
トランサーフィンワーク 74日目
ヴァジム・ゼランドの『78日間実践マニュアル』に則りながらも、きらら舎的な世界観で翻訳して、実践マニュアルを進めています。
原文はほとんど書きませんので、興味のある方は、本を買ってみてください。
74日目:欲ばりな魂
ケチな理性と欲張りな魂は、セットだと思うので、続けていきます。
ただ、ヴァジムのいう夢。
豪邸、ヨット、地中海に浮かぶ自分の島、社長・・・・
これが大きな夢で
今のあなたのリクエストがどれだけ謙虚なものかわかりますか?
・・・・・ってさ。
豪邸買ったら固定資産税が高いじゃん。
掃除が大変じゃん。
掃除は誰かに頼めばいい?
誰が家の中の掃除をするのは気が進まない。
社長?人の管理が一番大変なのに・・・・・
あああ。庶民ですねww
ヴァジムの「夢」は彼に任せておくとして。
73日目には
魂と理性の一致によって初めて、外的意図という不思議な力が生まれ、どんなことでもできるようになるのです。
なのに、74日目は
魂は理性に「黙ってて!」って言う必要があると書いてあります。
ここで疑問が生まれます。
それは「一致」ではなく「服従」じゃないか?って。
例えば、
魂「ヨットが欲しい!」
理性「 維持管理はどうする?」
魂「そんなこと考えなくていい!」
これで理性が黙ったとしても、理性が納得したわけじゃないですね。
魂と理性の一致によって初めて、外的意図という不思議な力が生まれ、どんなことでもできるようになるのです・・・・っていっているのに。
ただ、ヴァジムを擁護する解釈もできます。
彼が言いたいのは「理性は判断するな」ではなく、「実現方法がわからないという理由だけで、願望を却下するな」ということかもしれません。
それなら73日目と74日目はぎりぎり両立します。
でも、その区別を明確にしないまま、理性を「ケチ」と呼び、「わがまま」といいながらも魂の望みを優先させるから、話が混乱するんです。
そして、昨日の図書館の例では、理性は魂の願望を否定していませんでした。
理性が現実的な条件を考えたからこそ、魂の望みを育てる環境ができたわけです。
理性は魂の敵ではなく、魂の願いを現実の生活につなぐ役割を果たしていました。
「魂と理性が一致する」とは、そもそも何をもって一致したと判断するのか?
という疑問がまた生まれてきそうです。
だから、今日の分は、ヴァジムに賛成しないままとしておきます。