
【日々一景】 鶴
新婚の長男が住む街までリンゴを届けに行った。長男夫婦は福祉介護系の仕事であるから土曜日の今日も不在である。リンゴを入れた紙袋をテラスハウスの玄関に置いて、必要もないのにAmazonの配達の人(いつもお世話になります)みたいに玄関と紙袋の写真を撮った。置き配である。
久しぶりに京王線の沿線に来たから帰路に高幡不動駅に寄った。小金井に住んでいた頃に、府中まで足を伸ばして京王線に乗り、この駅まで来て高幡不動にお参りするのが何となく好きだった。「すべては順調です」と不動様に伝える。神様には願いごとをするのではなく、自分が願ってやまないことを、あたかも現在進行形であるかのように断定口調で言え、と誰かに教わった気がするのでそうしているのである。そうして帰路、高幡不動駅のコンビニでビールを買い、モノレールの乗り換え口まで行って、モノレールと多摩丘陵を眺めながら呑むのである。
向こうから杖をついたおばさんが来る。二人いる姉の上の方であった。六つ歳上のこの姉はこの辺りに住んでおり、千鶴という名前で、ぼくはこの姉の名前が好きだった。尊敬はしていてもそんなに好きではなかった両親だったが、千鶴という名前はよくぞつけたものだと子供ながらに感心したものだ。世界中の人に誇りたいうつくしい字面と響きである。
千鶴姉は、赤ら顔をした四人きょうだいの末っ子の弟を発見すると、とつぜん華やかな顔になって、
「健ちゃん」
と言った。ぼくを健ちゃんと呼ぶ人は極めて限られる。ぼくは
「ちーちゃん」と応えた。
千鶴という名のこの姉の顔のシワに刻まれた無数の悔しさや、救い、あるいは、人生の苦悶や、おかしみ。そんなことを思う。
姉と別れてから多摩丘陵を眺めつつビールの続きを呑んだ。斜面に沿って懸命に並び建つ家々のことを、上空から眺めてみたい、それができたなら、と想った。