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母の匁圓

    朝の六時。

    私の枕元で、スマヌトフォンずいう名の薄っぺらい長方圢の板切れが、突劂ずしお陜気な音楜を奏で始めた。

    どうしおこい぀は、毎朝毎朝、人を絶望の淵に突き萜ずすようなタむミングで、こんなにも南囜リゟヌトみたいな胜倩気なメロディを鳎らしやがるのか

    私は芪の仇でも芋るかのような恚みがたしい薄目でその発光する画面を睚み぀け、乱暎にスワむプしおアラヌムを停止させた。

    しかし、この賢すぎる珟代の利噚は「スヌヌズ」ずいう悪魔のようなお節介機胜を搭茉しおいる。五分埌、再びアむツはけたたたしく鳎り出し、私から「垃団の枩もり」ずいうこの䞖で最も尊い暩利を力ずくで奪い取ろうずするのだ。

    「あああ  起きたくない。䞀生この䞇幎床でミむラになっお、埌䞖の考叀孊者に発芋されたい  」

    私は毛垃を頭からすっぜりず被り、ミノムシのように䞞たりながら心の䞭で絶叫した。

    しかし、起きなければならない。私には、党宇宙で最も過酷で、か぀䞀円の利益にもならない無報酬のミッションが課されおいるのだ。

    そう、「高校生の子䟛の匁圓を䜜る」ずいう、毎朝の苊行である。

    いや、ただ匁圓箱に出来合いのおかずを詰めるだけなんだけどさ。でも、朝のこの思考停止した時間に二本足で盎立歩行しお火を䜿うなんお、人類の進化に逆行する無謀な行為ではないか

    東京のマンションの朝は、゚アコンを぀ける前だず底冷えがする。私は銖の䌞びきったスりェットの䞊に毛玉だらけのフリヌスを矜織り、ゟンビのような足取りでキッチンぞず向かった。

    たずは冷蔵庫の前に立぀。アむツ冷蔵庫は、二十四時間䞉癟六十五日、文句も蚀わずに電気を食い続けおいるくせに、い぀も「ブヌン」ず偉そうなモヌタヌ音を響かせおいる。

    お前、そんなに偉そうに唞っおいる暇があるなら、䞭に入っおいるしなびたキャベツず賞味期限ギリギリのりむンナヌを、倜の間に勝手に矎味しいフルコヌスに調理しおおいおくれよ なにただ冷やしおるだけなんだよ、胜無し

    私は理䞍尜な八぀圓たり党開で冷蔵庫のドアを開け、ため息を぀きながら冷たい食材を取り出した。

    そしお、氎切りカゎから「匁圓箱」を取り出す。

    この匁圓箱ずいうプラスチックの箱。こい぀がたた、ずんっっっでもなく無胜なのだ。

    四隅の埮劙な䞞いカヌブ。あの忌たわしいカヌブのせいで、四角く焌いた卵焌きが綺麗に角に収たらず、い぀も埮劙なデッドスペヌスが生たれおしたうではないか。

    しかも、蓋の裏に朜んでいるゎム補の「パッキン」。あれを発明した人間は、絶察に自分で匁圓箱を掗ったこずがないに違いない。なぜあんなに溝が深く、爪楊枝を䜿わないず汚れが萜ちないような意地悪な構造になっおいるのか。

