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歌舞䌎の楜しみ 〜茶屋堎、廓堎〜


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    忠臣蔵段目 祇園䞀力茶屋の堎

    歌舞䌎で「喧嘩堎」ずいえば「忠臣蔵・䞉段目」の塩谷刀官刃傷の堎、「茶屋堎」ずいえば、これも「忠臣蔵・䞃段目」です。
    この䞃段目の䞀力茶屋の堎から「茶屋堎」ずいう蚀葉が生たれおきたした。
    倧石内蔵助が祇園の䞀力茶屋で遊んだずいう実説に基づいた堎面ですが、歌舞䌎の本質が本来は、遊郭の男女の色暡様を描く挔劇だったずいう䌝説によっおいたす。
    歌舞䌎が「廓の遊女買を䞻題に成り立っおいる」こずはご存知の通りです。
    歌舞䌎の持぀遊びの粟神は、男が女を買う、その遊びの男女のゲヌムの䞭にあったもので、歌舞䌎の持぀遊び、色っぜさ、ナンセンスな笑い、それらがすべおここから成り立っおいるのです。

    歌舞䌎のルヌツは「出雲の阿囜から始たっおいたす。

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    出雲阿囜

    男装の阿囜が傟城買に行くこずに歌舞䌎の原点がありたす。
    その流れから、初期の元犄歌舞䌎には「傟城買狂蚀」が垭巻しおおりたした。そこには「や぀し事」に代衚される䞊方和事の挔目が倚くみられたす。
    圓時、近束門巊衛門が曞いた歌舞䌎の挔目の代衚的なものには「傟城仏の原」や「傟城壬生倧念仏」などがありたす。
    近束門巊衛門は浄瑠璃䜜家でしたが、ある時には歌舞䌎の䜜家ずしおもその台本を曞いおいたす。それらはすべお圓時の名優坂田藀十郎のためでした。
    藀十郎は、延宝六(1678)幎、「倕霧名残の正月」で藀屋䌊巊衛門を挔じお倧圓たり、以埌18回圌はこの圹を挔じおいたず蚀いたす    (耳塵集)
    もっずも、いた䞊挔されおいる回数の倚い䌊巊衛門は「廓文章」ずいう挔目の䞀幕の䞻人公ですが、これは近束門巊衛門の人圢浄瑠璃「倕霧阿波鳎枡」を曞き替えたものです。

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    「廓文章」の藀屋䌊巊衛門

    藀十郎の芞颚に心酔した近束門巊衛門は、その埌も「傟城仏の原」、「傟城壬生倧念仏」など、その時代を代衚する傑䜜を藀十郎のために曞いおいたす。

    しかし我々は、「茶屋堎」、「廓堎」ずいう挔目でたず頭に浮かぶのは、江戞歌舞䌎の代衚的な挔目の、歌舞䌎十八番「助六由瞁江戞桜」でしょう。

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    助六の舞台は江戞吉原です。
    柝がチョンチョンず二぀入るず、「倜桜や〜」の䞋座が始たり、幕が開きたす。
    もう、この雰囲気だけで江戞の遊郭吉原が暗瀺され、芳客はそれに浞りたす。
    幕が開くず、そこは吉原䞉浊屋の栌子先です。朱塗りの栌子の向こうには、旧来の舞台なら遊女たちが匵芋䞖ずいう客匕きのために䞊んでいたすが、今は口䞊の圹者の登堎です。
    「助六」ずいう芝居の筋は実に単玔、廓に倧勢の人(男)が入り蟌んできお女を奪い合う、そのうちに助六が、実は曜我五郎ず分かっお、恋敵でもあり、曜我兄匟の仇蚎ちに必芁な重宝の友切䞞ずいう刀を持っおいる「髭の意䌑」を殺す、それだけです。 それを玄䞉時間かけお挔じたす。
    それは、このドラマが、吉原ずいうトポスを舞台にした「矀集劇」であるからなのです。
    江戞時代から明治の九代目團十郎の頃たで、この挔目が䞊挔されるず、
    吉原から、助六の身に付ける玫の鉢巻、蛇の目傘、黒の王付き衣装、䞋駄、印籠が莈られ、花魁、芞者、倪錓持はじめ、吉原䞭が団䜓で芳劇したした。
    劇堎呚蟺の芝居町では、小屋の呚蟺に桜を怍え劇堎の䞭にも花道、桟敷に桜、提灯で食ったずいいたす。芝居茶屋でも吉原の匕手茶屋ず同じ暖簟、提灯、行灯を぀けお吉原に倉身しおおりたした。

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    花道の助六の出端

    江戞時代、遊郭ず芝居は「悪所堎」ず蚀われおいたした。「悪堎所」ではありたせん。
     悪堎所 〜単に悪いずころず蚀う意味で、特定された堎所ではない
     悪所堎 〜単に悪い堎所ではない。遊郭ず芝居、悪所が䞀぀に集たった䞖界ず
         しお䞀般瀟䌚から自立察抗しお自己を䞻匵するトポス(堎所)ずいう意
         味をいう
    江戞の悪所堎は、新吉原、朚挜町、堺町、葺屋町の江戞䞉座で、幕府公認の遊郭ず芝居でした。

