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HSPの私が、怒れない理由と怒らない選択

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    あなたは怒られたとき、どう感じますか。

    声を荒げられた瞬間、心臓がどきっとする。体がこわばる。その言葉が頭の中でリプレイされて、夜になっても消えない。

    HSPの人間にとって、他者からの怒りは単なる感情のぶつかり合いではない。全身で受け取ってしまう、鋭い刺激だ。

    だからこそ私は、人に怒りをぶつけることができなくなった。


    かつての私は、よく怒っていた

    子どもの頃の私は、今とはまるで違った。

    兄弟喧嘩は毎日のように殴り合いになった。兄に対して罵声を浴びせるがごとく怒り狂ったこともある。中学時代には、体育の授業中に柔道部の同級生と些細なことで殴り合いになり、親を呼ばれたこともあった。

    理不尽なことに対して、感情をそのまま相手にぶつけていた。それが当たり前だと思っていた。

    高校生になるにつれ、少しずつ変わっていった。感情を相手にぶつけることが減っていった。前頭葉が発達して、自我をコントロールできるようになってきたからかもしれない。でもあの頃はまだ、怒ろうと思えば怒れた。怒らない選択をしていただけで、怒る力は持っていた。

    本当に怒れなくなったのは、社会人1年目の出来事からだと思っている。


    トラウマが、怒りの回路を書き換えた

    社会人1年目、私は毎晩23時まで罵倒され続けた。

    怒鳴られた。否定された。感情をぶつけられ続けた。そのたびに体がすくんだ。言葉が頭の中でリプレイされた。眠れない夜が続いた。

    その経験が、私の中に深く刻み込んだ。

    感情をぶつけられて、気分のいい人間なんていない。

    怒りをぶつけることで、相手は委縮するか、逆に返してくるかのどちらかしかない。どちらにしても、いい結末は迎えない。

    そのことが、体でわかった。

    だから今、怒ろうとする瞬間、咄嗟に怒られた側の気持ちがわかってしまう。感情をぶつける前に、その人の表情が浮かんでしまう。

    それが、私が怒れない理由だ。


    アドラーと、アンガーマネジメントの出会い

    その後、アドラー心理学を学んだ。アンガーマネジメントも勉強した。

    アドラーはこう言う。怒りは相手をコントロールするための道具でしかない、と。その言葉は、自分の経験と完全に一致していた。

    今は、ほとんどの怒りを理性で抑えられるようになっている。フロイトの防衛機制で言えば「昇華」に近い状態かもしれない。感情を別の形に変換して、相手にぶつけない。

    完璧ではない。イライラすることもある。嫌なことも当然ある。でも感情のまま相手にぶつけることは、ほとんどなくなった。


    「なんで怒ってくれないの」と泣かれた日

    結婚2ヶ月前のことだ。式場はすでに予約していた。招待状も送っていた。

    そのタイミングで、妻が突然感情をぶつけてきた。

    「もう結婚なんかしたくない。やめる」

    泣きながら、そう言った。

    私には心当たりがなかった。正直、頭がパニックになった。世間体のことも頭をよぎった。少し怒りそうになった。

    でも怒れなかった。

    相手が感情的になっているときに、自分まで感情的になっても意味がない。そう思ったから。

    しばらくして、妻はこう言った。

    「なんでこんなん言ったのに、怒ってくれないの」

    その言葉が、今でも刺さっている。

    冷静に対処しようとしたことで、逆に怒られてしまった。怒れない自分を、情けないと思った瞬間だった。


    怒らないことで、得たもの

    怒らないことには、メリットもある。

    職場で後輩が増えてくると、気軽に相談してくれるようになった。業務外のことまで頼られるようになった。人生相談も、パソコンの使い方も。誰に聞いても「第一印象が優しそう」と言われる。

    それは、怒りをぶつけないことが積み重なって作られたものだと思っている。


    それでも、不安がある

    怒れないことには、弱さもある。

    正直に言えば、自分が怒られるのが嫌だからこそ身についたものだ。恐怖から生まれた「怒らない選択」でもある。

    そして今、一つの不安がある。

    自分の家族に何かあったとき、本気で怒れるのだろうか。

    昨今、子どもが傷つけられるニュースを目にすることがある。そういう場面で、必要な時に必要な感情を出すことができるのか。それがすごく不安だ。

    怒らないことは選択できる。でも怒れないことは、弱さかもしれない。

    その境界線を、私はまだ探している。


    HSPで怒れない、あなたへ

    怒れないことは、決して欠点だけではない。

    感情をぶつけられた痛みを知っているからこそ、人に同じことをしない。それは、誰かを守る力になることがある。

    でも同時に、必要な場面で感情を出せないことへの不安も、正直に持っておいていい。

    怒らない選択と、怒れない弱さ。その両方を抱えながら、今日も生きている。

    それでいいんじゃないかと、今は思っている。

    作業療法士16年目|特養・ユニットケア勤務|元認知症ケア指導管理士|HSP・ISFJ

    この記事を読んで、もう少し深く知りたいと思ってくれた方へ。

    HSPとして16年間働いてきた経験と、自分自身が消耗しながら気づいてきたことを一冊にまとめました。怒れない自分、傷つきやすい自分を抱えながらも、壊れずに働き続けるためのヒントを書いています。

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