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「?」は人生を変える魔法の言葉なんだよ、という話

    人生ナビゲーターきみこです。

    子供の頃のことですが、聞かれたことに答えたつもりが、頭ごなしに叱られたことがありました。それも一度ならず。

    相手は自分の親だったり、あるいは、小学校の頃の担任の先生だったと記憶しています。


    大体は、こういう状況です。

    わたしの行動、あるいは、行動しなかったことに対して、親や先生がこう言います。

    「なぜ、そんなことをするんだ」
    「どうして、やらなかったんだ」

    それで、わたしはこう答えます。

    「〇〇だったから、やった」
    「〇〇だと思って、やらなかった」

    こちらとしては、聞かれたことに素直に答えたのに、必ずと言っていいほど、こんな調子で叱られます。

    「口答えするんじゃない」
    「生意気だ」

    わたしの頭の中は大パニック(>_<)

    なんで!?
    聞かれたから答えたのに、なんで怒られるの!?

    子供というものは、大人の感情(特に怒り)にとても敏感です。
    (なんといっても、自分の生存がかかっていますからね)

    強い感情を浴びせられたら、一瞬にして身体が固まります。
    心も固まります。声も出ません。

    *

    聞かれたから、答えた。なのに叱られる…
    理不尽ですよね。
    子供心にも、そんなのおかしい!と思いました。

    「なぜ」や「どうして」という言葉は、普段、何かを質問する時に使いますよね。

    とくに子供はこの言葉を連発します。親がウンザリするぐらいに(笑)

    「あれはなに?」「これはどうして?」
    そうやって、周りの大人たちから、いろいろなことを教わっていきます。

    だから子供にとってはとても馴染みのある「世界を広げてくれる魔法の言葉」です。

    それなのに……なぜ?

    子供からすれば、訳が分からなくて当然ですよね。

    *

    疑問文とまったく同じ文章が、疑問文ではない表現として使われる。
    しかもそれが、時にとても強い感情的な表現になる。

    あらためて考えてみたら、フシギです。

    それで、Aiにその仕組みについて説明してもらいました。

    ここでは細かな文法的な解説は省きますが、つまりは「反語表現として使われている」というのがその正体でした。


    反語って、学校で習ったと思いますが、たとえば、こういう言い方。

    • 誰がそんなことをするのか ➡(誰もしない)

    • それが何になる ➡(何もならない・意味がない)

    つまり、言っていることの言葉上の意味とは異なることを表現する方法のこと。

    *

    これが、感動の表現ならいいんですが、相手に対する強い感情的な非難として使われることもよくあります。(日常では、こっちがほとんどです)

    それが、最初に上げた、理不尽に叱られるケースでした。


    「なぜ、そんなことをするんだ!」
    ➡
    理由をきいているのではなくて、相手の行動への非難、否定、不快感の表現。

    「どうして、やらなかったんだ!」
    ➡
    理由をきいているのではなくて、やらなかったことへの叱責。


    反語というのは、間接的表現方法です。
    言葉の裏の意味なんて、子供に、わかるわけがありません (>_<)

    そして、うっかり何か答えたら、さらに叱られます。
    まさに、理不尽な話です。

    *

    その時の親や先生は、なにも意識せずに、反射的にこういう言い方をしたのでしょう。
    感情をぶつける表現です。
    理性の判断で出てくる言い方ではありませんから。

