
【短編小説】おみくじに綴られた人生|残されたメモ|拝啓文芸部
Mr.Qさんのこちらの企画に参加させていただきました。
拝啓文芸部から
今週のお題は…「残されたメモ」
おみくじに綴られた人生
五円玉にするか、千円札にするか。
お賽銭箱の前で、財布を開いたまま考えこんだ。五円は「ご縁」だと聞く。けれど38年、そのご縁とやらには一度もお目にかかれていない。金額の問題かもしれない。
ええいっ、と 北里柴三郎さん を押し込んだ。どうか、いい人に会えますように。無理かもしれないけど、金運もどうかよろしくお願いします。
おみくじは第十二番、小吉だった。(やっぱり…)

千円も入れたのに、とぼやきながら枝に結ぼうとしたら、裏の文字が透けて見えた。あれ?
お約束
一、誰にも話さないで
二、今日のロト7は、駅前の売り場の、笑顔のおばちゃんがいる窓口で。01 06 28 32 34 に、あなたの誕生月と誕生日を足して買って
三、近くのコンビニで、ビニール傘を買って
これがあなたの人生です。

いたずらにしては、字がやけに丁寧だった。
誕生日は12月23日。皮肉にも、クリスマスイブの前日だ。毎年、街が浮かれだす一日前に、こっちは食品工場でケーキをせっせと作っている。
新橋駅烏森口。宝くじ売り場のおばちゃんは、こちらが照れるほどにこにこしていた。まるで日本晴れのような笑顔だ。
空は真っ青なのに、コンビニで税込737円のビニール傘を買った。
数分後、空が急に暗くなった。
大粒の夕立が、烏森口の雑踏を叩きはじめる。さっきまで行き交っていた人々が、我先にと軒下へ駆け込んでいく。
駅の出口で、素敵な女の人がひとり、雨を見上げて立っていた。雨に濡れた髪を耳にかける仕草に、思わず足が止まった。
「よかったら、使ってください」
「でも、あなたが」
「家、すぐそこなんで」
嘘だった。
家まで走るあいだ、背中に雨が痛かった。けれど、なぜか少しも冷たくなかった。
翌週の金曜日、烏森口で、またあの人に会った。
偶然かと思ったら、名前も知らない男を、毎日ここで探していたのだという。
これも、北里柴三郎さんの御利益なのか。
縁のなかった男に、とうとう 恋 が訪れた瞬間だった。
もうすぐ出会って1年になるころ、記念日のプレゼントを買おうと財布を開いた。
奥に挟まっていた一枚の紙切れが、ひょいと顔を出した。
あれ、なんだっけ?
引っ張り出してみると、あの日買ったロト7のくじ券だった。

そういえば、当せん番号も調べていなかった。
まさかね、と思いながらスマホを取り出した。
えぇっと、第697回……当せん番号はと……
……01 ……06 ……12 ……23 ……28 ……32 ……36
ボーナス数字は……31、34。
えええっ!!!(2等 5,670,900円!!!)

当せん金の受け取り期限は、抽せん日の翌日から1年間だ。どこまでもついてる男だ。
因みに、当せん金の使い道は極秘である。
ふたりは結婚し、子どもが生まれ、やがて孫に囲まれた。
おみくじのことは、誰にも話していない。墓場まで持っていくつもりだ。
⏰
時は2076年。
タイムトラベルにも、時空ビザが必要な時代。滞在許可は、たった一日。
少女が向かった先は、50年前の2026年10月2日。
秋晴れの朝、烏森の神社に降り立った少女。無人のおみくじ箱から一枚引いた。
第十二番、小吉。恋愛の欄には「未来に幸福あり」と書かれている。
少し悪びれた顔で、裏に青いペンを走らせた。
一等の当せん番号だって知っている。でも、そんな大金を渡したら、おじいちゃんの人生が狂っちゃうかもしれない。
二等くらいが、ちょうどいいよね。
それに、慎重なおじいちゃんのことだから、自分の誕生日の数字が入っていれば、きっと買ってくれる。
でも、もしも傘を買ってくれなかったら、私はこの世に生まれてこない。
だから、ほんとうに大事なのは三つ目の傘なんだよ、おじいちゃん。
おみくじを元の場所へそっと戻すと、授与所の陰に身を隠した。
やがてお賽銭箱の前に、財布を開いたまま動かない男が現れた。
少女は思わず息をのんだ。
あれが、若いころのおじいちゃん。
男が参拝を終えると、少女はそのあとをそっとついていった。
おばあちゃんから何度も聞かされた、ほんのり甘い夕立を、この目で見てみたかった。
空が暗くなり、大粒の雨が降りはじめる。
駅の出口で、一本のビニール傘が手渡された。
男は照れくさそうに頭をかくと、雨の中へ駆けだしていった。
少女は、遠ざかる背中に小さく手を振った。
「小吉でごめんね、おじいちゃん」

#拝啓文芸部
#残されたメモ
#短編小説
#ショートショート
#創作
#小説
#SF小説
#恋愛小説
#おみくじ
#ビニール傘