
死ひとつ
奈良市在住の定年退職教員で、やぶきひでお と申します。

◎ 大地震が起きた熊本県で被災された方々にお見舞い申し上げます。
昨日、書店で文庫本を買って帰宅したら、玄関の真ん前でアブラゼミが一匹仰向けになって死んでいた。四十分ほど前には見られなかった光景である。濃い茶色に黒い斑点模様の羽根は裏から見ても同じである。手足を中央へ整えているように見えた。
なぜこんな人工的なところで死んだのか。生木の下とか草の中とか、ふさわしい死に場所があったであろうに。死に場所を選ぶ余裕がなかったのであろう。一生懸命に鳴き続け力尽きたのであろう。
アブラゼミの中には鳴くところもあまり選ばないのが居る。軒下とか外柱とか、乾ききった材にとまって鳴くのが居る。生木にとまって鳴くのなら多少の湿気もあり過ごし易いだろうが、軒下とか外柱で鳴くのは鳴きにくいのではないだろうか。そんなアブラゼミが一匹、何にも拘泥することなく玄関の真ん前で死んでいた。
私は死んでいるアブラゼミをそのままにして、家の中に入り汗を拭き麦茶を飲み、猛暑にあてられた身体を労わった。死んだアブラゼミは死ぬ前に身体を労わるということをしなかっただろう。そのことを思うと、私の身体がほんの少し震えた。動物としてはアブラゼミも私も同じなのにと思った。仕方の無いことだとも思った。私の脳裡を占めたのは、死ひとつだけであった。