メインコンテンツへスキップ

窮鼠猫を噛む

    新聞のコラムを読んで読後感想のメモを書こうと思いながら三か月以上が経ってしまった。こういうことは、よくある。読んだものがどっしり胸にこたえればこたえるほど、その感想を何と書いたらいいのかわからない。
    この「読んだものにうちのめされてことばが出て来なくなる」という現象は小学生の頃からあったように思う。好きなもの、共感したもの、感動したものほど書けなかった。
    感じたことをスムーズに言語化できない。アウトプットが遅すぎる。これらの事象を、わたしは長い間自分の欠陥だと感じていた。こどもの頃は提出日までに読書感想文を書けたことがなかった。またつい最近まで、結社誌から文章の原稿を依頼されるたびに書きあぐねて七転八倒していた。

    書きあぐねに関する忘れがたい記憶。某日、所属誌から依頼された歌集評二千八百文字の原稿を何とか書き上げ、編集所すなわち永田先生宅にFAXで送信すると、永田先生から電話がかかってきた。原稿遅くなりました、というわたしの蚊の鳴くような声には応えず、先生は電話の向こうで今届いたばかりのFAXをめくって――紙の擦れあう音がしていた――ざっと目を通して下さっている気配だった。わたしは裁判で主文を後回しにされた被告のような気持ちで待っていた。
    しばらくしてから、先生はただひとこと、
    「ふむ。……キュウソ、ネコヲカム」とつぶやかれた。あとは普段通りのやわらかい声で、はい、御苦労様、とだけ仰って電話は切れた。

    *

    冒頭に書いた「新聞のコラム」は、2025年5月7日付、日本経済新聞の「プロムナード」欄。執筆者は山下澄人さん。これを読んで何だか胸がいっぱいになった。


     
     
    ことばをさぐるひと。働きながら読み、書き、考えている。短歌冊子[フミノオト]編集発行人。 何もないところを空といふのならわたしは洗ふ虹が顕つまで

    あなたへのおすすめ