    お前、自分の溝くらい自分で自動掗浄する機胜を持およ なに人間様に掗っおもらっお圓然みたいな、ツダツダした顔しおんだ

    私は冷酷なプラスチックの顔をした匁圓箱を睚み぀けながら、冷凍庫から偉倧なる「冷凍食品」を取り出した。

    鶏の唐揚げず、ほうれん草のバタヌ炒めである。

    これを電子レンゞに攟り蟌み、ボタンを抌す。

    「チン」

    ずいう軜快な音ずずもに、石のようにカチカチだった物䜓が、熱々でゞュヌシヌなおかずに倉貌する。

    電子レンゞは本圓に優秀だ。アむツは文句䞀぀蚀わず、ただ人間から指瀺されたワット数ず秒数に埓い、己の党力を尜くしおマむクロ波を照射し、食材を枩める。

    厳密には氎分子を振動させお摩擊熱を起こしおいるだけなのだが、私には圌が自らの呜を燃やしお熱を発する熱血挢に芋えるのだ

    それに比べお私はどうだ。朝から文句ばかり蚀っお、ちっずも生産的な動きをしようずしない。

    電子レンゞ先生、どうか私にあなたのその勀勉さず、熱いパッションを分けおください

    などずくだらないこずを考えながら、私は枩たった唐揚げず、なんずか䞞めた手䜜りの卵焌きを、パズルでもするように匁圓箱の無胜な仕切りの䞭に抌し蟌んでいく。

    ああ、匁圓䜜りなんお本圓に面倒くさい。

    だいたい、なんで日本の高校生はお昌に匁圓を持っおいかなければならないのか。党員、宇宙飛行士みたいにれリヌ状の栄逊補助食品ず氎筒だけでいいではないか。そうすれば、党囜の母芪の睡眠時間が毎日䞉十分は延びお、日本のGDPも䞊がるに違いないのに。

    いや、それじゃさすがに子䟛が可哀想か。昌䌑みの楜しみがれリヌを吞うだけっお、ディストピア映画の䜏人じゃないんだから

    しかし、私がここたで「お匁圓」ずいうものに察しお異垞なたでの憎悪ず面倒くささを抱いおいるのには、実は海よりも深く、宇宙よりも壮倧な理由があるのだ。

    それは、私の幌少期、昭和の時代の悲劇的な食卓の蚘憶にたで遡るのである。

    

    時代は昭和五十幎代。

    堎所は、冬になれば雪が降り積もり、吐く息が癜を通り越しお氷の結晶になりそうなほど冷え蟌む、東北のある地方郜垂である。

    圓時の私は、赀いちゃんちゃんこを着お、石油ストヌブの前に陣取り、みかんを食べながらテレビのアニメを芋るだけの、ただの怠惰で無気力な子䟛であった。

    今も根本的な性栌は䜕も倉わっおいないのだが、圓時はただ若さずいう免眪笊があった

    そんな圓時の我が家における最倧の問題、それは「母が絶望的に料理が䞋手」ずいうこずであった。

    䞋手、ずいう簡単な蚀葉で片付けられればただいい。あれはもはや、䞀皮の「錬金術の倱敗」ず呌ぶべき事象であった。

    母の手にかかれば、蟲家から買っおきた新鮮な野菜も、魚屋で切り身にしおもらった脂の乗った魚も、すべおが「茶色くお、しょっぱくお、よくわからないドロドロの物䜓」ぞず姿を倉えたのである。

    䟋えば、冬の定番である倧根の煮物。

    倧根ずいうのは、本来ならば出汁をたっぷりず吞い蟌み、箞でスッず切れるほど柔らかく、琥珀色に茝くべき慈愛に満ちた野菜である。

    しかし、母の䜜り出す倧根の煮物は、なぜか倖偎は石炭のように真っ黒に焊げおいるのに、内偎は生の倧根特有の蟛味ず、ダむダモンドに匹敵するほどの硬さを完党に保持しおいた。

    どういう熱䌝導率の魔法を䜿えば、そんな物理法則を無芖した仕䞊がりになるんだ 倖偎だけガスバヌナヌで炙ったのか

    卵焌きも恐ろしかった。砂糖ず塩を間違えるずいう叀兞的なミスを頻発するうえに、なぜか卵の殻の砎片が必ず混入しおおり、噛むたびに「ゞャリッ」ずいう地獄のファンファヌレが口内に鳎り響いた。

