
掌編小説 | 好意
佐藤晴美の『好き』は、親友の私が贔屓目に見ても、かなり異常だった。
小学5年生のとき、私たちは国語の授業で自分の好きなものについて作文を書いた。宿題として家で書いてきた作文を、みんなの前で読み上げて発表するのが授業の流れだった。
当時、晴美が好意を抱いていた対象は「アルクマ」だったのだが、最初の発表者だった晴美は、2限目の国語に割り当てられた45分間を、一人ですべて使って、アルクマに関する作文、というか論文を発表した。
――アルクマは信州のご当地キャラクターであり、2019年のご当地ゆるキャラグランプリで1位を獲得するなど、華々しい活躍を収めているが、その生態は今なお解明されていない部分が多い……
――アルクマは「クマなのに寒がり」という設定になっているが、これは矛盾しているようで実は理にかなっている。冬眠しないクマは体温調整機能が退化しているという学説があり、アルクマはその退化した機能を、頭にかぶる布、および体毛で補っていると考えられる。形状は目撃例によって微妙に異なり、これは時候やTPOに合わせて衣替え、もしくは脱皮をしている根拠といえる……
――アルクマは「クマなく」という言い回しを多用するが、これは単なる語呂合わせではなく、アルクマ自身の行動哲学を表していると私は考える。すなわち「隅々まで、漏れなく、誰も置き去りにしない」という信条である……
――アルクマは長野県内のあらゆる場所に出没するとされているが、目撃情報を分析すると、実は同時刻に複数の場所で目撃される例が多数確認されている。後述するが、これは個体が1体ではなく、県内に少なくとも7体は存在するという説を裏付けるものである……
覚えている限りではこんな内容だったけれど、晴美はそれ以上の量を、淀みなく暗唱した。カンペすら持っていなかった。
後々、知ったことなのだけれど、クラスメイトたちが思い思いの作文を400字詰めの原稿用紙にせいぜい2、3枚書いてくるところを、晴美は46枚書いてきたらしい。
晴美の独壇場は、私たちの休憩時間にも食い込んだ。担任の内田先生の時間配分がずさんだったせいだ。晴美の鬼気迫る語り口に気圧されて、弱気な新任教員は止めに入るタイミングを完全に見失っていた。
一般的な小学生には理解できない内容の、度の超えた演説がいつまで経っても終わらず、遊ぶ時間が奪われたため、次第にクラスのみんなは晴美にブーイングをし始めた。
騒然とする教室を、内田先生はなんとか鎮めようとオロオロと立ち回った。乱暴な男子が消しゴムを投げつけた。消しゴムが晴美のおでこに当たった。
それでも、晴美はまったく動じなかった。ただ狂気じみた眼差しで、身振り手振りを交えて熱弁を続行するだけだった。
散々時間を使った挙句、言いたいことを言い終えた晴美は、汗で全身がびっしょりになりながら、肩で息をしていた。そして、暴動寸前の聴衆の面前で、消しゴムが当たって赤くなった額を指で軽く掻きながら、真顔でこう言い放った。
「あんたらが『好き』って言ってるものは、ぜんぶ嘘っぱちだよ。その程度の内容で語れる『好き』なんて、ほんとうの『好き』じゃない」
私の隣に座っていた前田さんは、その一言を聞いて、突然大声をあげて泣き出した。私は前田さんの机に置いてあった原稿用紙を手に取って読んでみた。「お母さん」という題の、10行ばかりの作文だった。私は何も言えずに原稿用紙をそっと元の場所に戻した。