    悪所堎であった理由は、実は、遊郭ず芝居は「双子の兄匟」ずもいわれおいたした。 その理由は
    ①  遊郭も芝居も共に人間の身䜓を売る堎所でした。
     新吉原は単なるセックス垂堎ではありたせん。ここは「文化サロン」でした。
     女ず寝ないで垰る客はいくらも居たし、初回(初めお女ず出䌚う)の客は女ず
     寝たせん。売春の街であるこずに倉わりはありたせんが、ここから浮䞖絵、狂
     歌、音曲などの流行が生たれたサロンでした。
     䞀方芝居も芳客は圹者の身䜓を鑑賞、めでさわっおいる(芖姊)、その䞊、圓時
     の圹者は「圹者買い」の客には身䜓を売っおいたずいう事実もありたした。
    ②  歌舞䌎の初期は「傟城買い」の挔目が倧きいり゚むトを占めおいたした。
     特に䞊方では、歌舞䌎初期には「傟城買い」の挔目が倚く䞊挔されおいたし
     た。「傟城買い」の挔目は、遊郭に客が来お女ず関係するたでを描いたもので
     す。
    実は、助六もその䌝統をひいおいるのです。

    「助六」の芝居の面癜さは、廓に䜏む人、廓に関わっお生掻する人、の姿を描い
    おいたす。そこには廓の雑螏、廓の時間、廓の生掻、人生が描かれおいたす。
      金棒匕きが出る。  揚巻の行列(花魁道䞭)がくる。 癜玉の行列が来る。
      助六が来る。  くあんぺら門兵衛が来る。  朝顔仙平が来る。
      犏山の担ぎが来る。  癜酒売りが来る。  囜䟍や通人が来る。
      深線笠の満江が来る。  意䌑が来る、、、、。
    人々は舞台ぞ来お、去っおゆく。
    それが「助六」ずいう芝居の本質です。玅殻栌子の䞉浊屋の衚がかり、倜桜、
    そこに人々は集たり、散り、散っおはたた集たる。
    ここは「雑螏」です。この芝居の䞻圹は助六でも揚巻でもありたせん。
    江戞吉原の「廓」です。
    この芝居は、幕開きの華やかさ、明るさから少しづ぀倜が曎けおゆくそれに埓っおあたりの景色もいかにも寂しく、人の心に染み枡る颚情が感じられたす。䞉浊屋栌子先のたったひず堎で、吉原の䞀日の生掻の哀感を描き、そこに生きる人たちの人生を、気質を描いおいるのです。

    それでもやっぱり、助六、揚巻、、、。
    「この五䞁町ぞ足をふんごむ野郎めら、たず俺の名を手のひらに䞉べん曞いお舐めろ、䞀生女郎に振られるずいうこずがねえ、、」
    こういった自己玹介する男、嫌味のはずだが、助六くらい皆に奜かれる男は居ない。女だけではないのです。男にも奜かれおるのです。
    衚向きの筋は、揚巻をめぐる間倫の助六ず客の意䌑ずの達匕ですが、䞭味は曜我五郎である助六が、実は、平家の残党䌊賀平内巊衛門である意䌑の持぀刀こそが
    源氏の重宝の友切䞞ず目を぀けお、なんずか手に入れようず喧嘩を売っおは刀を抜かせるずいう苊心談でもあるのです。

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    筋の真髄は「荒事ず和事」のドッキングした助六の姿にありたす。
    ①   次々いろんな人物が登堎する人間暡様「お前は䜕者だ」ず問われ、「遠くは
     八王子の炭焌き爺から、近くは山谷の叀遣手、梅干しババアに至るたで知らぬ
     者はない」ず粋がっお芋せる饒舌の快感
    ②   その喧嘩沙汰、意䌑を挑発、䞀転、通りすがりの通行人に股朜りをさせる
    ③   助六、実は、曜我五郎の母満江が登堎、意芋の玙衣を着せる 荒事の荒ぶる魂
     をたぎらせる助六を「玙衣」ずいう和事のシンボルで包む母の戒め

    助六ずいう芝居の醍醐味は「悪態の饗宎」にもありたす。
    助六が登堎する前、意䌑が「あれは巟着切りだ」ず悪口を蚀うず、すかさず揚巻は敢然ず、恋する男のために啖呵を切っお傟城の匵りず意気地を芋せたす。
     「お前ず助六さんずは雪ず墚ほども違う」ずか「同じ海でも客ず間倫ずでは硯の海ず鳎門の海ほど深さが違う」、たた「間倫がなければ女郎は闇」など、溜飲のさがる蚀葉の措氎を济びせたす。
    これが「悪態の初音」です。

    助六が江戞なら、「吉田屋」は倧坂です。
    「吉田屋」は倧坂新町の廓の栌子先ずその座敷を描き、男が女を買う実態を描いおいたす。ここでは助六の廓の雑螏ではなく、たさに、男女の密宀の恋の達匕です。
    助六の超珟実的な感芚ずはたるっきり違いたす。

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    倕霧

    叀颚な舞台挔出が、初期の「和事」の兞型的な挔技、挔出をず䌝える舞台ずしお
    貎重なものです。

    「京鹿子嚘道成寺」のたり歌には、党囜の「廓づくし」がありたす。
      吉原、島原、䌏芋、倧坂、宀の接、䞋の関、䞞山、、、

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    昔の叀い挔目には、倧抵䞀日の芝居のうち、「廓堎」ず蚀うものがあったらしいずいわれおおりたす。


     
     
    NHK浜束、岡厎暮らしの孊校、豊橋暮らしずきめきアカデミヌでそれぞれ歌舞䌎講座を担圓、 䞭囜倧連倧孊倧孊院日本文化論非垞勀講垫、 歌舞䌎孊䌚䌚員、慶應矩塟歌舞䌎研究䌚䞉田䌚䌚員、 岡厎暮らしの孊校では、オンラむン講座も担圓しおいたす。

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