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自己紹介|凡人の生存戦略

    はじめまして、キクマと申します。
    北関東の地方都市で暮らす、43歳のおっさんです。

    最近の口癖は、「会社行きたくない」「会社辞めたい」。

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    ……あ、ブラウザを閉じないでください。これには深い(?)理由があるんです。

    「中の中」を極めた、超・平凡な人生

    都内の中堅大学を卒業し、金融会社へ。 こう書くと順風満帆に見えるかもしれませんが、私の人生は「超」がつくほど平凡でした。

    学生時代:
    通知表は驚くほどの「オール3」。
    5を獲って自慢できる科目もなければ、1を獲って苦手と言える科目もない。
    持久走は常に集団のど真ん中でゴール。先生からは「コメントしづらい生徒だな」という、人生最大の評価(?)をもらいました。

    会社員時代:
    20年間、無遅刻・無欠席。大きなミスで始末書を書いたこともなければ、昇進レースに名前が挙がることもない。
    朝、決まった時間にデスクに座り、淡々と業務をこなして帰る。
    私はまさに、会社の「備品」のような存在でした。

    唯一の「決断」と、人生最大の嫌味
    そんな私の唯一にして最大の決断は、社内恋愛を経て今の妻と結婚したことです。

    妻は私と真逆で、誰からも愛される超優秀な人物。
    結婚による彼女の寿退社を支店長に報告しに行ったとき、放たれた言葉は今でも忘れられません。




    「……できることなら、お前が辞めないか?」

    令和の今なら一発アウトな嫌味ですが、そこは「中の中」の私。
    「そうですよねぇ〜」と笑顔で迎合してしまいました。

    43歳、地方都市での「焦燥」
    昨年、20年勤めた会社を退職しました。 勤務していた会社が、定期的に転勤があったので、娘たちの進学を考え、今住んでいる北関東にある地元企業に転職するためでした。

    しかし、そこで現実を突きつけられたのでした。
    今までが身分不相応にそれなりの給料をいただいていたので、転職して給料が3分の2まで激減したのです。

    さらに追い打ちをかけたのが、娘たちの進路希望でした。

    上の娘の第一志望は、都内にある私立大学の附属高校。 もし合格すれば、卒業後は必然的に東京で一人暮らしをすることになるでしょう。 そして、下の娘も同じ進路を歩んだら……?

    計算してみて、血の気が引きました。 かかる教育費の総額は、この地方都市なら余裕で中古の一軒家が買えてしまうレベル。

    「こんなに金がかかるなら、そりゃ少子化にもなるわ……」 そんな、社会問題に対する無駄に説得力のある納得感とともに、私は暗たんたる気持ちになりました。


    元いた会社に「戻して」と泣きつく勇気もなければ、今の会社に「給料上げろ」と交渉する度胸もない。

    転職して自由な時間は増えたけれど、このままでは娘たちの夢を支えるどころか、家計が破綻する。そんな「確固たる不安」に突き動かされ、


    「本業の給料が減ったのなら、副業でなんとかするしかない」

    そう一念発起して、右往左往し始めたのが、ちょうど1年前くらいのことです。

    「とにかく何かしないと」と焦った私が手を出したのは、ネットでよく見る『誰でも稼げる』という甘い言葉の数々でした。


    週末の店舗せどり:
    店員の視線に耐えられず、乾電池だけを買って退散。

    スキルシェアでの人生相談:
    1ヶ月間、誰からも相談されないという無言の否定。

    AI画像生成の副業:
    絶世の美女を作ろうとしたら、指が6本あるクリーチャーが誕生。
    1時間かけて「虚無」が生成されました。

    20年間、会社の『備品』として言われたことだけをこなしてきた私にとって、ゼロから1円を稼ぐのは、SASUKEのそり立つ壁を登るより高い障壁でした。

    焦りは私を、さらに無謀な挑戦へと駆り立てました。
    今度はSNSの世界です。

    X(旧Twitter):
    「有益な発信」を試みるも、反応は業者からのいいね1つ。私の声はネットの海で完全に沈没しました。

    Instagram:
    「映え」を探して北関東を彷徨いましたが、カメラロールに残ったのは茶色い昼飯と近所の電信柱だけ。

    YouTube(Vlog):
    慣れないひとり喋りで必死に喋るも、再生して聞こえてきたのは「疲れ果てた滑舌の悪いおっさんのボソボソ声」。あまりの覇気のなさに、自分で自分の動画を低評価しそうになりました。

