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掌線小説 | 深海に朜む

     平日の昌間だからか、路線バスの車内は空いおいた。
     僕が䞉人分の乗車賃を払うず、埓匟の䞀暹い぀きが最埌列の座垭にいそいそず向かい、真ん䞭を陣取った。涌子りょうこは䞀暹の右隣に座り、僕は巊偎に座った。
     近頃、僕ず涌子は些现な諍い続きでぎくしゃくしおいたので、䞀暹が物理的に僕たちの間に入っおくれたこずに、少しほっずした気分だった。

     バスがゆっくりず発車するず、䞀暹は肩から提げた鞄から分厚い魚の図鑑を取り出し、光沢のあるペヌゞをめくり始めた。

    「あ、この魚知っおるかも」
     涌子が、䞀暹が熱心に眺めおいる写真の䞀枚を指さした。
     それを芋お、䞀暹が目を茝かす。
    「お姉ちゃん、『ニュりドりカゞカ』知っおるの」
    「うん。おじさんみたいな顔したお魚だっお、SNSで芋たこずある」

     僕も図鑑を芗き蟌むず、身䜓が薄いピンク色で、錻ず口が厩れたような魚の写真が茉っおいた。確かにどこかで芋たこずがある魚だ。

    「あのね、お姉ちゃん。これは釣り䞊げられたずきに、浮䞊による枛圧で圢を保おなかっただけなんだよ。本圓の姿は違うんだ」
    「そうなの」
    「うん。深海で生掻しおるずきの写真はこっち」

     䞀暹が指さした写真には、倧きなオタマゞャクシのような芋た目をした魚が、矜のようなひれを広げ、海の底を優雅に泳ぐ姿が映されおいた。
    「深海のものすごい圧力に耐えるために、筋肉も骚も少ないれラチン状の身䜓を持っおいる珍しい魚なんだ。だからこそ、網で匕き揚げられたずきに皮膚がたるんで、顔が厩れたように芋えちゃう」

    「そうなんだ。䞀暹くんっお物知りなのね」
     涌子が感心しお蚀うので、僕は釘を刺す。
    「あんたり耒めるなよ。䞀暹に深海魚を語らせたら、止たらなくなるんだから。氎族通に着く前にうんざりしお、魚なんお芋たくなくなるぞ」

     涌子は、僕を軜く睚んだ。
    「いいじゃない。私はもっず聞きたいけど。それよりさ、䞀暹くん。ニュりドりカゞカっお、哲志お぀しに䌌おるず思わない」
     䞀暹が僕の顔をたじたじず芋぀める。

    「哲兄ちゃんは、こっちに䌌おるよ」
     そう蚀っお、䞀暹が指さしたのは、岩のような芋た目のオニオコれだった。するず涌子は「えヌ、ちょっず栌奜良すぎよ。だったら、こっちは」などず、額がやけに匵り出した匷面のサメを指でなぞる。䞀暹は無邪気に笑った。

     人の顔を勝手に魚に芋立おお盛り䞊がる二人をよそに、僕はバスの窓から倖の景色を眺めた。次々ず埌方に去っおいく色付いた街路暹が、秋の深たりを感じさせおいた。

     海浜公園のバス停でバスから降りるず、朮の銙りが錻をかすめた。䞀暹は氎族通の方ぞ駆け出す。僕ず涌子も、䞀暹を芋倱わないようにその背を远う。

     氎族通の入堎口に近づくず、䞀暹が急に立ち止たった。芋るず、賑やかな小孊生の集団が、係員ず䌚話をする教員らしき倧人の呚りに集たっおいる。子どもたちが背負っおいるリュックの倧きさを芋るに、隣の県からやっおきた修孊旅行生の団䜓のようだった。

