
多数決の話。
我が家は妻とムスメ、それから私の三人家族だ。女性二人と男性一人。社会がいくらジェンダーレスを唱えたところで、この家にそんなものは存在しない。
妻とムスメはガルーラだ。妻が一言何かを発すれば途端に始まる付和雷同。私が一ターンに一回しか攻撃できないのに、あっちは平気で毎ターン二回行動をしてくる。まるで理不尽極まりない。だが、世の中というのは得てしてそういうものだろう。多数派の論理。毎月徴収される社会保険料も、給料はたいして上がらないのに年々高くなる住民税も同じ理屈というわけだ。
そしてこれはカレーも同じ。私はどちらかというと辛党で、市販のカレールウならばジャワカレーの辛口が至高だと思っている。麻婆豆腐は四川風、花椒を山ほどかけて食べるのが大好きだ。
しかし、対する妻は甘党。しかも筋金入りの激甘党。舌がバグっているレベルで辛さを検知する機能を持った妻は、私がどんなに甘いと思ったカレーでも一口あげると店内中に響き渡るように「かっっっら!!!」と叫び、これでもかと水をがぶ飲みする。
当然妻派に所属しているムスメも、そんな私に白い目を向ける。昼時のレストランで繰り広げられる弾劾裁判。もちろん判決は死刑である。
だが、そんな我が家にある日事件が起きた。それは先日小旅行先で訪れたブロンコビリーでのことだった。
ブロンコビリーに到着したのは十六時。その日、私たちは昼食を抜いていたのもあり、とにかく猛烈に腹が減っていた。妻はライスの大盛を頼み、サラダバーを何度も往復している。ムスメも相当空腹だったようで、ふだんはダラダラと食べるのに、その日だけは欠食児童のように無言でふりかけご飯を掻き込んでいた。
ふとムスメがじぃっと妻の方を見て、何かを囁いた。お子様ランチのご飯じゃ足りないと、妻は大盛ライスの一部を取り分けた。だが、ムスメの要求は実はそれだけではなかった。
ムスメが本当に欲しかったもの。それは私が食べていたカレーだった。実はブロンコビリーでは今年の四月からビュッフェの内容を一新し、スパイス研究所カリーというメニューを提供している。
公式HPから文言を引用すると、「日々研究し、厳選したスパイスを使用する本格的な特製カリー」とある。
私は家で辛い食べ物を食べることができないので、出先では常に激辛料理を頼むことにしている。このカレーもご多分に漏れず相当に辛い。しかもただ辛いだけじゃなく、カルダモンなどのスパイスがふんだんに使われていて、食べているうちに額に汗が滲み出てくる。とても子どもが喜ぶような代物ではない。
だが、ムスメの懇願するような眼差しに私は耐え切れず、スプーンの上に少しだけカレーを載せてムスメの口元にそれを運んだ。
神妙な面持ち。やっぱりダメか。一秒、二秒。時間だけがやけにゆっくりと流れていく。その長さがじれったい。結果はもう分かっている。大声で泣き出すか。喚き出すか。私の目は左右に泳ぎ、他の客席を見渡していた。
「うまい!」
もうちょっとお上品な言葉で言ってくれよと思ったが、それよりもまず耳を疑った。あれほど好き嫌いの激しく、かつ刺激に敏感なムスメがよりにもよって激辛カレーをうまいと言った。
私は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている妻へ、一応聞いた。
「食べてみる・・・?」
妻は無言で、そのスプーンを受け取って、舐めた。
途端に響く阿鼻叫喚。猛ダッシュで水を探すその背中に、私は地獄の亡者の怨念を見た。
妻が水を取りに行っている間、ムスメは私にライスの入った器を差し出し、カレーをかけろと注文する。当然戻ってきた妻がその様子を見て再び阿鼻叫喚を轟かせたのは言うまでもない。
かくして、我が家における多数決の原理は破られた。しかし依然として妻が最大与党であることは変わりない。私にできることは、こっそりと妻が買っているゴールデンカレー甘口の中身をバーモントカレーの中辛にすり替えるくらいだ。
今日の夕飯はカレーと聞いている。妻は幼稚園のお迎えに行っている。
開票までには、まだ時間がある。私は、私のできることをするまでだ。
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