    20年間、決まった時間に決まった席に座っていれば給料がもらえた世界。 自分で自分を『売る』ことがこれほどまでに難しく、残酷だとは。

    結局、半年間で私が得たのは、わずかな小銭と、深い深い虚無感だけでした。

    そんな風に、ありとあらゆる「副業」に手を出しては玉砕し、「自分には一銭の価値もないのか」と打ちひしがれていた時のことです。。


    ふと、前の会社の同期のことを思い出しました。 彼は私と正反対で、仕事もできて、とにかくモテる。
    当時の私は、彼の「モテテク」を聞かされるたびに「自分には一生縁のない話だな」と、右から左へ受け流していました。

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    右から左へ受け流す♪

    でも、他に書くネタも、売るスキルもない。 藁にもすがる思いで、記憶の片隅にある「彼のモテの極意」を、自分の情けない体験談とセットにしてnoteに書いてみたんです。


    すると、信じられないことが起きました。

    「面白い」「役に立った」と反応があり、ポツポツと、本当にポツポツとですが、売れ始めたのです。


    あんなに必死にやったSNSも、せどりも、AI画像生成も、一円にすらならなかったのに。
    「モテない43歳が、モテる同期の知識を売る」という、なんとも皮肉な形で、私の人生に初めて「自力で稼ぐ」という光が差しました。


    正直、自分自身の才能ではありません。人から教わった「借り物」の知恵です。 でも、これが今の私にとって、暗闇の中で見つけた唯一の「糸」でした。


    そこからは、まさに必死でした。 「中の中」を維持してきた私の数少ない長所である「コツコツやる力」を、すべてnoteに注ぎ込んだんです。

    売れているnoteを片っ端から分析し、有料noteを買い漁って、それこそ穴が開くほど読み込みました。すると、ある日ふと気づいたんです。売れているnoteには、明確な「型」があることに。


    その「型」に、同期から教わったモテテクと、自分の情けない体験談を流し込んでみる。 すると、あんなに苦戦していたのが嘘のように、安定的に売上が立ち始めました。


    今ではひとつのアカウントで月10万円を稼げるようになり、その横展開としてアカウントも増やし始めています。


    「たった10万円」と思う人もいるかもしれません。でも、転職で給料が激減した私にとって、この10万円は奇跡のような変化をもたらしてくれました。

    ●スーパーで、娘たちがカゴに入れるお菓子を笑顔で許せるようになったこと。

    ●「もし会社をクビになっても、自分にはもう一つの柱がある」と、上司の顔色を伺わずに済むようになったこと。

    ●何より、将来への「確固たる不安」が、「なんとかなるかもしれない」という小さな安心に変わったこと。


    この10万円が、43歳の私の尊厳をギリギリのところで守ってくれています。

    そう決めて、今はこのnoteの世界にどっぷりと身を投じています。
    43歳、中の中のおっさんが、かつての同期の威光を借りつつ、研究に研究を重ねてどこまで生き延びられるのか。

    これは、出世を諦め、定時で帰り、必死に「自分と家族の居場所」を確保しようとする、一人の男の泥臭い生存戦略です。

    キラキラした天才の成功話ではありません。
    凡人が、凡人なりに試行錯誤して掴んだ「生き残るための型」。

    その型を、あますところなくnoteにまとめました。

    全10章+ドリル8本で構成された、ひとつの完結した教材です。
    20万字を超えた原稿から
    「余計な枝葉」をバッサリ切り落とし、
    副業初心者が90日で月10万円の安定収入を作るために
    必要なことだけを凝縮しました。


    文字数が膨大になりすぎたため、
    章ごとに分けてマガジン形式で販売しています。
    1章ずつ完結しているので、通勤時間や昼休みなど、
    隙間時間に少しずつ読み進めることができます。
    スマホで読みやすいように改行を多めにしてます。

    このマガジンを読み終えるころ、
    あなたのnoteは「ただの日記帳」から
    「24時間働き続ける自販機」へと変貌をとげます。

    SNSは不要です。
    特別なスキルも、知名度も、いりません。

    必要なのは、設計図と90日間だけです。


     
     
    出世を捨て「会社は定時までの茶番劇」と割り切る。給料激減、娘の教育費に震え、SNS副業に挑むも惨敗。挫折の末、売れるnoteを解剖し「稼げる型」を発見。月10万を安定させ複数垢を増殖中。43歳、北関東在住。▶まだ1円も稼いだことがない方へ。無料レポートは固定記事から

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