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Photo bytarohanamana

昔の友達に、少し会いづらくなった理由

    インテ時代、どうやって生きていたのかもう思い出せない。
    手話を始めてから、あの頃の友達と会う機会も減った。

    正確に言うと、集まりはある。
    でも、行くのが怖くなったというのが本音だ。

    ⸻

    聞こえていると信じていた。
    自分の聞こえが100%だと思っていた。
    それは幻想だった。

    あの頃はマスク社会ではなかった。
    口の動きが見えていたから、なんとかやっていけていたのかもしれない。

    でも今思えば、
    “聞こえていた”んじゃなくて、
    分かったつもりで会話を繋いでいただけだった。


    ⸻

    今思うと、あの頃の会話が本当に成立していたのかは怪しい。
    雰囲気だけで、なんとなく伝わっていたのかもしれない。

    話の流れに合わせて頷いて、
    周りのタイミングで笑って、
    それっぽい返事をしていた。

    そうやって、“会話の中にいる自分”を保っていた。

    ⸻

    手話を学んで、初めて「100%通じる会話」を知った。
    そのとき、気づいてしまった。

    今まで自分がしていた会話は、
    思っていたよりもずっと“情報が少なかった”ということに。

    口話だけの会話は、どうしても浅くなりがちだ。
    表情や空気で補える部分もあるけど、
    それだけでは届かないものが、確実にある。

    ⸻

    手話を始めたことは、当時の友達も知っている。

    でも、会いに行くということは、
    “変わってしまった自分”を見せることになる。

    前みたいに、なんとなく頷いて、
    雰囲気で会話をつなぐことは、もうできない。

    分からないときは止めたくなるし、
    本当はちゃんと理解したいと思ってしまう。

    でも、それをやればやるほど、
    あの頃の自分とは違う存在になってしまう気がする。

    だから怖い。

    会話についていけないことよりも、
    “同じ自分ではいられない”ことの方が怖い。

    ⸻

    あの頃に戻りたいわけじゃない。

    手話を知って、初めて“ちゃんと通じる会話”を知った。
    もう、あの頃のやり方には戻れない。

    それでも、
    あの頃の自分がいたから、今の自分がいる。

    だから否定はしない。

    ただ、同じ場所に立ち続けることは、もうできない。

    変わってしまったのではなく、
    自分の中にあったものに気づいただけなんだと思う。

    そう思えたとき、
    少しだけ、“怖さ”の正体が分かった気がした。

    皆さんは、昔の自分の環境に、戻れなくなった経験ってありますか?
    コメントで教えてください。

     
     

    カズ

     
     
    人工内耳で育ち、手話に出会い、介護の仕事をしてきました。 聴覚障害、発達障害、LGBT。 ひとつの言葉では語りきれない自分のこと。 仕事で悩んだことも、うれしかったことも。 自分らしい生き方を模索する日々を綴っています。

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