
昭和浪漫講談読書侍 小谷野敦著「日本文化論のインチキ」を読み解こうとするも…ブックガイドと勘違いする。
気づけば、江戸の性愛からフランス女性の調教、はたまた頭の中には『家畜人ヤプー』まで飛び出してきて大混乱!
「いかんいかん、このままじゃ東海道ならぬエロ街道まっしぐらだ!」と慌てて手に取ったのが、今回の一冊。
小谷野敦(こやの あつし)先生の『日本文化論のインチキ』でございます。

昔日(せきじつ)には「日本はダメだ、頑張れ日本!」なんて論調が幅を利かせておりましたな。
それが数年前からは「日本すごい!世界に誇るニッポン!」なんてテレビや巷言(ちげん)がぞろぞろ湧いて出やがった。(まあアタクシなんぞは見てねぇんですが、うちの両親が『ほら見ろ見ろ』とうるさいもんでね)
はてさて、そんな空騒ぎな日本文化論に「おい待て、冗談言っちゃいけねぇ!」と一言物申しに現れたのが、この小谷野敦先生。
あいにくアタクシ、不勉強で初見だったんですがね。
「おい埼玉! 読書侍の冠を掲げながら穴だらけじゃねぇか!」とお叱りを受けても、返す言葉もございません。
さて、この『日本文化論のインチキ』とは一体なにか?
世間で「これぞ日本独自だ!誇るべき伝統だ!」なんて言ってるシロモノが、実はぜんぶ勝手な幻想で、諸外国にもおんなじようなものが腐るほどあるんだよ!という話なんですな。
なんでも小谷野先生の専門は比較文学。
まぁ考えてみりゃ当たり前で、アタクシもテレビの「日本すごい!」には胸のあたりがムカムカしていたクチですが、あれだって「取り残されている」という日本人の恐怖と危機感の裏返しじゃねぇんですかね。
で、この本……数々の大家を「インチキだ!」とバッサバッサ斬りまくる!
ヘーゲルに始まり、フロイト、ユング、ポストモダン全般…もういろんなところに物申す!
日本人でも『ものぐさ精神分析』の岸田秀先生なんぞ「そもそもものぐさすぎる!」と一刀両断。
土井武夫先生の『「甘え」の構造』にしても、「日本固有」と思い込んでるだけで東南アジアにもどこにでもある、日本的文化たぁ言えねぇと一蹴するわけです。
じゃあ、なんであのヘーゲル先生までがダメなんだってぇと……
要するにヘーゲルって人は「歴史ってのはゴールに向かって一直線に階段を上るように進歩するんだ」と考えたわけですな。
人間が「赤ちゃん→子ども→大人」と賢くなるように、世界史もひとつのルールでどんどん良くなるんだ、と。
小谷野先生に言わせりゃ、この「歴史はひとつのルールで進む(進歩主義)」というヘーゲルの発想こそが、ヘンテコな日本文化論を生む元凶なんだと。
「昔から日本人はみんな〇〇だった」「江戸時代はみんな平和で幸せだった」なんて一枚の絵で十華一括りにして決めつけるから、大雑把でテキトーな説=インチキ文化論がのさばるんだってぇわけです。
――と、ここまではふむふむと拝読したんですがね、ちとアタクシも黙っていられない箇所がございまして。
それが柳父章(やぶ あきら)先生の恋愛論(『翻訳語成立事情』)をめぐる議論でございます。
まず一人目、柳父先生は「『恋愛』や『愛』なんて言葉は明治の西洋からの翻訳語で、それまでの日本にそんな概念はなかった」と仰る。言葉の輸入によって新しい枠組みが持ち込まれたんだと、鮮やかに解き明かした。
そこへバサリと斬り込む二人目、小谷野先生!
「日本に恋愛がなかったなんてぇのは、明治の知識人の西洋かぶれと自虐だ! 万葉の昔から心中物まで身を焦がす情念はあったわい!」と快刀乱麻に粉砕する。
ただねぇ……小谷野先生、威勢が良すぎて「言葉や制度の違いがもたらした葛藤」まで雑に削ぎ落としちゃってやいませんかね?
そこで三人目、満を持しての登場は「埼玉の裏仕事人」でございます。
「先生方、『感情の有無』と『概念の歴史』は別物でございましょう」と。
一文字の「愛」という言葉に、まったく違う三つの歴史が「接木(つぎき)」されたからこそ、現代の我々は違和感を抱いてるんじゃないかと見るんですな。
ひとつ、日本古来の「いとしむ・めでる」という素朴な手触り。
ふたつ、仏教でいう断つべきエゴとしての「渇愛・執着」。
みっつ、キリスト教・西洋の神聖で絶対的な「Love/アガペー」。
この全く違う三層が「愛」の一文字に強引に重ね合わされた。
だからこそ現代人が「愛してる」なんて口にするとき、どこか背筋がムズムズするような、あの生々しい違和感が生まれるわけですな。
「感情」は昔からあった(小谷野説)。
「言葉と枠組み」は新しく来た(柳父説)。
そしてその二つがぶつかって混ざった重層的な違和感を今なおアタクシたちは生きている(埼玉の裏仕事人説)。
「日本に恋愛はなかった」と極端に走るのも、「昔から同じものがあった」と雑に片付けるのも、どちらも歴史のグラデーションを見落としちまいますからねぇ。
まあ、ここは熱くなっちまいましたが、縦横無尽に知識が飛び出して実に面白い!
アタクシはこの書を日本文化論としてはもちろん、絶品な「ブックガイド」として楽しく読んだ次第でございます。
……追記。
ここだけの話、最初はあがる本のタイトルをどんどん購入リストに入れてたんですがね……途中ではたと気づいた。
「俺っち本の虫ではあるけれど……残りの人生、ここに出てくる本を追うだけで終わっちまうぞ!?」と。
てなわけで、またどこかで縁があったら読むことにいたしましょうかね。
お後がよろしいようで。