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ギターでレパートリーにしたい名曲🎸ガスパル・サンス《ガリャルダ(Gallarda)》――17世紀スペインの紳士は、静かには踊らない

    プロローグ

    エリカ「先生、《ガリャルダ》って、なんだか名前からして優雅ですね」
    サンス「もちろんだ。17世紀の舞曲だからな」
    エリカ「宮廷の紳士淑女が、ゆっくり歩く?」
    サンス「いや、跳ぶ」
    エリカ「……優雅じゃないじゃないですか」
    サンス「優雅に跳ぶのだ」
    エリカ「一番難しいやつですね」
    サンス「そこがガリャルダだ」

    ガスパル・サンスは17世紀スペインを代表するギター音楽の作曲家で、1640年にスペインのカランダに生まれたとされる。1674年には、後世のギター史に残る《Instrucción de música sobre la guitarra española(スペイン・ギター音楽指南)》を出版した。そこにはパッサカリア、エスパニョレータ、フォリア、パヴァーナ、カナリオスなど、ギター弾きなら一度は名前を聞く舞曲が並んでいる。サンスの《ガリャルダ》も、その世界の一員である。

    エリカ「つまり先生は、ギター教本を書いたんですね」
    サンス「そうだ」
    エリカ「『初心者のためのギター入門』みたいな?」
    サンス「題名はもっと長い」
    エリカ「どのくらい?」
    サンス「ギターの初歩から熟練するまで、ラスゲアードとプンテアード、スペイン、イタリア、フランス、イギリス風の舞曲、伴奏法、対位法、作曲まで……」
    エリカ「先生」
    サンス「なんだ」
    エリカ「Amazonの商品タイトルだったら途中で切られます」
    サンス「17世紀には文字数制限がなかったのだ」

    実際、この教本の正式題名は驚くほど長い。そして重要なのは、その題名そのものに**rasgueado(ラスゲアード)とpunteado(プンテアード)**が登場することだ。つまりサンスのギター世界は、「和音をかき鳴らすギター」と「一音ずつ弾くギター」が共存している。現代のクラシックギターから見ると、ここが非常に面白い。(ウィキメディア・コモンズ)

    エリカ「ラスゲアードって、フラメンコみたいにジャカジャカ弾く奏法?」
    サンス「遠い子孫を見れば、そういう連想も悪くない。ただし私の時代はバロック・ギターだ」
    エリカ「じゃあプンテアードは?」
    サンス「一音ずつ弾く奏法だ」
    エリカ「先生、両方やってたんですね」
    サンス「ギターとは本来、行儀よく座って一音ずつ弾くだけの楽器ではない」
    エリカ「現代のクラシックギターの先生が聞いたら?」
    サンス「咳払いするかもしれんな」

    サンスの曲集には、実際に**ラスゲアードによる《Gallardas》と、プンテアードによる《Gallarda》**が収録されている。したがって現在「サンスのガリャルダ」と呼ばれている楽譜を見るときは、編曲版によって内容や奏法が違う場合があることを知っておくとよい。(IMSLP)

    エリカ「ところで、ガリャルダってそもそも何です?」
    サンス「舞曲だ」
    エリカ「それはもう聞きました」
    サンス「三拍子系の、生き生きした舞曲だ。お行儀よく歩くだけでは終わらない」
    エリカ「さっき“跳ぶ”と言ってましたね」
    サンス「そう。ガリャルダには躍動感が必要なのだ」
    エリカ「ということは、ギターでも速く弾けばいい?」
    サンス「その発想が一番危険だ」
    エリカ「来ましたね。音楽の先生が必ず言うやつ」
    サンス「速さと躍動感は同じではない」

    ここが《ガリャルダ》をレパートリーにするときの第一のポイントになる。

    この曲は、音符を並べる曲ではなく、舞踏の足取りを作る曲だ。

    エリカ「足取り?」
    サンス「タン、タン、タン、と数えるだけではいけない」
    エリカ「三拍子だから、一、二、三、一、二、三……」
    サンス「それではメトロノームが踊っているだけだ」
    エリカ「メトロノームには悪いけど、確かにつまらない」
    サンス「どこへ重心が乗り、どこで身体が浮くのか。それを感じるのだ」

    《ガリャルダ》を弾くとき、三拍子を均等に刻みすぎると、途端に練習曲のようになってしまう。大切なのは拍子の中に弾力を持たせることである。

    一拍目には足が床へ触れるような安定感があり、そこから音楽が前へ動く。ところどころで軽く跳ねるような感覚が生まれる。その「床」と「空中」の対比こそが舞曲らしさになる。

    エリカ「じゃあ、一拍目を全部強くする?」
    サンス「それも違う」
    エリカ「難しいですね」
    サンス「音楽というものは、説明するとだいたい難しくなる」
    エリカ「では簡単に」
    サンス「重くするな。重心を置け。」
    エリカ「おお」
    サンス「今のは覚えておきなさい」

    そして第二のポイントは、音を切りすぎないこと、しかしベタベタにもつなげないこと。

    バロック音楽を現代のロマン派作品のように、すべて歌わせ続けると少々重たい。一方で、全部を短く切ると機械的になる。

    エリカ「どのくらい切ればいいんです?」
    サンス「会話と同じだ」
    エリカ「?」
    サンス「句読点は必要だが、一文字ごとに句点を打つ人はいない」
    エリカ「わ。た。し。は。ギ。タ。ー。を。弾。く。」
    サンス「それでは友達を失う」
    エリカ「音楽でも同じ?」
    サンス「同じだ」

