
【歩】105km歩いてみ?飛ぶぞ。
とにかく歩いた。
ひたすら歩いた。本気で歩いた。限界まで歩いた。これでもかというほど歩いた。
そんな105kmだった。
◇
会場に到着した時には、既に多くの参加者が集まっていた。外国の方も多くいた。人目もはばからずイチャついていた。
じっと見ていた。うらやましい気持ちもあった。会場まで送ってくれた嫁さんはイチャイチャしてくれなかった。
同じ大会に出る職場の先輩が到着した。ふたりでスタート地点に向かった。少しの緊張と大きな興奮を覚えていた。
いよいよ、大会がはじまる。
◇
スタートしてから1時間は集団から抜け出せなかった。皆で同じ場所を目指して歩く光景は、若き日の遠足のように見えた。
先輩と一緒に歩いていた。彼の歩行速度は私より速かった。集団が途切れたタイミングで先輩とは別れた。彼の速さにはついていけなかった。
ひとりになると急に寂しい気持ちになった。今から自分との戦いがはじまる感覚があった。戦う相手は他でもなく自分だと気づいた。
大会に参加した理由を思い出していた。完歩したら死ぬつもりだった。数年前に罹患した病気の後遺症がツライのだ。身体ひとつ自由に動かせなくなった。痛かった。キツかった。
この身体でなにかをやり遂げて死ぬつもりだった。嫁さんがそれを止めた。私は生きることを選んだ。この大会は自分との戦いだ。時間内にゴールできなくてもよかった。ただ、完歩だけを狙っていた。
◇
32㎞地点が第1チェックポイントだった。既に脚は悲鳴を上げていた。スタッフの方が用意してくれていたパンとバナナを食べた。
現段階で多くのリタイヤが出ていることも知った。大会に参加したことだけでも凄いことだ。お疲れさまでしたと心で伝え、また歩き出した。
歩き出してからも脚は痛かった。それでも歩くと決めたのだから歩いた。次のチェックポイントは50㎞地点。まだまだ始まったばかりだ。
前を歩く人に引っ張られ、練習の時より歩行速度は速かった。どんどん身体が前に進んだ。それに比例するように脚は痛くなった。
自分のペースを守れなかった。しかしそれがよかった。自分が思うより速く進むのは気持ちがよかった。痛みより快楽が勝った。
まだまだ歩けると思った。
◇
50㎞地点。第2チェックポイントに到着した。歩き始めて10時間が経過していた。満身創痍。今の自分にピッタリな言葉だと思った。
スタッフの方が用意してくれていたおにぎりとみそ汁を食べた。ここまで美味しいおにぎりとみそ汁ははじめてだと感動した。
食べている目の前で、立っていた外国の方が意識を失った。白目を剥く彼を相方が後ろから支えながら座らせた。私はなにもできなかった。
スタッフに運ばれる彼にもお疲れさまでしたと伝えた。参加した誰もが満身創痍で戦っているのだ。歩く理由は知らない。それでも目的地は同じだ。
痛み止めを飲んで、ふたたび歩き出した。
残り半分。
◇
峠を越えたとき、いよいよ脚が限界を迎えた。踵にできたマメが潰れた感覚があった。痛み止めが効かないことを知った。
50kmを超える歩行ははじめてだった。そもそもなんで歩かないといけないのだと、歩くと決めた過去の自分を憎んだ。お前のせいで今の俺は苦しんでるぞと伝えたかった。
それでも絶対に脚は止めないと決めていた。どれだけ憎くても、過去の自分をもう裏切りたくなかった。
気合で乗り越えるしかなかった。速く歩こうが遅く歩こうが、痛みに違いがないことを知った。それならと速度を上げた。
24時間内にゴール出来るかもしれないと思った。思ったからにはゴールしようと決めた。今の自分が、さらに自分に期待した。
この期待も裏切りたくなかった。
◇
73km地点。第3チェックポイントの少し手前で職場の方が差し入れに来てくれた。時刻は深夜2時、本日10時から仕事の彼が来てくれたことは嬉しかった。