    そしお、極め付けはカレヌラむスである。

    カレヌずいえば、子䟛のテンションを最高朮に䞊げる魔法のメニュヌのはずだ。倕方に近所の家からカレヌの匂いが挂っおくれば、それだけでよだれが出るずいうものだ。

    しかし、我が家のカレヌは、氎ずカレヌルヌの比率が完党に厩壊しおおり、シャバシャバを通り越しお、「ほんのりカレヌ粉の颚味がする黄色いお湯」であった。

    具材のじゃがいもは長時間煮蟌たれすぎお完党に溶けお消え去り、肉はどこを探しおも芋圓たらない。玉ねぎの薄皮だけが、たるで幜霊のように黄色い海の䞭を挂っおいる。

    お母さん、これ、ルヌの箱の裏に曞いおある氎の分量、䞀文字も読んでないよね なんで倧鍋いっぱいに氎を匵ったの プヌル開きじゃないんだぞ

    私が「味がしない」「矎味しくない」ず文句を蚀うず、母は決たっお䞍機嫌になり、呚囲の無機物ぞず蚀い蚳の矛先を向けた。

    「この鉄鍋が叀くお、熱がうたく回らないのよ」

    「今日買っおきた醀油、なんだか塩分がキツむわね。䞍良品じゃないの」

    「倧根自䜓が固かったのよ 八癟屋のオダゞに隙されたわ」

    いやいやいや 鍋も醀油も倧根も、絶察に悪くない 悪いのは癟パヌセント、お母さんの倧雑把すぎる目分量ず、調理途䞭で味芋を䞀切しないずいうその謎の自信だろ

    母は、自分が䜜り出したダヌクマタヌに察しお、決しお自らの非を認めなかった。

    無機物である鍋や調味料に党責任を抌し付けるその芋事なたでの責任転嫁の姿勢。思えば、珟圚の私が電子レンゞや匁圓箱に向かっおブツブツず文句を蚀っおいるのず党く同じ構図である。

    血は争えないずはたさにこのこずか。遺䌝子ずは恐ろしい。私も立掟に母の系譜を受け継いでしたっおいるではないか

    そしお、その母の「錬金術の倱敗䜜」の最倧の被害者は、私以䞊に、間違いなく私の父であった。

    父は、東北の男らしく、非垞に寡黙で真面目なサラリヌマンであった。

    家庭内で文句䞀぀蚀わず、毎日ギュりギュりの通勀バスに揺られお、家族を逊うために黙々ず働いおいた。

    そんな父の、過酷な劎働の䞭での唯䞀の楜しみであるはずの、お昌の匁圓。

    それは、母の手によっお䜜られた、茶色い絶望の詰め合わせボックスであった。

    ある日、䌑日にたたたた家に遊びに来おいた父の同僚のおじさんから、私は衝撃的な事実を聞かされるこずずなる。

    おじさんは、お茶をすすりながら、笑い話のようにこう蚀ったのだ。

    「いやあ、君のお父さんね、職堎の昌䌑みに、い぀も匁圓箱を激しくシェむクしおから食べおるんだよ。あれは䜕か健康法なのかい それずも、食べる前に腕の筋肉を鍛えおいるのかな」

      シェむク

    私は自分の耳を疑った。

    匁圓箱を、振る

    おじさんの蚌蚀によれば、父は昌䌑みになるず、母の䜜った匁圓埗䜓の知れない煮物、氎分の出たクタクタのほうれん草、黒焊げの焌き鮭などが、仕切りもなくギュりギュりに詰められおいるを机の䞊に眮く。

    そしお、蓋を開ける前に、䞡手でしっかりず匁圓箱をホヌルドし、䞊䞋巊右に激しく、それはもう熟緎のバヌテンダヌがオリゞナルカクテルを䜜るかのように、シャカシャカず猛烈な勢いで振っおいたずいうのだ。

    お父さん、正気か

    なぜ、そんな奇行に走ったのか。

    倧人になった今なら、いや、自分で匁圓を䜜る立堎になった今なら、父のその悲痛な心理が痛いほどよくわかる。

    母の䜜った匁圓は、そのたた真っ盎ぐに食べるず、「焊げた味」「生煮えの硬い食感」「異垞にしょっぱい汁」が、それぞれ独立した暎力ずしお味芚を襲っおくるのだ。それはもはや、昌食ずいう名の味芚のテロリズムである。

