
支援する人も、支援される人になる
【支援する側だった私】
私はこれまで、どちらかというと「支援する側」にいることが多かった。
歯科衛生士として働き、その後は障害福祉の仕事にも携わった。
困っている人がいれば、どうしたらいいか考える。
何が必要なのか考える。
本人が言葉にできないことを、代わりに伝えることもある。
そんなことを、仕事の中では当たり前のようにしてきた。
だから、自分が「支援される側」になるなんて、あまり考えたことがなかった。
【支援される側になって、初めて見えたこと】
病気になって仕事を離れ、精神科病院に入院した。
それまで自分で何とかしていたことが、できなくなった。
誰かに頼らなければならない。
相談しなければならない。
自分だけでは判断できないことについて、誰かの力を借りる。
そこで初めて、
「支援を受けるって、こういうことなんだ」
と、少しずつ分かっていった。
【「何を相談したらいいのか」が分からない】
そして、もう一つ分かったことがある。
支援を必要としている人は、最初から
「私は○○の支援が必要です」
とは言えないことがある。
私自身がそうだった。
仕事の問題があった。
家庭の問題もあった。
心身の調子も崩れていった。
でも、その時点で私は、
「これは家庭の問題」
「これは労働問題」
「これは心の問題」
なんて、きれいに分類できていたわけではない。
【支援から支援へ】
だから、いくつもの窓口に相談した。
労働問題について相談したこともある。
法テラスにも相談した。
弁護士会の労働相談にも行った。
そこで、思っていたような答えが得られなかったこともあった。
「勝てない」と言われても、そのときの私は、そもそも「勝つ」「負ける」ということを考えていたわけではなかった。
ただ、
「どうしたらいいのか分からない」
という状態だった。
家庭の中でも安心して過ごすことが難しくなり、
法テラスに相談したり、女性相談の窓口につながったりする中で、ある支援団体を紹介してもらった。
そして、そこで労働問題も抱えていることを話したことで、別の支援につながっていった。
【一つの窓口ですべて解決するわけじゃない】
振り返ってみると、私は一つの窓口に行って、そこで全部解決したわけではない。
一つ相談したら、次の相談先につながった。
その先で、また別の支援につながった。
つまり私は、「支援を受けた」というより、
「支援から支援へ、つないでもらった」
のだと思う。
【支援する側だった私が、支援につながった】
以前の職場では、労働組合とのやり取りを会社側の事務方として準備した経験もあった。
そのときは、自分が支援を受ける側になるなんて考えていなかった。
立場が変われば、同じ『支援』というものの見え方も変わる。
支援する側から見えていた景色と、
支援される側から見える景色は、
同じ場所にいても、まったく違うものだった。
【支援する人と、支援される人】
だから今、社会福祉士を目指して勉強している私は、
「支援する人」と「支援される人」を、完全に別の存在として考えないほうがいいのではないかと思っている。
人は、ずっと支援する側でいられるわけではない。
病気になることもある。
仕事を失うこともある。
家族との関係が変わることもある。
突然、自分一人では抱えきれない問題に出会うこともある。
逆に、支援を受けていた人が、今度は誰かを支える側になることもある。
【私が、これから大切にしたいこと】
支援する人も、支援される人になる。
そして、支援される人も、いつか誰かを支える人になる。
その境目は、思っているほどはっきりしたものではないのかもしれない。
だから私は、これからも「支援する側」だけの視点ではなく、
「支援される側だった自分」の視点も、大切にしていきたい。
相談することの難しさ。
どこに相談したらいいのか分からない苦しさ。
窓口に行っても、うまく説明できないもどかしさ。
そして、誰かが一緒に次の場所までつないでくれることの心強さ。
それを、自分の経験として知ったから。
【橋をかける側へ】
たぶん、これから私がやりたいことも、そこにある。
すべてを自分で解決することではない。
必要な人が、必要な支援につながれるようにすること。
「どこに相談したらいいか分からない」というところから、一緒に整理すること。
そして、必要なら次の人、次の制度、次の場所へ橋をかけること。
支援する側だった私が、支援される側になったからこそ見えたもの。
それを、これからの自分の学びや仕事につなげていきたいと思っている。
#CoinBridge
「構造を言語化し、現場と制度をつなぎ、相談できる状態まで橋渡しする。」