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【掌編小説】今日は何の日~10月8日~【掌編】『はかることで、守る』

    十月八日。糖をはかる日であり、国立公園制定記念日でもあるらしい。

    前者は「糖(10)をは(8)かる」の語呂合わせ。糖尿病治療研究会という団体が定め、血糖を知り、はかり、コントロールする日なのだそうだ。

    後者は、日本で初めて国立公園が誕生したことにちなむ日とされている。自然を守るために、国が線を引いた日だ。

    体の中の甘さをはかる日と、山や海に線を引く日。 暦をつくった奴は、「はかる」と「守る」を隣り合わせにした。 守るためには、まずはかることから始めないといけない。 そういう順番なのかもしれない。

    朝の沖縄は晴れ。 十月の日差しは、夏の刺すような強さを失い、肌に優しく乗る。 原付で集落を抜けると、さとうきび畑が風に揺れていた。 葉と葉が擦れ合う、かさかさという乾いた音。 あの緑の茎の中に、甘さが溜まっている。 沖縄に二十年住んで、糖のなる音というものを、俺はこの島で知った。 都会にいた頃は、砂糖はスーパーの袋に入って現れるものだと思っていた。 違った。 甘さにも、畑という故郷があったのだ。

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    利用者宅に着くと、おばあが縁側でさんぴん茶を飲んでいた。 湯呑の隣に、小さな黒糖がひとかけ、小皿に乗っている。

    「にーにー、おはようさぁ」

    「おはようございます。今日は糖をはかる日ですって」

    「糖をはかる? 甘いもんの日かい」

    「逆です。甘いもんと、うまく付き合いましょうって日です」

    「ほなら、黒糖はええもんやで。栄養があるさぁ」

    おばあは黒糖を齧りながら言った。 戦後の甘味不足の時代、黒糖は子どもたちの宝物だったという。 配給の粉ミルクの匂いと、黒糖の甘さ。 おばあの記憶の中で、甘さはいつも、飢えの隣にあったのだ。 飽食の時代に生きる俺には、想像するしかない甘さだ。

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    昼の仕度のあと、俺はいつものように記録をつける。 体温、血圧、脈拍、食事の量、水分の量。 毎日同じ項目を、毎日同じように書き写す。 この仕事を始めて二年。 介護とは、人の体を毎日はかり続ける仕事なのだと、最近ようやく実感している。 数字は冷たいようでいて、実は正直だ。 小さな変化が、体の声を先に教えてくれる。 昨日より少し高い血圧。いつもより少なめの食事。 その一行の違いが、明日の対応を変える。 はかることは、待つことでもあるのだ。

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    俺自身の体もそうだった。 潰瘍性大腸炎は、数字で見つかった。 夜の街にいた頃は、売上は数えても、自分の体ははかったことがなかった。 煙草と酒と徹夜の日々。 体はずっと、数字で悲鳴を上げていたのに、俺は測る機械を持たなかった。 毎年春の内視鏡検査と採血の結果を、今は手帳に写して眺めている。 はかることは、自分を守ることの入口だった。

    午後、買い物の帰り道、原付越しにやんばるの山並みが見えた。 濃い緑が、空に向かって盛り上がっている。 国立公園に指定された森だ。 線を引いて、守ることを決めた山。 決めなければ、失われるものがある。 自然も、人の暮らしも、同じなのかもしれない。

    戻ると、おばあが縁側でぼんやり山の方を見ていた。

    「にーにー、あの山は昔からあるさぁ。なんにもせんでも、そこにおる」

    「でも今は、国が守ってるんですって。国立公園なんだそうです」

    「ふーん。守らんと、山も消える時代かぁ」

    「消える前に、線を引くんでしょうね」

    「そうかねぇ。人も、早めに線を引いとかんといかんねぇ」

    おばあの言葉に、俺は苦笑した。 五十七年、線を引くのが下手な人生だった。 働きすぎて、飲みすぎて、壊れてから引く。 それでも、引いた。 五十五歳でこの仕事に就いたのも、遅ればせの線引きだったのかもしれない。 遅くても、引かないよりはいい。 線の向こう側で、今の暮らしが守られている。

    夕方、記録の最後の項目を書き終える。 今日の数字は、いつもとほぼ同じ。 同じであることが、いちばんの吉報だ。

    「にーにー、また明日ね」

    「はい。またはかりに来ます」

    「はかりに、ねぇ」

    おばあが小さく笑った。 明日も同じ時間に来て、同じように体温をはかる。 その反復が、おばあの一日を守っている。 ささやかな、俺だけの国立公園だ。

    夜、原付で海沿いを走る。 さとうきび畑の先に、夕日が沈みかけている。 風が緑の海を撫でて、かさかさと音を立てる。 エンジンの音と重なって、帰り道の二重奏だ。

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    家に戻り、机に向かう。 ノートを開き、今日の数字と、今日の言葉を書き留める。 はかったものは数値に、はかれないものは文章に。 どちらも、残しておきたい記録だ。

    例の悪い癖が、また出た。

    『体温計 数字に宿る 命の音』

    『黒糖の 甘さに沁みる 戦後の空』

    『山守る 線引きのように 人を守る』

    字余りだが、いい。

    明日の朝も、おばあの体温は平熱だろうか。 数字をはかりながら、数字に出ないものを感じ取る。 それが、この二年で身についた、俺のはかり方だ。 夜の窓の外で、さとうきび畑が風に鳴いている。 甘さを溜め込んだ緑の音を聞きながら、俺はそっとノートを閉じた。 悪くない。それでいい。


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    ※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・出来事とは関係ありません。

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    沖縄在住のアラ還の素人で、重度訪問介護の介護士です。2年程の駆け出しです。自慢できる人生は送れてません。履歴書の職歴も一枚目で終わりませんし、職務経歴書なんて書こうものなら、徹夜の作業になります。小説、エッセイなんでも書いてます。恥さらしですが、笑って頂けると救われます。