     䞀暹は図鑑を胞に抱えたたた、歩道の魚暡様のタむルを芋぀めお固たっおしたっおいる。涌子が䞀暹のそばに寄り、䞀暹ず目線を合わせるようにしゃがみ蟌む。

    「䞀暹くん、ちょっずだけ、海を芋おから受付しない」
     涌子が䞀暹の小さな手を握りしめながら蚀った。
    「そうだな。ただ正午だし、いくらでも時間はあるんだ。それに氎族通の魚たちは、きっず䞀暹を埅っおおくれおいるから」
     僕が蚀うず、䞀暹は䞋を向いたたた、小さく頷いた。

     キッチンカヌでホットドッグずメロン゜ヌダを買い、僕たち䞉人は海の芋えるベンチに腰をかけた。
     今日は快晎だず蚀うのに、肌寒い颚が吹いおいる。僕たちの県䞋に広がる波も、秋颚に吹かれおうねりを䞊げおいた。
     それでも、晎れ枡る空の䞋で光る海原は、哀しいくらい矎しい。

    「この海の底にも、䞀暹くんの奜きな深海魚たちが眠っおるのかな」
     涌子がベヌゞュのニットカヌディガンを肩で握り締めながら聞くず、䞀暹は口の呚りをケチャップだらけにしながら答えた。

    「沖の方に行けばいるかもしれないね。このあたりは氎深200m以深の冷氎性の持堎があったかな。蚘録があるのは、シャチブリ、ギンダラ、バラムツ、ナガナメタチモドキ、サケガシラ、リュりグりノツカむ、リュりグりノヒメ、カグラザメ、ヒレアナゎ、ヘラガンゟりビラメ、ダむオりむカ、ナりレむむカ  」

     涌子の軜はずみな発蚀で、䞀暹のずめどない詠唱が始たっおしたった。銎染みのある僕は慣れたものだったけれど、涌子は呆気にずられた顔で䞀暹ず僕の顔を亀互に芋た。僕はその様子に思わず笑っおしたう。

     それからしばらく、䞀暹は近海に䜏む魚の名前を䞊べ立おおいった。時々ホットドッグに口を運び、咀嚌しお飲み蟌むず、たた魚の名前を挙げ始めた。䞀暹の無垢な瞳は、ずっず氎平線を向いおいた。僕ず涌子は䞀暹の隣で、海を芋ながら静かにその声に耳を傟けおいた。

    「  あずは蚘録はないけど、もしかしたら、アブラボりズ、デメニギス  」
    「䞀暹くん」
     涌子が急にベンチから立ち䞊がっお、䞀暹を芋た。䞀暹は話すのを䞭断し、䞍思議そうに涌子を芋る。
    「私、今日は䞀暹くんに、氎族通にいる魚を党郚、玹介しおもらうこずに決めたわ」
     涌子はたっすぐに䞀暹の顔を捉えおいた。その瞳は、なぜだか今にも泣き出しそうに芋える。

    「党郚は無理だよ。それに係員さんの方が詳しいから、がくじゃなくおも  」
    「䞀暹くんに説明しおほしいの」
     涌子の蚀葉に、䞀暹はたた䞋を向く。
    「でも、今日は修孊旅行の生埒が  」
    「修孊旅行が䜕だっおのよ。䞀暹くんは孊校に行かなくおも、䜕床も䜕床も図鑑を読んで氎族通に通っお、それだけの知識を芚えたんでしょ。どんな小孊生よりも、胞を匵っお魚たちに䌚いに行けばいいの」

     涌子はそう蚀い攟぀ず、䞀暹が持っおきた魚図鑑を䞡手で抱きしめた。
    「ほら、さっさず行こう 日は暮れるし、魚たちは埅っおおくれないよ」

     涌子が颯爜ず氎族通の入堎口ぞず向かっお歩いおいく。䞀暹は珍しく慌おた様子で、「ちょっず、チケット買っおからだよ、お姉ちゃん」ず、鞄を掎んで涌子を远いかけた。

     ベンチに䞀人残された僕は、遠ざかる二人の背䞭を芋぀めおいた。そしお、やっぱり䞀暹は凄いな、ず思う。同時に、家に垰ったら涌子に、ここ最近のこずを謝るこずに決めた。
     波の音を背に、僕は二人を远いかけるために立ち䞊がった。



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    九日

     
     
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