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声にならない声で、叫んだ夜

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    夢の中で、声が出なかったことはありますか。
    叫びたいのに、声にならない。
    誰かに知らせたいのに、うまく言葉が出てこない。

    私の夢にも、そんな場面が何度か出てきます。

    思いを届けたいのに、声にならない

    こんな夢がありました。

    危険が迫っている。近くには、まだそれに気づいていない人たちがいる。私は、「逃げて」と伝えたい。けれど、声が出ません。声にならない声を投げるようにして、それでも私は走りました。

    別の夢では、

    急いで誰かに電話をかけようとしていました。焦っているせいか、指がうまく動きません。番号を押し間違える。かけ直す。また、うまくいかない。

    どちらの夢にも、
    「伝えたいことがあるのに、その手段がうまく働かない」
    という場面がありました。

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    声そのものより「通り道」

    この二つの夢を読み返していて、気になったことがあります。

    夢の中で何を伝えようとしていたのか。
    その内容よりも、
    「伝えたいものが、どこで止まっていたのか」
    の方が、私には強く残っていました。

    まだ言葉になっていなかったのか。
    言葉にはなっていたけれど、声に出せなかったのか。
    声ではなく、電話という手段がうまく使えなかったのか。

    どちらも、伝えたい相手まで届く途中で、何かが止まっています。
    私はそれを、「声の通り道」のように考えるようになりました。

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    言葉になる前にも、何かはある

    これは、現実の自分にも少し心当たりのある感覚でした。

    何かを感じていても、すぐには言葉にならないことがあります。

    もやもやしている。
    何となく嫌だと思っている。
    少し困っている。

    でも、何が嫌なのか、なぜ困っているのかまでは、まだ分からない。
    そこから言葉になるまでには、時間がかかります。
    そして、ようやく言葉になっても、それをそのまま声にできるとは限りません。

    私には、夢の中の「声が出ない」という場面が、そんな状態と少し似ているように感じられました。

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    声にならないものを、急いで言葉にしない

    以前の私は、言葉にできないと、
    「ちゃんと説明しなければ」
    と思って、かえって何も言えなくなることがありました。

    何が嫌なのか。
    なぜ困っているのか。
    どうしてほしいのか。

    そこまで全部分かってからでなければ、話してはいけないような気がしていたのです。

    けれど、声になっていないものの中には、まだ言葉の形になっていないものもあるのかもしれません。

    すぐに文章にならなくても、
    「少し考える時間がほしい」
    というところまでなら、言えることもあります。

    言葉がまとまってから声を出すのではなく、
    「今はまだ途中です」
    と伝える。

    私にとっては、それも声の通り道を作る方法のひとつになりました。

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    声が出ない夢を見た朝に

    私にとって、声が出ない夢は、
    「もっと大きな声を出さなければ」
    と急かす夢ではありませんでした。

    ただ、
    まだ声になる前のものがあるのか。
    言葉にはなっているけれど、声にできていないのか。
    それとも、夢の中でたまたま声が出なかっただけなのか。

    そんなふうに、少し眺めてみるための夢として残っています。

    私は、声が出ない夢が心に残った朝、ときどき、
    「何か、まだ言葉になっていないものがあるだろうか」
    と思い返すことがあります。

    何も浮かばなければ、それで終わりです。
    もし何かが浮かんでも、すぐに誰かへ伝える必要はありません。
    まだ言葉になる途中なのだと、自分だけが知っておくこともできます。

    声にならないものには、声にならないままでいる時間があってもいい。

    私は、そんなふうに考えるようになりました。

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    日常の小さな違和感や夢の断片を、答えではなく「問い」に変えるエッセイを書いています。景色やものの働きを比喩として借りながら、意味を決めつけず、内側の動きを見つめます。読んでくださった方にとって、自分の感覚へ少し戻れる時間になれば嬉しいです。

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