    短い音型を一つの言葉として扱い、その終わりにわずかな呼吸を入れる。それだけでバロック音楽らしい輪郭が生まれる。

    第三のポイントは、和声の変化を聴くことである。

    現代のギター編曲では、旋律だけを追いかけてしまいがちだ。しかしサンスの音楽には、ギターという楽器が持つ和音の響きそのものの楽しさがある。

    エリカ「コード進行を聴く感じ?」
    サンス「現代語で言えば、それでもよい」
    エリカ「C、G、Am……みたいな?」
    サンス「私は17世紀の人間なのだが」
    エリカ「でもギター弾きならコード好きでしょう?」
    サンス「そこは否定できん」

    旋律の一音一音だけを見るのではなく、

    今どの和音が鳴っているのか。
    どこで響きが変わったのか。
    どこへ音楽が帰ろうとしているのか。

    これを耳で感じながら弾く。

    すると短い《ガリャルダ》が、単なる「古い小品」ではなく、小さな舞台劇のようになってくる。

    エリカ「短い曲なのに?」
    サンス「短い曲だからこそだ」
    エリカ「長い曲なら多少ごまかせる?」
    サンス「その発言は作曲家として聞かなかったことにしよう」

    そして現代のクラシックギターで弾く場合、もう一つ意識したいのが右手を必要以上に重くしないことだ。

    エリカ「クラシックギターだから、いい音を出そうとして……」
    サンス「一音一音、『これは私の最高の音です』と弾くのか?」
    エリカ「ダメ?」
    サンス「舞曲が止まる」
    エリカ「確かに」
    サンス「料理で言えば、全部の食材を主役にするようなものだ」
    エリカ「牛肉もニンジンも塩も全員センター」
    サンス「食べにくそうだろう」

    旋律の頂点、和声が変わる場所、拍のアクセントなど、本当に必要なところへ音の重さを置く。それ以外は軽く流す。

    この軽さは「雑に弾く」という意味ではない。

    むしろ逆である。

    余分な力を抜き、リズムを崩さず、音の輪郭を保ったまま軽やかに進む。これが案外難しい。

    エリカ「じゃあ練習するときは、まずゆっくり?」
    サンス「もちろん」
    エリカ「でも舞曲をゆっくり弾いたら踊れませんよ」
    サンス「練習では踊らなくていい」
    エリカ「本番では?」
    サンス「踊らせろ」
    エリカ「誰を?」
    サンス「聴いている人の身体をだ」

    これは《ガリャルダ》の演奏で非常に大切な目標だろう。

    聴き手が実際に踊る必要はない。しかし演奏を聴いたとき、

    「何となく身体が前へ動く」

    そう感じさせられれば、舞曲として成功している。

    逆に、指は完璧に動いているのに聴き手の身体がまったく反応しないなら、もう一度リズムを見直した方がいい。

    エリカ「先生、この曲って発表会にも向きます?」
    サンス「非常に向いている」
    エリカ「短いから?」
    サンス「それもある」
    エリカ「正直ですね」
    サンス「だが短い曲には別の利点もある。演奏者の趣味がよく見える」
    エリカ「怖いこと言いますね」
    サンス「速すぎるか、重すぎるか、歌わせすぎるか、音楽が呼吸しているか。全部すぐ分かる」
    エリカ「短編小説みたいですね」
    サンス「そうだ。ページ数が少ないから簡単とは限らない」

    《ガリャルダ》は、巨大な技巧作品ではない。

    しかしレパートリーとして持っておく価値は高い。

    バッハのような厳密な対位法とも違う。ソルやカルカッシの古典派とも違う。タレガ以降のロマンティックなギターとも違う。

    そこにはもっと古い、

    「ギターで人を踊らせる」


    という楽器の記憶が残っている。

    サンスの《スペイン・ギター音楽指南》は1674年に初版が出され、その後も増補されながら広まり、現在ではバロック・ギターを知るための重要な資料となっている。曲集にはスペインだけでなく、イタリア、フランス、イギリスなどの様式も取り込まれている。(BNE)

    エリカ「先生の時代のギターって、今より自由だったのかもしれませんね」
    サンス「どういう意味だ?」
    エリカ「かき鳴らして、つま弾いて、踊って、宮廷でも弾いて」
    サンス「そうだな」
    エリカ「クラシックギターというと、今は椅子に座って、足台を置いて、ものすごく真面目な顔をして……」
    サンス「なぜそんなに難しい顔をする?」
    エリカ「いい演奏をしているように見えるから?」
    サンス「では《ガリャルダ》を弾くときだけは笑いなさい」
    エリカ「演奏中に?」
    サンス「少なくとも、音楽の中ではな」

    《ガリャルダ》を練習するときに覚えておきたいのは、結局この三つである。

    ・三拍子を数えるのではなく、舞踏の重心と弾力を感じる
    ・すべての音を同じ重さで弾かず、音型を言葉のようにまとめる
    ・技巧を見せるより、聴き手の身体が動きたくなるリズムを作る

    エリカ「最後に一言で、この曲をどう弾けばいいです?」
    サンス「難しい顔をしないことだ」
    エリカ「技術的な話じゃないんですか」
    サンス「技術は舞台裏に置いてこい」
    エリカ「では舞台に持っていくものは?」
    サンス「踊りだ。」
    エリカ「ギター一本なのに?」
    サンス「だから面白いのだ」

    400年近く前のスペインから聞こえてくる、小さな三拍子。

    サンスの《ガリャルダ》は、古楽博物館のガラスケースに入れて眺める曲ではない。

    ギターを構え、最初の一拍を鳴らした瞬間、そこに舞踏の床を作る。

    そして次の瞬間には、音楽を少し宙へ浮かせる。

    一拍目で地面を踏み、次の音で笑う。

    そんな感覚で弾けたなら、この小さなバロック舞曲は、現代のギターでも十分に生き始める。

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