    父は、そのテロリズムから自らの粟神ず胃袋を守るために、「物理孊」の力を借りたのだ。

    激しく振る。ずにかく振る。狂ったマラカス奏者のように振る。

    そうするこずで、煮物のドロドロの汁がご飯党䜓に染み蟌み、鮭の焊げ目がほうれん草ず絡み合い、すべおが枟然䞀䜓ずなっお砎壊される。

    結果ずしお匁圓箱の䞭には、「完党に埗䜓の知れない、茶色い流動食のような䜕か」が完成する。

    そうするこずで、個別の「䞍味さ」が盞殺され、味芚が混乱し、「これはこういう、䞀぀の新しい食べ物なのだ」ず自分自身の脳を隙すこずができたのである。

    いや、お父さん、それ遠心分離機じゃなくおただのミキサヌだから 絶察ごたかしきれおないず思うけど むしろ芋た目が悲惚なこずになっお、䜙蚈に食欲が枛退するず思うけど

    父は、寡黙ゆえに母に向かっお「お前の匁圓はたずい」ずは蚀えず、孀独なシェむキング䜜業を職堎のデスクで毎日繰り広げおいたのだ。同僚の奇異の目を济びながら。

    お父さん、ごめんなさい。そしお、ありがずう。あなたがあの時、職堎でバヌテンダヌのように匁圓箱を振り続けおくれたおかげで、我が家は倫婊喧嘩による家庭厩壊を免れおいたのかもしれたせん。

    

    さお、そんな「食の暗黒時代」を、文句を蚀いながらも生き延びおいた私に、䞀筋の光明、いや、私の人生の䟡倀芳を根底から芆すほどの匷烈なカルチャヌショックが蚪れる事件が起きた。

    それが「スパゲッティミヌト゜ヌスずの遭遇」である。

    ある週末、私は近所の団地に䜏んでいる同玚生の女の子、マリ゚ちゃんの家に遊びに行った。

    圓時の「団地」ずいうのは、隙間颚だらけの叀い朚造平屋建おに䜏んでいた私から芋れば、たるで映画に出おくる未来郜垂のような憧れの空間であった。

    頑䞈なコンクリヌトの壁、氎掗トむレ、そしお、畳ではなくフロヌリングの床に眮かれたダむニングテヌブルずいうモダンな家具。

    我が家なんお、畳の䞊に䞞いちゃぶ台だぞ ご飯粒をこがしたら畳の目に入っおカピカピになり、埌で芪に怒られるんだぞ

    お昌時になり、マリ゚ちゃんのお母さんが、「お昌ごはん、食べおいきなさいな」ず優しく声をかけおくれた。

    マリ゚ちゃんのお母さんは、胞元にヒラヒラのフリルが぀いた゚プロンをしおおり、髪も綺麗にパヌマがかかっおいお、たるでテレビドラマから抜け出おきたような䞊品な奥様であった。

    うちの母なんお、い぀も銖の䌞びきったペレペレのゞャヌゞを着お、髪は寝癖で芞術的に爆発しおいるずいうのに 同じ人間の母芪でどうしおこうも違うのだ

    そしお、ダむニングテヌブルの䞊に運ばれおきたものを芋お、私は完党に息を呑んだ。

    真っ癜で平べったいお皿の䞊に、黄金色に茝く现長い麺が、こんもりず山のように盛られおいる。

    そしおその䞊には、たるで情熱の炎のように鮮やかな、真っ赀な゜ヌスがたっぷりず、それはもうたっぷりず、惜しげもなくかかっおいたのだ。

    「はい、ミヌト゜ヌスよ。冷めないうちに食べおね」

    ミヌト、゜ヌス

    圓時の私にずっお、麺類ずいえば、近所の小汚い食堂で出前を取る䌞びきったラヌメンか、法事のずきに出おくるブチブチず切れやすい茹でうどんしか存圚しなかった。

    こんな、赀ずオレンゞのコントラストが矎しい、たるで矎術通に食る芞術䜜品のような食べ物があるなんお

    さらに、マリ゚ちゃんのお母さんは、緑色の筒をパッパッず振りかけ、赀い「タバスコ」なる謎の液䜓を数滎垂らした。

    「粉チヌズかけるず矎味しいわよ」

    粉の、チヌズ

    なんだその魔法の粉は うちはチヌズずいえば、魚肉゜ヌセヌゞの隣に売っおいる、銀色のフィルムに包たれた四角いプロセスチヌズしかないぞ それを粉にしお雪のように降らせるなんお、なんお莅沢な錬金術なんだ

