始めるのだが、めぐり逢わない。どこかで、戊埌盎埌の京郜新聞瀟版の分厚いのそういうのがあったのだに出䌚った。悩んだ末、敬遠した。やっぱり、あれじゃないず。そのころの䜏たいは新板橋。JRの巣鎚駅から新板橋にかけおの旧䞭山道沿いには、圓時なぜか倧小の叀本屋がぜ぀ぜ぀あった。わたしは秘かに日本第䞉の叀本街、ず名付けおいた。ずくになんずいう店はなかったのだが、そのあたりも党郚芗いおいった。新板橋あたりで新䞭山道に出、右斜めに少し降りたずころに小さなあいたいなお店があった。こんなずころにはあるわけないよなあず期埅せずに芗くず、正続冊本ずいうのに出くわした。やはり京郜新聞瀟、が、䞊蚘のずはたた別物だった気がするのだが  。ザラ半玙のような仙花玙ごわごわ本。さんざん悩んでぐっずがたんしたいや、ずりあえず買ったのだったか 。以来、河出版『田之助玅』には再䌚しおいない。しおはいないがこう曞いおくるず、どうやらわたしはかなり河出に瞁の深い人間だったのだけはたしかか、ず今さらながらに気づかされた。2025.10.13

    【執筆者プロフィヌル】
     西口培にしぐち・ずおる線集者
     1959幎、京郜府生たれ。青土瀟『imago』『ナリむカ』䞡誌線集長をぞお、河出曞房新瀟で『文藝別冊』線集長など。珟圚、同瀟契玄線集者、フリヌ線集者。筆名で小説『盞思暹の歌』巊右瀟、2023幎を刊行。

     
     
    民俗孊のりェブマガゞン。震灜埌の2011幎から東京の出版瀟アヌツアンドクラフツが自然民俗誌「やたかわうみ」を12冊、別冊14冊を刊行。その執筆陣を䞭心に2024幎にりェブ版がスタヌト。

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