
自分のせいにすることと、責任を引き受けること
朝、届いていたメッセージを読んで、心がざらついた。
短い文章だった。
責める言葉が書かれていたわけではない。けれど、こちらの事情を何も考えていないように感じられて、すぐに返事をする気になれなかった。
それでも頭の中では、もう会話が始まっていた。
どうしていつも急なのだろう。
そもそも説明が足りない。
こちらばかりが合わせている。
返事を書いては消し、また書いては閉じた。
時間が経つほど、私は相手の態度に傷ついているのか、自分の中でつくり上げた相手の姿に怒っているのか、わからなくなった。
自分の身に起きていることを、周囲のせいにするほうが簡単だ。
そんな言葉を読むと、私は少し緊張する。
確かに、人のせいにしているあいだ、自分は動かなくて済むことがある。
相手が変わらないから。
環境が悪いから。
運がなかったから。
そう言えば、うまくいかない理由は説明できる。
けれど同時に、この言葉は、使い方を間違えると苦しいものになるとも思う。
自分の人生に責任を持つことが、起きたことをすべて自分のせいにすることへ変わってしまうからだ。
傷つけられたことも、失ったことも、耐えられなかったことも、自分の選び方が悪かったのだと考えてしまう。
それでは、責任は自由ではなく、別の罰になる。
以前、職場の上司との関係に悩んでいた知人がいた。
上司は気分によって指示を変えた。昨日まで正しいと言われていたことが、翌日には間違いになる。何か問題が起きると、説明もなく彼女の責任にされた。
彼女は最初、自分の仕事が足りないのだと思った。
もっと早く、もっと正確に、先回りして動けば認められる。
そう考えて、帰宅してからも仕事のことを調べ、眠る前には翌日の会話を何度も頭の中で練習していた。
それでも状況は変わらなかった。
彼女はしだいに、自分の判断そのものを信じられなくなった。
ある日、「自分の反応は選べる」という言葉を聞いて、彼女はさらに自分を責めたという。
上司の態度に傷つくのも、会社へ行くのが怖いのも、自分が弱いからではないか。
もっと穏やかに受け止められたら、この状況にうまく対応できるのではないか。
けれど、反応を選ぶということは、何をされても平静でいることではないのだと思う。
理不尽なことを、理不尽ではないように受け止め直すことでもない。
彼女が最初に選んだ反応は、上司へ立派に言い返すことではなかった。
信頼できる同僚に、「私は今、何が起きているのかわからなくなっている」と話すことだった。
同僚は、彼女の感じ方がおかしいとは言わなかった。
それだけで、彼女は少し、自分の感覚に戻れたという。
その後、人事に相談した。
すぐに環境が改善したわけではない。相談したことで居心地の悪さが増した時期もあった。最終的に彼女は、その職場を離れた。
辞めることが正しかったのかは、今でもわからないらしい。
残っていたら変わったかもしれない。もう少しできることがあったのではないか。
そんな考えが浮かぶ日もあるという。
それでも彼女は、以前のように、すべてを自分の未熟さへ結びつけなくなった。
上司の振る舞いは上司のものだった。
職場の仕組みには、彼女一人では変えられない部分があった。
その事実を認めたうえで、自分はそこに居続けるのか、誰かに話すのか、離れるのか。
選べるものは、思っていたより小さかった。
けれど、何もなかったわけではない。
責任とは、世界のすべてを自分が背負うことではないのだろう。
自分が動かせないものと、わずかでも動かせるものを、混ぜずに見つめること。
その境目で、自分の側に残っている選択を見失わないこと。
腹が立つとき、腹を立てない選択ができるとは限らない。
悲しみも恐れも、意思だけで消えるものではない。
ただ、怒っている自分をどう扱うか。恐れている自分をどこへ連れていくか。その感情のまま相手を傷つけるのか、いったん言葉を置くのか。
選択は、感情の手前ではなく、その少しあとに現れることがある。
私はあのメッセージに、しばらく返事をしなかった。
深呼吸をして前向きになったわけでも、相手を理解できたわけでもない。
ただ、すぐに返せば、傷ついた気持ちをそのまま相手に渡してしまう気がした。
時間を置いて読み返すと、最初には見えなかった曖昧さがあった。相手が冷たいと決めつけるには、言葉が足りなかった。
私は事情を尋ねる短い返事を送った。
状況は劇的には変わらなかった。
それでも、自分の感情をなかったことにせず、感情だけに行き先を決めさせなかった。その小さな違いだけは、手元に残った。
人生を自分で動かすとは、思いどおりの結果をつくることではないのかもしれない。
変えられないものに囲まれながら、それでも自分の次の一歩まで、誰かに明け渡さないこと。
いま私が「仕方がない」と呼んでいるものの中に、まだ選んでいない何かは残っているだろうか。