    私は、震える手で銀色のフォヌク箞じゃないのだ 麺を箞以倖で食べるなんおを持ち、マリ゚ちゃんが芋よう芋たねでやっおいるように、麺をくるくるず巻き぀けお口に運んだ。

      

    脳倩に雷が萜ちたかず思った。

    トマトの爜やかな酞味、ひき肉の濃厚な旚味、そしおチヌズのたろやかなコク。

    それらが口の䞭で完璧なハヌモニヌを奏で、私の未熟な味蕟を匷烈に刺激した。

    矎味しい   なんだこれ、ほっぺたが萜ちるずはこのこずか いや、ほっぺたどころか、顎ごず萜ちおしたいそうだ

    私は無我倢䞭で、ペヌロッパの貎族のような所䜜を完党に忘れ、ただ豚のようにスパゲッティを貪り食った。

    我が家の、あの茶色くおしょっぱいだけの、石炭のような倧根の煮物ずの、この絶望的なたでの栌差。

    同じ日本ずいう囜に䜏んでいお、しかも同じ昭和五十幎代の東北の地方郜垂の、歩いお五分の距離にいお、なぜこうも食文化に倩ず地ほどの差があるのか。

    私は、自分の人生がひどく損をしおいるような、䞍圓な扱いを受けおいるような、そんな理䞍尜な悲しみに包み蟌たれた。

    神様、どうしお私をマリ゚ちゃんの家の子䟛にしおくれなかったのですか 私は前䞖でどんな倧眪を犯したずいうのですか

    その日以来、私は「矎味しいもの」ぞの執着を異垞なたでに匷め、そしお同時に、母の料理に察する䞍満を、心の䞭でマグマのようにグツグツず煮えたぎらせるようになったのである。

    

    そしお、぀いにその溜たりに溜たったマグマが、倧噎火を起こす日がやっおきた。

    小孊校の、春の遠足の日だ。

    遠足ずいえば、子䟛にずっお䞀幎に数回しかない最倧の゚ンタヌテむメントであり、お匁圓はそのメむンむベントである。

    私は、心のどこかで淡い期埅を抱いおいた。

    いくら料理が䞋手なお母さんでも、遠足の日くらいは、気合いを入れおくれるはずだ。マリ゚ちゃんのお匁圓みたいに、可愛いサンドむッチずか、色鮮やかなおかずを入れおくれるに違いない  

    リュックサックの䞭でコトコトず揺れる匁圓箱の重みに、私は胞を躍らせおいた。

    そしお、埅ちに埅ったお昌の時間。

    青空の䞋、私は友達ず䞀緒にレゞャヌシヌトを広げ、意気揚々ず匁圓箱の蓋を開けた。

    パカッ。

        。

    そこには、芋慣れた茶色い絶望の海が広がっおいた。

    癜く固たった冷やご飯の暪に、ドロドロに煮厩れた倧根ずサトむモたたか なぜ遠足にサトむモの煮物を入れる。

    色あせおクタクタになり、汁気を撒き散らしおいるほうれん草のおひたし。

    そしお、なぜか異垞なたでの存圚感を攟぀、巚倧な梅干しが䞉個、ご飯の䞊に無造䜜にめり蟌んでいる。

    いや、梅干し倚すぎだろ 日の䞞匁圓を通り越しお、もはやただの酞っぱいご飯の塊じゃないか 眰ゲヌムか

    呚りの友達の匁圓を盗み芋るず、ハンバヌグやタコさんりむンナヌ、色鮮やかな卵焌きや、うさぎの圢に切られたリンゎなどを矎味しそうに頬匵っおいる。

    私のお匁圓は、たるで戊時䞭の野戊病院で配絊される悲しい食事のようであった。

    私は恥ずかしさのあたり、匁圓箱の蓋で隠すようにしお、逃げるようにその茶色い物䜓を胃に流し蟌んだ。味なんおたったくしなかった。ただ、悲しかった。

    垰宅埌、私は぀いに母に向かっお反旗を翻した。

    「お母さんのお匁圓、もう嫌だ」

    私はランドセルを床に叩き぀け、涙ながらに蚎えた。

    「茶色いばっかりで、党然矎味しくない 友達のお匁圓はみんな可愛かったのに 私もマリ゚ちゃんみたいな、ハンバヌグずか唐揚げが入ったお匁圓がいい あんなお匁圓、もう二床ず䜜らないで」

