
灯りを点ける人|シロクマ文芸部|待つ時間
こちらに参加させていただきました。
母は、待つのがとても上手な人だった。
わたしが子どものころ、共働きの両親はいつも帰りが遅かった。学童保育から一人で帰る夜、暗い家に一番乗りするのは決まってわたしだ。
鍵を開けると、玄関に小さな灯りが一つだけ点いている。朝、母が出勤前に「先に帰った子が寂しくないように」と点けていく常夜灯。わたしは、そのささやかなオレンジ色の灯りが好きだった。
ランドセルを置いてダイニングテーブルに向かうと、そこには必ず母のメモが置かれている。
《今日のおやつは、冷蔵庫の右の下》
《宿題、頑張って。ママも仕事、頑張ってるよ》
《八時までには帰るからね》
実際のところ、八時に母が帰ってくることなどほとんどない。母の言う「八時」はたいてい九時半を意味し、父の「もうすぐ」に至っては日付を跨ぐことも珍しくなかった。
それでも、わたしは待つことがちっとも苦ではなかった。
あの灯りと、短いメモがあったから。
大人になり、わたしは母と同じ職に就いた。
初めて残業を経験した夜。時計の針が九時をまわった頃、ようやく気がついた。母はこれを、毎日ひとりでこなしていたのだ。
わたしが家で過ごす「待つ時間」の裏側で、母もまた、職場という密室で「早く帰りたい」と焦る「待つ時間」を過ごしていた。
ふと電話をかけようとして、やめる。もう十年ほど、母とはそんな素直な電話をしていなかった。
三年前に母が亡くなった。
遺品を整理していると、古い手帳が出てきた。仕事の予定に混じって、余白に細かい字が書き込まれている。
《四月十日 あの子、初めて一人で留守番。夜、泣かないといいな》
《六月三日 運動会。徒競走、三位。よく頑張った》
《九月十五日 あの子、遅くなる日。先に帰って、灯りを点けておく》
わたしの記憶の中にある母は、いつだって「帰りが遅い人」だった。けれどそのすぐ隣には、母が「先に帰ってわたしを待っていた日」が確かに存在していたのだ。
わたしが母を待っていたのと同じように、母もまた家でわたしを待つ夜が、こんなにもあった。
今、わたしにも子どもがいる。
共働きで、やはり帰りはいつも遅い。朝、玄関の常夜灯を点けてから家を出る。テーブルにはメモを残す。
《今日のおやつは、冷蔵庫の右の下》
《宿題、頑張って。ママも仕事、頑張ってるよ》
《八時までには帰るからね》
気がつけば、かつての母とまったく同じ言葉をなぞっている。
娘はたぶん、家で待っている。
でも、わたしも職場で待っているのだ。
早く帰って、あのささやかな灯りの下で、娘の顔を見る時間を。
母の手帳の最後のページに、ぽつりとこう書かれていた。
《待つ時間は、寂しくない。誰かのことをいちばん強く思っている時間だから》
母はたぶん、わたしがいつかこのページを開くことを、ずっと待っていたのだろう。
気づくまでに三年も待たせてしまった。
わたしは手帳を静かに閉じ、夕暮れの迫る玄関で、そっと常夜灯を点けた。
____了
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