差し入れのおにぎりとコーヒーはチェックポイントに着く前に食べてしまった。歩きながら食べるおにぎりも格別だった。
チェックポイントでは何も食べず、ただ脚を休めた。歩き始めて14時間、なかなかのペースだった。
痛みは限界を超えていた。どれだけ休んでも痛みは取れず、疲労も眠気も容赦なかった。あらためて歩く理由を考えたが、既に理由などどうでも良くなっていた。
歩くと決めたから歩く。
それだけで良かった。周りの参加者も疲労を隠してはいなかった。それでも皆が笑顔だった。支えてくれているスタッフの応援にも癒やされた。
まだ、歩けると知った。
◇
最後の峠を前に、いよいよ痛みに耐えられなくなった。左足の踵、マメが潰れたところが痛い。応急処置と用量を超えた痛み止めの服用で乗り越えた。
明日どうなってもいい、今はただ歩くだけだった。限界など簡単に超えられることを知った。限界を決めたのが自分だと知った。
歩行速度を上げた。もう、痛くない。自分に嘘をついて峠を越えた。どこまでだって行ける。そんな気がした。
◇
95km地点。第4チェックポイントに到着した時、すでに先輩は完歩していた。素直に誇らしかった。それと同じくらいに悔しかった。
戦う相手は自分だと言い聞かせた。先輩は自分と戦って勝ったのだ。私と戦っているわけではない。私もまた同じだった。
相手は、自分だ。
残りは10km。ここまで19時間も歩いていた。制限時間は残り5時間。何もなければ時間以内に完歩を狙える距離だった。
後はもう、歩くか、歩きまくるか。
◇
身体のどこにも弱音はなかった。痛い、歩けない、苦しい、ツライ、どこにもなかった。歩くことしかできないのだから、歩くことを全力で楽しんだ。
完歩した先輩から連絡があった。私のゴールを待つとのことだ。疲れているであろう身体で待ってくれている。歩く理由がひとつ増えた。
嫁さんからも連絡があった。ゴールで待つと。歩く理由がもうひとつ増えた。待つ人がいるというだけで、私は更に速度を上げることができた。
あと少しで終わる。楽しんでいた。
◇
ゴールまで1km地点で先輩と合流した。歩みは止めなかった。先輩は並んで歩いてくれた。着替えて荷物も背負っているのに、私の全力に悠々と並行する先輩に恐怖すら覚えた。しかし心強かった。
今までの最高速度で歩いていた。息も切れていた。苦しい、痛い、ツライ、キツイ。ここに来てどんと弱音が出てきた。その弱音を気合だけで押し殺した。
明日なんかどうでもいい。今、全力を出さないで、明日なんか求めるなよ。
自分の声だと気づいた。声には出ていなかった。どうでもいい。より速く、ただ歩いた。
ゴールテープが見えたとき、そのそばに家族が待っていた。込み上げるものがあった。まだだ、まだ気を抜くなと言い聞かせた。目頭は熱くなっていた。
ゴール直前、私はその場にいる皆に頭を下げていた。吐き出した言葉はありがとうございましただった。無意識に心は感謝でいっぱいだったと気づいた。
運営スタッフ、ボランティアの方々、応援に駆けつけた地元住人、先にゴールした参加者とその家族、一緒に参加した先輩、自分の家族、すべてに感謝しかなかった。
20時間53分でゴールした。完歩できるとも、ましてや制限時間内に歩けるとは思ってなかった。出来ないと決めつけていたのは自分だけだった。
やってみないとわからないのだと知った。戦うべき敵は、やはり自分だった。参加を決めた過去の自分に、ようやく胸を張れる気がした。
歩いた理由など、どうでも良くなっていた。完歩した喜びより先に感謝が溢れ出してきた。涙は流れなかった。
熱いままの目を擦った。
汗で汚れた手で擦ったせいで、目が痛くなった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
ひとりのオッサンが戦ったというだけの日記です。
それでは、佐世保の隅っこからウバでした。