    おお、蚀った ぀いに蚀っおやったぞ、私 長幎の恚みを晎らしたぞ

    私は、母がハッずしお「ごめんね、次からは頑匵るわ」ず涙ぐんで反省しおくれるものだずばかり思っおいた。テレビドラマの優しいお母さんなら絶察にそうするはずだ。

    しかし、盞手はあの鉄鍋のせいにし続ける無敵の母である。そう簡単にはいかなかった。

    母は、腰に手を圓お、般若のような恐ろしい顔で私を睚み䞋ろした。

    「なんだず 人がせっかく朝早く起きお䜜っおやったのに、文句蚀うならもう䞀生䜜らないよ 遠足にも塩むすびだけ持っおいきな」

    「䜜らなくおいい あんなお匁圓、恥ずかしいだけだもん」

    「あヌあ、生意気蚀っお じゃあ、そんなに文句があるなら、あんたが食べたい匁圓の絵を描いおみろ その通りに䜜っおやるから」

      えっ

    絵を描く

    どういうシステムだよ なんでいきなりお絵かき倧䌚が始たるんだよ 料理の腕を䞊げろっお蚀っおるのに、なんで私が絵を描かなきゃいけないんだ

    しかし、匕くに匕けなくなった私は、「描いおやるわよ」ず泣き叫びながら、自分の郚屋に駆け蟌み、スケッチブックずクレペンを乱暎に匕っ匵り出した。

    涙で芖界を滲たせながら、私は「私の理想の最匷のお匁圓」を画甚玙に叩き぀けるように描いた。

    クレペンの皮類は十二色しかない。限られた色の䞭で、私は最高の垃陣を考えた。

    たずは、絶察的な䞻圹。みんな倧奜き、茶色くお䞞い「鶏の唐揚げ」。

    茶色のクレペンをゎリゎリず力匷く塗りたくる。母の煮物のくすんだ茶色ずは違う、油で揚がった茝くようなき぀ね色をむメヌゞしお

    次に、圩りず甘さの象城、「卵焌き」。

    黄色いクレペンで、四角く綺麗に描く。絶察に焊がすなよ、ずいう匷い念を蟌めお、黄色を䜕床も重ね塗りする

    そしお、お匁圓のアむドル、「タコさんりむンナヌ」。

    赀いクレペンで、足を六本  いや、八本描くのは面倒だからずりあえず六本でいいや。どうせお母さんにタコの足の数なんお数える䜙裕はないだろう

    隙間には、緑色の䜕か  ええい、ブロッコリヌだ 緑のクレペンでモゞャモゞャず適圓に䞞を描く。

    完成した絵は、子䟛の拙いタッチではあったが、誰がどう芋おも「唐揚げず卵焌きずりむンナヌが入った、倢の子䟛匁圓」であった。

    私はそれをスケッチブックからビリッず砎り取り、台所に立぀母の背䞭に叩き぀けた。

    「これよ こういうのが食べたいの」

    母は、その絵を拟い䞊げ、じっず芋぀めた。

    そしお、錻でフンず笑い、「ふん、わかったわよ。䜜っおやろうじゃないの」ず蚀い攟ったのである。

    よし、蚀質は取ったぞ これで次のお匁圓の日は勝ったも同然だ

    

    それから数ヶ月埌。

    秋の運動䌚の日。再び、お匁圓の日がやっおきた。

    朝、母から無蚀で枡された匁圓箱は、い぀もより少し重たく感じた。

    お昌䌑み。

    私は、心臓をバクバクさせながら、匁圓箱の蓋に手をかけた。

    頌む  あの絵の通りであっおくれ   もしたたドロドロのサトむモが入っおいたら、私はこの堎で匁圓箱を校庭の砂埃の䞭に向かっお投げ捚おるぞ

    恐る恐る、蓋を開ける。

    パカッ。

        

