
「スーパーカップ 抹茶」終売に思う。いつもの小さな楽しみが、いつまでもあるとは限らない
「えっ、あれ、なくなるの?」
スーパーカップの抹茶が製造終了と聞くと、そんな言葉が出てくる。
華やかな新商品でも、行列に並んで買う限定スイーツでもない。スーパーの冷凍ケースで見かけて、「今日はこれにしよう」と手に取れる存在。
こういう商品がなくなる寂しさは、じわじわ来る。
私が今回のニュースで考えたのは、アイスの味だけではない。
私たちが当たり前だと思っている商品を、当たり前に作り続ける難しさだ。
明治の公式商品ページでは、「明治 エッセル スーパーカップ 抹茶 200ml」は製造終了商品として掲載されている。製造終了後も、在庫によっては店頭に並ぶ場合があるという。つまり、すべての店から同じ日に消えるわけではない。(meiji.co.jp)
しかも、抹茶は単なる変わり種ではなかった。明治は2024年のリニューアル発表で、超バニラ、抹茶、チョコクッキーを定番フレーバー3種として紹介していた。定番だったからこそ、「次も買える」と思っていた人はいるだろう。(meiji.co.jp)
「人気があるなら、続ければいい」
買う側としては、そう言いたくなる。
ただ、現場を見てきた人間としては、人気だけで継続できるほど、物づくりは簡単ではないとも思う。
一般論として、商品を作り続けるには、必要な原料を確保し、品質をそろえ、人と設備を動かし、売り場まで届ける必要がある。そのうえで、消費者が買える価格と、事業を続けられる採算を両立させる。
「欲しい人がいる」と「同じ条件で供給し続けられる」は、別々に確認する必要がある。
ただし、ここは線を引きたい。
原料価格や調達、生産体制などが一般的な検討要素になるとしても、それをそのまま今回の終売理由に当てはめることはできない。確認できた公式商品ページには、具体的な理由までは書かれていない。
「抹茶が高くなったからだろう」
「売れなかったのでは」
「もっと利益の出る商品に替えたのか」
どれも、根拠がなければ推測だ。
システム障害でも、原因を調べる前に「たぶんネットワーク」と言い出すと、話がややこしくなる。アイスの終売でも、原因の決めつけは控えたい。
一方で、今回の話には、運用の仕事と重なる部分がある。
利用者から見れば、今日も使えて当然。いつも動いているものほど、その裏で誰が何を支えているかは見えにくい。
食品も同じなのだと思う。
冷凍ケースにいつもの商品がある。その状態を維持するために、いくつもの工程がつながっている。
会議室なら「工夫して何とか継続を」で話を締められるかもしれない。しかし現場では、工夫という言葉だけで原料も人手も増えない。
もちろん、これは明治の社内事情を語っているのではない。私が仕事を通じて感じてきた、継続することの難しさだ。
そして、買う側にも事情がある。
少し値上げしてでも残してほしい人もいれば、その「少し」が家計に響く人もいる。内容量を減らせば物足りない。味が変われば、以前の方がよかったと言いたくなる。
企業にも消費者にも、それぞれ譲りにくい条件がある。
だから私は、こうした定番商品の終了について、可能な範囲で背景を伝えてもらえたらと思う。
終売なのか、一時休止なのか。対象はどの商品なのか。代わりに楽しめる商品はあるのか。
その説明があれば、寂しさは残っても、受け止め方は変わる。
私たちも、好きな商品を無理のない範囲で普段から選ぶことはできる。ただし、終売を消費者の買い支え不足のせいにするのも違う。続けられるかどうかは、もっと多くの条件で決まるからだ。
スーパーカップ抹茶のニュースが気になるのは、アイス一つの話だからこそだと思う。
大きな贅沢でなくていい。仕事を終え、家でひと息ついて、好きなものを食べる。
そんな小さな楽しみが、暮らしを支えている。
「いつでも買える」は、気づきにくいけれど、ありがたい価値だった。
冷凍ケースの前で、そんなことを考えてしまう。
アイスは甘い。
でも、いつもの味との別れは、少し苦い。