競馬の余白 第3回 穴党にも買えない穴がある
競馬の余白 第3回
穴党にも買えない穴がある
今週の土曜日、京都競馬場ではファンタジーステークスが行われる。
2歳牝馬による芝1400メートルの重賞である。まだキャリアの浅い馬たちが集まるだけに、人気どおりに決まらないことも多い。
私のような穴党には、楽しみなレースである。
ただし、大波乱になれば穴党が儲かるというわけではない。そこを勘違いしている人が案外多い。
2023年のファンタジーステークスは、まさにそういうレースだった。
勝ったのは15番人気、2着が9番人気、3着が12番人気。3連単は230万6370円という、とんでもない配当になった。
いかにも私が喜びそうな結果である。
ところが、あの日の私は3000円を失っていた。
2023年11月4日、京都競馬場。
18頭立てのファンタジーステークスで、私が狙ったのは11番シカゴスティングだった。
夏の小倉でフェニックス賞を勝っている。今回は距離が200メートル延びるが、能力的には十分通用すると見ていた。それが12番人気、単勝34.5倍なら悪くない。
単勝3000円。勝てば10万3500円である。
田村さんに馬券を見せると、呆れたように笑われた。
「またずいぶん人気薄を買ったな」
「当たれば10万円ですよ」
「その前に3000円なくなる方が心配だよ」
田村さんが買ったのは、1番人気セントメモリーズの複勝3000円だった。
いかにも堅実な男らしい選択である。大きな配当は望めなくても、3着以内に入れば払い戻しがある。
私は、せっかく18頭も走るのに1番人気の複勝ではつまらないと思ったが、口には出さなかった。
この男に何を言っても、買い方が変わるわけではない。
それは向こうも同じことを考えていたはずだ。
発走前、2人で出走表を眺めていたとき、田村さんが6番カルチャーデイを指さした。
「この馬はどうなんだ?」
小倉の新馬戦を勝ったばかりの馬で、今回は15番人気。単勝70.8倍だった。
新馬戦の勝ち方は悪くなかったが、さすがにここで重賞を勝つところまでは想像できなかった。
「私は買いませんね」
「俺もいらんな」
珍しく意見が一致した。
そして、これがあの日の最大の失敗になった。
レースが始まると、シカゴスティングは中団で脚をためていた。まずまずの位置である。
4コーナーを回って直線へ向くと、私の11番もよく伸びてきた。
しかし、それ以上の勢いで抜け出した馬がいた。
6番カルチャーデイだった。
「おい、6番だぞ!」
田村さんの声が聞こえた。
私のシカゴスティングも追い込んでいる。田村さんのセントメモリーズも後方から脚を伸ばしてきた。
だが、カルチャーデイは止まらなかった。
15番人気の6番が勝利。2着は9番人気のドナベティ。そして私のシカゴスティングが12番人気で3着に入った。
田村さんのセントメモリーズは、そこからクビ差の4着だった。
見事に2人とも外れたのである。
単勝を買った私の馬は3着。複勝を買った田村さんの馬は4着。
何ともよくできた結果だった。
「お前、複勝なら当たってたな」
田村さんが言った。
シカゴスティングの複勝は1020円。3000円買っていれば3万600円になっていた。
「田村さんは複勝を買って外したでしょう」
そう返すと、田村さんは苦笑いした。
やがて確定した払戻金が表示された。
3連単230万6370円。馬連でさえ4万4430円である。
「すごい配当だな。お前の好きなレースじゃないか」
田村さんは面白そうに言った。
確かにそうだった。
人気薄を探し、世間が見落としている馬を狙う。それが私の馬券の買い方である。
12番人気のシカゴスティングを選んだことには、それなりの自信があった。実際、3着に来ているのだから、読みが全部間違っていたわけではない。
ところが、本当に勝ったのは15番人気のカルチャーデイだった。
穴馬を探していたつもりが、もっと大きな穴を見落としていたのである。
「15番人気までは、さすがに買えませんよ」
私が言うと、田村さんは笑った。
「12番人気は買えるのにな」
言われてみれば妙な話である。
もっとも、18頭立てのレースで人気薄を全部買っていたら、金がいくらあっても足りない。自分なりの理由をつけて、買う馬と買わない馬を決めるしかない。
それで当たれば慧眼と言われ、外れれば無謀と言われる。
馬券というのは、実に都合の悪い商売である。
田村さんも、今回は1番人気を選んで失敗した。それでも帰り道では、いつものように落ち着いていた。
「まあ、次も俺は堅いところを買うよ」
「私は次も穴を狙いますよ」
結局、2人とも懲りていない。
それでいいのだと思う。長年続けてきた馬券の買い方が、たった1レースで変わるようなら苦労はしない。
帰り際、田村さんが私の新聞をのぞき込んだ。
「お前、6番に大きなバツをつけてるな」
「田村さんだって消したでしょう」
「そうだったな」
2人で新聞を見比べると、カルチャーデイの欄には、どちらにも見事なバツ印がついていた。
「田村さん、次からお互いの消した馬を買ってみますか」
「それはいい考えだな」
もっとも、その方法ではカルチャーデイを2人とも買うことになる。
あれほど買い方の違う2人が、よりによって外れ馬券をつくるところで気が合うのだから、競馬はやはり難しい。
――史朗