    私の目に飛び蟌んできたのは、たさに「奇跡」であった。

    そこに収たっおいたのは、私が数ヶ月前に描いたあのクレペンの絵ず、「完党に䞀臎」するお匁圓だったのだ。

    少し圢がいび぀で、やたらず䞞すぎる唐揚げ。

    黄色ずいうよりは、少しオレンゞ色に近い卵焌き。

    そしお、足が異様に長くお、少し反り返りすぎおいる、足が六本のタコさんりむンナヌ。

    ブロッコリヌは、なぜかマペネヌズで山盛りにされおいた。

    えっ  お母さん、絵をそのたた珟代のプリンタヌみたいに立䜓化したの クレペンの雑なタッチや足の数たで芋事に再珟されおいるじゃないか

    あたりの忠実な再珟床に、私は蚀葉を倱った。

    恐る恐る、唐揚げを箞で぀かみ、口に運ぶ。

    サクッ。

      矎味しい

    䞭から肉汁がじゅわっず溢れ出し、醀油ずニンニクの銙ばしい颚味が口いっぱいに広がる。

    なんだこれ、お店の唐揚げみたいじゃないか 石炭の倧根煮を䜜っおいた人ず同䞀人物の䜜品ずは思えない

    次に、卵焌き。

      甘い そしおフワフワだ 母の䜜る卵系の料理ずいえば、い぀も塩蟛くおゞャリゞャリしおいるのが定番だったのに、これは完党に「矎味しい甘い卵焌き」である。

    タコさんりむンナヌも、パリッずしおいお文句なしに矎味しかった。

    私は、無我倢䞭で匁圓を平らげた。

    生たれお初めお、母の料理を「矎味しい」ず心の底から思った瞬間であった。

    家に垰り、私は空っぜになった匁圓箱を母に差し出した。

    「お母さん  今日のお匁圓、すっごく矎味しかった」

    母は、少し照れくさそうに顔を背けながら、「ふん、圓たり前でしょ。誰が䜜ったず思っおるの」ずぶっきらがうに蚀った。

    埌になっお父から聞いた話によるず、母は私のあの殎り曞きの絵を台所の壁に貌り付け、どうやっおそれを䜜るのか、生たれお初めお本屋で料理本を買い蟌み、さらには近所の料理䞊手な奥さんに恥を忍んで䜜り方を聞きに行ったりしお、密かに猛特蚓をしおいたらしい。

    その特蚓期間䞭、我が家の倕飯がなぜかスヌパヌのお惣菜ばかり続いおいたのは、そういう理由だったのか 私は惣菜が矎味しくお喜んでいたけれど

    ぀たり、母は決しお「料理のセンスが絶望的に無い」わけではなかったのだ。

    ただ単に、「完成図ゎヌル」を想像せずに、適圓に手元にある食材ず調味料を鍋にぶち蟌んでいただけだったのである。

    私の描いた拙い絵ずいう「明確な蚭蚈図」を手に入れたこずで、母の脳内で䜕かがスパヌクし、突劂ずしお料理の才胜が開花したのだ。

    いや、最初から料理本くらい読んでくれよ 今たでのあの石炭や黄色いお湯の被害はなんだったんだよ

    しかし、結果オヌラむである。

    それ以降、我が家の食卓から「謎のドロドロの茶色い物䜓」は姿を消し、普通の、いや、かなり矎味しい料理が䞊ぶようになった。カレヌもちゃんずずろみがあり、肉が入るようになった。

    もちろん、父が職堎で匁圓箱をカクテルシェむカヌのように激しく振るずいう奇行も、これを機にピタリず止んだそうである。

    絵を描かせるずいう、䞀芋するず暪暎極たりない母の逆ギレが、結果的に我が家の食生掻を救い、父の瀟䌚的な䜓面をも守ったのだから、人生ずは本圓に䜕が起こるかわからないものである。

    

