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Photo bymacurocuo

平安時代からの友人が、人と関わるときに100%意識してること。

    身の回りに、尊敬できる友人はいますか。


    私は、います。


    幼少期から今日にいたるまで、多くの人と出会ってきたが、この人は尊敬できるなぁと思える友人がいまでも近くにいる。そして、それはとても幸せなことである。

    おかげさまでnoteにおいても、もはや友人と言っていいだろう、という方々が増えた。顔も知らない方がほとんどだけど、文章やライブ配信でその人柄は伝わってくるってもんで。

    全員を尊敬している。

    また、

    ティンバーズの長谷川林太郎さんとnoteを通して知り合い、実際に年始に札幌でお会いした時なんてケッサクで。もう会ってそうそう、はじめましてもヘッタクレもなく、開口一番大笑いしたことを覚えている。

    林太郎氏、楽しかったよね。

    長谷川さんは知性にあふれ、ゆったりとお話しになり、ずっとニコニコしていたもんだから、私は平安時代からの知り合いかのように、時も忘れて2時間も話し込んでしまった。当然、長谷川さんのことも尊敬している。

    彼も多忙の合間をぬってnoteを毎日更新しているから、会ってもないのに毎日会っている気がしてくる不思議。

    最近の林太郎氏の記事を見ていると、まるで私の弟かのように感じられ、微笑んで読ませてもらっている。


    ◾️林太郎氏と会ったときの彼の記事はこれ!


    つまるところ、
    出会ったすべての人たちを尊敬している。


    と、書くと聞こえがいいし「またまた、思ってもないことを」と言われるかもしれないが、この私の心の真ん中には、そういう人間でありたいという理想の私がいる。

    この文章だってそう。そうありたいと思う自分を投影して書いている。その理想の自分に、少しでも近づきたいんだ。


    出会ってきたすべての人には、私にはない学ぶべきところが多くあり、だからこそ、その経験に学び、私も成長したい。

    ほんとに思ってる?
    思ってる


    …


    で、話を冒頭に戻す。


    全ての友人を尊敬していたい私だが、とりわけ尊敬している友人がいる。高校の同級生である。

    彼は世間一般に言われる高学歴、高身長みたいな、ステータス比較のカースト上位にいるわけではないが、その素晴らしすぎる人間性で多くの人を魅了している。


    彼とはたまたま高校1年生の入学時にクラスが一緒で、席も隣、下駄箱も隣、部活もおんなじ。

    彼もまた本をよく読み、会話の波長も合う、とにかく同じことずくめで、15歳で出会った私たちは32歳になった今も、あのころと変わらず「あはは」と笑い合う友人同士である。

    きっと平安時代の先祖同士も
    友だちだったんじゃないだろうか。


    彼については尊敬すべき点が数多くあるのだが
    「この1点だけを伝えたい」というポイントを、すぐに書こう。


    …


    彼は、人の悪口を言わない。


    それに気づいたのは、大人になってからだった。

    それほど親しくない友人と連れ立ってご飯を食べる。尊敬する彼も一緒に。誰かが誰かの噂話をする、会社の愚痴をこぼす、仕事への不平を言う、親・兄弟のダメエピソードを話す。


    私はつい聞いちゃうもんだから、
    なるほどねぇ、聞く。


    彼は?


    乗ってこない。


    何度かそんな食事会があったが、
    ある時に気づいた。

    そういえば、彼の口から人の悪口、不平不満を聞いたことがない。思えば高校のころからそうだ。

    なるほど…。

    もちろん、高校の私たち一派が好きなブラックジョークを話して笑ったりはする。でも、彼の口から他人をおとしめる話は聞いたことがなかった。


    巷にあふれている話で、言葉は自分に向けようが相手に向けようが、最後は自分に返ってくるという話がある。コトダマ的なスピリチュアルなものかと思ったら、きちんと脳科学で証明されているらしい。


    脳は主語を認識できないらしいのだ。


    自分の口から出てくる誰かへの悪口は、
    自分の悪口を言っているのと同じなのである。


    彼に対して、それを意識しているかどうかは聞いたことがない。粋ではないから。

    が、大いに学ぶところあり、と思って、いつからか私も、人や社会への不平不満を真顔で言うことは意識的にやめた。彼を見習って。


    誰かを笑わせようと思ってやっちゃう私は三流だ。
    また、思ってもないことを


    類は友を呼ぶ。

    親しい友人たちは自分と似ている場合が多い。自分の親しい人たち5人の平均が自分自身だ、なんてウワサもあるくらい。

    環境もそうだ。自分の仕事環境などは、自分の実力が反映されている。つまり、自分の身近な人たちは、自分の実力通りの人脈。今いる場所は自分の実力通りの場所。

    どうだろう。つらい現実だ。

    冷めた言い方に思えるけれど、たしかに一理ある。つまりは、身近な誰かや環境を否定することは、自分自身を否定することと同義なのだ。


    だから、


    悪口、不満をやめてみる。


    すると不思議なことに、人のいいところ、世の中の素晴らしいところが目につくようになる。学びが増える。


    私がまだ産まれてもない我が子に伝えたいのは、きっとこういうメッセージなのかもしれない。


    …


    私が大学を除籍になっているという話は、このnoteでサビがつくほど書いてきたものである。

    実家を飛び出して、みなしご同然の私を助けてくれたのが、何を隠そう、この彼である。


    というわけだから、明日は、



    私の大学生活と除籍
    についての
    ストーリーを書こうと思う。


    誰も期待してないと思うけど、おたのちみに!


    〈追記2023.02.27この記事の続き〉


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    <あとがき>
    書いているのは理想論であり、正論なんです。仮に現状に悩める方がこれを読まれたとしたら「うっせーな!」と思われることを承知で書きました。どうやら悪口は自分に返ってくるようです。それらは自己の否定と同じで、負のスパイラルに私たちを落とし込む薬物なのです。なんか社会派! 今日もありがとうございました。

    【関連】悪口を言わない彼が登場する記事はこれ!

    【LIVE告知】次回のおなぐさめラジオはこの人!

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