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『そして父になる』を、父親になって3年後に観た

    『そして父になる』を初めて観ました。公開は2013年なので、もう13年前の映画です。ずっと観ないままで、息子が3歳になった今になって、ようやく観ました。

    ※以下、結末に触れます。

    物語は、6歳の息子が病院で取り違えられた子だったと分かるところから始まります。福山雅治が演じる良多は、大手の建設会社に勤める父親で、息子の慶多にピアノを習わせ、小学校受験をさせ、自分の考える「ちゃんとした子」に育てようとしている。そこへ、血のつながった息子は別の家庭で育っていたと知らされます。

    血か、一緒に過ごした時間か。この映画がそれを問うていることは、観る前から知っていました。ただ、観終わって残ったのは、その問いとは少し違うところでした。

    見る側だったはずの良多

    良多は、ずっと慶多を見ている人です。ピアノが上達しないこと。優しすぎて競争に向かないこと。自分に似ていないこと。どう育てればいいか。

    見ているというより、測っている、に近いかもしれません。慶多がどういう子かというより、自分の物差しに慶多がどれくらい合っているかを見ている。取り違えを知らされたときに良多がこぼす「やっぱりそういうことか」という一言は、その物差しがずっと前からあったことを、うっかり口に出してしまったように聞こえました。

    観ている間、私はそれを責める気にはなれませんでした。物差しの中身は違っても、子どもを見るときに自分の基準が混ざるのは、たぶん誰でもそうだからです。

    一番残ったのは終盤です。良多が、慶多の使っていたカメラの写真を見る場面。そこには、寝ている良多の姿が何枚も写っていました。慶多が、良多の知らないところで撮っていた写真です。

    良多は慶多を見る側だった。そう思って観ていたのに、慶多の方もずっと父親を見ていた。しかも、良多が見られていると思っていない、寝ているときの姿を。

    観たあとで知ったのですが、是枝監督はこの映画を作っていた当時、3歳の子どもの父親でした。「なかなか一緒にいる時間のない子どもと父親が、どうつながっていくんだということに日々悩んでいた」と話していて、「ここ数日、子どもが僕の寝顔しか見ていない」と気づいた出来事もあったそうです。その話を知ると、慶多のカメラに写っていた寝顔の場面が、少し違って見えました。

    ここが、私の引っかかりの入り口でした。

    似ているから分かる、わけではない

    息子は3歳です。一緒にいると、自分が子どもだった頃との共通点を感じることがあります。暗い場所を怖がる。知らない場所では警戒する。遊び方にも、自分なりのこだわりがある。

    そういう姿を見ると、分かる、と思います。自分もそうだった。血がつながっているから、と意識しているわけではなくて、「この感じ、自分にもあったな」と、子どもの頃を思い出す感覚に近いです。

    それはそれで、悪いことではないと思っています。

    ただ、映画を観たあとで考えると、少し気になることがある。「分かる」と思った瞬間、私が見ているのは息子なのか、昔の自分なのか。

    暗い場所を怖がる息子を見て「自分もそうだった」と思うとき、私は息子が今なぜ怖がっているのかを、ちゃんと見ていない可能性があります。自分の記憶で答え合わせをして、それで分かった気になっている。「分かる」と思ったところで、私は息子を見るのを少し止めてしまっているのかもしれません。

    良多は、自分に似ていないところを見て慶多を測っていました。私は逆に、似ているところを見つけて安心している。向きは違いますが、息子そのものではなく自分を基準にして見ているという点では、あまり変わらないのかもしれません。

    もう一つ、最近あったことです。家では、息子の着替えをずっと親がやっていました。ところが保育園の先生から、園では自分で服を脱いで、自分で着替えていますと聞きました。

    家で「自分でできる」と思っていなかった、というのとも少し違います。着替えは親がやる流れになっていて、できるかどうかを考えたことすらなかった。毎日見ている息子なのに、私の知らない息子が、園では普通にいた。

    似ているから分かる、とは限らない。毎日一緒にいるから分かる、とも限らない。映画を観て言葉になったのは、そのくらいのことです。

    大きな結論が出たわけではありません。映画のような出来事が起きたわけでもないし、「父親とはこういうものだ」と思えたわけでもない。

    現実はもっと小さい場面の積み重ねです。息子が怖がる。遊ぶ。何かにこだわる。気づかないうちに、できることが増えている。そういうものを見ながら、この子はこういう子なんだと少しずつ知っていくしかない。父親になって3年経ちましたが、まだ知らないことがあります。

    息子は、暗い廊下を一人では歩きたがりません。夜も、暗い場所では手をつなぎたがります。

    自分もそうだった、とやっぱり思います。

    でも、それだけで分かったことにはしたくない。

    手をつないで歩きながら、息子が何を怖がっているのかを見る。たぶん、父親になるというのは、そういうことを何度も繰り返していくことなのだと思います。


    参考
    ・是枝裕和監督インタビュー(映画.com)
    https://eiga.com/movie/58060/interview/

    表紙画像
    映画『そして父になる』場面写真 ©2013『そして父になる』製作委員会(映画.com フォトギャラリーより)
    https://eiga.com/movie/58060/gallery/4/

     
     
    映画を観て考えたこと、AIを仕事で試したこと、3歳の息子との日々。情シスの会社員が、日常で引っかかったことを文章にしています。SF・サスペンス・ミステリー多め🎬

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