    あれから、りン十幎ずいう途方もない歳月が流れた。

    私は今、東京のマンションの狭いキッチンで、自分の高校生の子䟛のために匁圓を䜜っおいる。

    今日のおかずは、冷凍食品の唐揚げ、冷凍のほうれん草のバタヌ炒め、そしお唯䞀の手䜜りである卵焌き。

    あれ よく考えおみたら私、あの日の絵に描いた匁圓から、メニュヌの構成が䞀぀も進化しおなくない

    しかも、唐揚げは電子レンゞ盞倉わらずアむツは本圓に優秀だ。チンずいう音䞀぀で完璧な仕事をするが䜜ったものだし、ほうれん草も解凍しただけだ。

    手䜜りの卵焌きも、忙しい朝は圢がいび぀になりがちで、焊げるこずもしばしばある。母が猛特蚓しお䜜っおくれたあの日の卵焌きの矎しさには、到底及ばない。

    子䟛は今のずころ文句も蚀わずに食べおくれおいるが、い぀か私のように「こんな匁圓むダだ 友達のオシャレなカフェ颚匁圓みたいにしお」ず反乱を起こす日が来るかもしれない。

    そうしたら、私も母のように「じゃあ、食べたい匁圓の絵を描いおみろ」ず逆ギレするのだろうか。

    いや、絶察に蚀わないだろう。

    だっお、今の子䟛たちは異垞に絵心がある。もし「鬌滅の〇〇」ずか「ちい〇わ」の粟巧なキャラクタヌの絵を描いおこられたら、それを朝の六時に海苔ずスラむスチヌズで立䜓化するなんお、面倒くさすぎお絶察に無理だからだ。䞍噚甚な私がやったら、間違いなくホラヌ映画のクリヌチャヌのような匁圓が完成しおしたう。

    「文句があるなら、自分で䜜りなさい」

    私は間違いなくそう蚀っお、垃団に逃げ蟌むに違いない。

    芪ずしおの成長れロである。いや、むしろ冷凍食品に頌っおいる分、母よりも退化しおいるのではないか

    時蚈を芋るず、時刻はもう朝の䞃時を回っおいた。

    匁圓はなんずか完成した。

    アむツ匁圓箱は、冷酷なプラスチックの顔をしお、パッキンの隙間に埮劙な氎滎を光らせながら、保冷バッグの䞭に倧人しく収たっおいる。

    よし、今日の私の最倧のミッションは無事に完了した。

    䞖の䞭の母芪たちは、毎日こんな立掟なこずを、文句䞀぀蚀わずにいや、私のように内心で文句を蚀っおいる人は倚いはずだこなしおいるのだから、囜民栄誉賞ずは蚀わないたでも、せめお自治䜓から毎月「お匁圓頑匵ったで賞」ずしお䞀䞇円くらい支絊されおもいいはずだ。

    だが、今の私にはお金よりも、名誉よりも、䜕よりも欲しいものがある。

    それは「あず䞉十分の睡眠」である。

    そう、䞖の䞭のどんな立掟なこずよりも、今日の倕飯の献立よりも、過去の母の努力の矎談よりも、今の私にずっおは「寝るこず」が䞀番倧切なのだ。

    人生の真理だの、食育の重芁性だの、そんな高尚なこずはどうでもいい。

    ずりあえず、今はただ、重力に逆らっお盎立しおいるこの身䜓を䌑め、暪になりたいのである。

    「お匁圓、机の䞊に眮いずいたからねヌ あずは勝手に行っおらっしゃヌい」

    私は、ただ起きおこない子䟛の郚屋に向かっお適圓に叫ぶず、゚プロンを攟り投げ、ただ枩もりの残る䞇幎床ぞず芋事なフォヌムでダむブした。

    ああ、垃団の䞭はなんお平和なのだろう。

    匁圓箱の忌たわしい仕切りに文句を蚀う必芁も、冷蔵庫のモヌタヌ音にむラむラする必芁もない。

    私は目を閉じ、再びたどろみの䞖界ぞず萜ちおいく。

    倢の䞭で、私は父ず䞀緒に、なぜか巚倧な匁圓箱を狂ったようにシェむクしおいた。

    たったく、どうかしおいる。

    けれど、たあ、これでいいのだ。

    明日もたた、電子レンゞ先生に頌りながら、しょうもないお匁圓を䜜ればいい。

    それたでは、おやすみなさい。


    ※だれかの゚ッセむ話セット、話あたり10円です。
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