
「チョン・ガンギ」
「今までの人生で、
一番記憶に残っている人は誰ですか?」
そう聞かれたら、
僕は、
チョン・ガンギさんと答えるかもしれない。
もちろん、
会ったことはない。
顔も知らない。
話したこともない。
それどころか、
本人を見たことすらない。
7年ほど前、
僕はグアムに旅行に行った。
ホテルのエントランスには、
韓国から来たと思われる旅行客の集団がいた。
僕たちも、
次の場所へ移動するため、
バスを待っていた。
その時だった。
ものすごく大柄な男性が、
突然、
ホテル中に響き渡るような声で叫んだ。
「チョン・ガンギーーー!!!」
本当に、
耳が痛くなるくらい大きな声だった。
そして、
もう一度。
「チョン・ガンギーーー!!!」
何が起きたのか、
僕には分からない。
ただ、
状況から考えると、
おそらく韓国人旅行客の集合時間だったのだと思う。
そして、
チョン・ガンギさんが、
まだ来ていなかった。
大柄な男性は、
必死に探していたのだろう。
でも、
僕たちのバスが来た。
そのまま乗り込み、
次の目的地へ向かった。
だから、
物語はそこで終わっている。
チョン・ガンギさんは、
現れたのか。
寝坊していたのか。
部屋番号を間違えていたのか。
買い物に行っていたのか。
そもそも、
本当に遅刻していたのか。
何も分からない。
そして、
7年経った今でも、
時々思い出す。
チョン・ガンギさん、
あの後どうなったんだろう。
不思議なものだと思う。
僕たちは、
毎日たくさんの人とすれ違っている。
名前も知らない。
二度と会わない。
人生には、
何の関係もない。
それなのに、
ほんの数秒の出来事だけが、
なぜか何年も記憶に残ることがある。
人生で記憶に残る人は、
必ずしも、
長く付き合った人とは限らない。
ものすごく大切なことを教えてくれた人とも限らない。
たった一度、
ものすごい声で名前を呼ばれただけで、
知らない誰かが、
別の知らない誰かの記憶に、
7年間住み続けることもある。
人間の記憶というのは、
本当に不思議だ。
ちなみに、
僕はチョン・ガンギさん本人のことを、
何一つ知らない。
でも、
名前だけは、
たぶん一生忘れない。
もし今、
どこかで元気に暮らしているのなら、
伝えたい。
7年前のグアムで、
あなたをものすごい大声で探していた人がいました。
そして、
なぜかその声を聞いていた日本人が、
今でもあなたのことを覚えています。
人生とは、
たまにこういう、
何の意味もないのに忘れられない出来事があるから、
面白い。
チョン・ガンギさん。
あの日、
ちゃんとバスに乗れたのでしょうか。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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