    でも、こういう言葉を、子供の頃に繰り返し聞かされ、そのたびに自分を否定されていると、そのパターンが無意識に記憶されてしまうんですよね。

    たとえば、こういう言い方。

    「なんで、わたしは…」
    「どうして、わたしだけ…」

    こうしたフレーズの後ろに続くのは、
    「〇〇ができない」
    「〇〇を持っていない」
    と言った、自分を否定する言葉です。

    *

    「なぜ!」「どうして!」と、反語的に使ってしまうと、そこから抜け出すことができなくなります。
    だって、もうすでに、否定の結末が決まっているのですから。

    これが、本当にもったいないというか、悲しいと思うのです。


    本来は、可能性を拓く言葉のはずです。

    「なぜ?」「どうして?」「なに?」

    ちゃんと疑問文として使っていたら、そこから世界が広がります。

    そうやって、新しいことを知り、はじめての体験をし、モノゴトへの理解を深めて、今の自分が作られてきました。

    その魔法のキーワードが、自己否定や自分いじめの引き金になってしまうなんて、理不尽すぎます(>_<)

    まるで、呪いのようです。

    *

    逆に考えると、「なぜ?」「どうして?」「なに?」といった、疑問文で使う言葉には、とても強いパワーが秘められている、ということでもありますよね。

    どっち側で使うか、の違いだけです。

    ライトモードか、ダークモードか。
    道を開く呪文か、闇落ちの呪いか。


    たとえば――

    「なんで、あの人はあんなこと言うのよ!」

    と、ムカつくことがあった時には、わたしはすぐに、こう言い換えるようにしています。

    「なんで、あの人はあんなことを言ったんだろう?」

    同じ言葉を疑問文で言い直します。

    そうすると、フシギなぐらいに心のイライラが薄れていきます。
    理性的に相手の状況を観察したり、推察したりできるようになります。

    脳のスイッチが、カチッと切り替わる感じですね。

    *

    ビックリマーク「!」で考えている自分に気づいたら、はてなマーク「?」にピピっと変換。

    それだけで、見える世界が一変します。


    人に対して向ける言葉は、そのまま、自分に対しても向けている言葉です。

    自分自身への否定的な「!」は、無意識のクセになっていることが多いので、自分では気づきにくいけれど、人に対して感じることなら、案外気づけるものです。

    だから、そこから書き直していきます。

    そうするうちに、なにかしくじった時でも、自分に対して「なにしてんのよ、きみこ!」みたいな全否定をしなくなりました。

    地道ですが、ちゃんと効果がありますよ。
    若い頃の自分に教えてあげたい (;''∀'')

    *

    「なんで!」と人を責める人は、自分に対しても同じ言葉を浴びせる自己肯定感の低い状態である可能性が高いです。
    自分の親を思い出すと、そういうことだったのだろうと、思います。

    もし、あの頃の若かった両親に、このことを伝えられるなら?

    わたしは今頃、別人に育っていたかもしれませんが、それはそれで、どうかなあ、と思います(;'∀')

    ただ両親が、もう少し楽な気持ち、幸せな気持ちで生きられただろうと思うと、ちょっとだけ、残念です。


    【エッセイしりとり】のバトンをつないで

    Kindle出版コンサルタント&デザイナーの後藤あゆみさんから「エッセイしりとり」のバトンを受け取りました。

    しりとりなので、タイトルの最後の一文字をつないでいくルール。
    『イマココって、どこ?』なら「こ」なのですが、ふと閃くものがあって、ちょっとヘソ曲がりなわたしは、あえて「?」の一字をいただきました (^^)

    企画の主催はマイキーさんという方です。
    楽しい企画をありがとうございます!

    書き終わったら、次にバトンを渡したい人を指名できるということで、おつき合いのあるnote仲間に(勝手に)つなぎます。
    (※もちろんスルーしてもらってもOKですので、お気軽にお願いします)

    ▼おじぞう/スギオカカズキさん

    ▼夢明(ムーミン)さん


    最後まで記事を読んでくださり、ありがとうございます。

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    「わたしの幸せ」な生き方を手に入れましょう。本来の自分を取り戻して心の奥に秘めた「夢と未来」を形にしましょう。 あなたの内なる【人生ナビ】が指し示す道を、一歩ずつ進んでいきましょう。 実践心理スキル、脳科学、瞑想をベースに、あなたのナビの使い方をわたしがナビゲートします。

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