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「お母さんは僕の話をちゃんと聞いてない」息子に言われて気づいたこと

    耳では、ちゃんと聞いていた。
    返事もしていた。
    毎日話していた。

    子どものことを、誰よりも大切に思っていた。
    だから、成人した息子にそう言われた時、最初は意味がわからなかった。

    「お母さんは、僕の話をちゃんと聞いてない」


    聞いてない?
    毎日話してるやん。
    相談にものってるやん。

    そう思った。

    すると息子は静かに続けた。

    「聞いてくれてるんやったら、今僕が話してたこと、説明できる?」

    僕が何を感じていて、
    どうしようとしていて、
    何を考えているのか。

    説明できる?

    言葉に詰まった私に、息子は続けて言った。

    「聞いてないっていうのは、聞こえてないって意味じゃない。理解してないってことやで」

    その時は少しショックだった。


    でも今振り返ると、息子の言う通りだったのかもしれない。
    離婚してからの私は、いつも何かに追われていた。

    仕事。
    家事。
    お金のこと。
    そして、子どもたちの将来。

    子ども達が小さい頃の私は、
    興味や好奇心を見ていた。

    でも学校が始まり、
    離婚を経験し、

    将来への不安が大きくなるにつれて、
    少しずつ見るものが変わっていった。

    この子は大丈夫だろうか。
    ちゃんと高校へ行けるだろうか。
    大学へ進学できるだろうか。
    社会で困らず生きていけるだろうか。

    気がつけば、目の前の子どもよりも、
    まだ来てもいない未来を見ている時間の方が長くなっていた。

    洗い物をしながら。
    洗濯物を畳みながら。
    夕飯の準備をしながら。

    耳では聞いている。
    返事もしている。

    でも本当に理解しようとしていただろうか。

    この子が何を感じていて。
    何を考えていて。
    何を伝えようとしているのか。

    そこまで受け取ろうとしていただろうか。

    今思うと、自信がない。


    そんな私が本気で息子と向き合うことになったのは、
    彼が高校生の時だった。

    学校へ行けなくなったのだ。

    最初は、少し調子が悪いのかな?
    そのうちまた行くだろうと思っていた。

    でも休む回数が増えていった。

    学校の近くまで行って引き返す。
    電車に乗ると吐き気と頭痛で気分が悪くなる。
    最寄り駅まで行って帰ってくる。

    私は焦っていた。

    このまま不登校になったらどうしよう。
    高校を卒業できなかったら。
    将来働けなかったら。

    厳しくした方がいいのか。
    無理にでも学校へ行かせた方がいいのか。
    何度も休ませるのは甘やかしなんじゃないか。

    正解が分からず、ずっと悩んでいた。


    そしてある時、私は気づいた。
    これは一時的なものじゃない、と。
    本当に学校へ行かなくなるかもしれない。

    怖かった。

    正直に言えば、ただ怖かった。


    でもその時、私は初めて自分の不安から逃げるのをやめた。

    私は怖いんだ。
    私は不安なんだ。
    そう認めた。

    すると不思議なことが起きた。

    それまで一つに重なって見えていたものが、少しだけ分かれた。

    未来への不安と。
    目の前にいる息子が。

    私は息子を見ているつもりだった。
    でも本当は違った。

    私は未来を見ていた。

    高校を卒業できなかったら。
    大学へ行けなかったら。
    就職できなかったら。
    社会で生きていけなかったら。

    まだ来てもいない未来ばかりを見ていた。


    目の前に息子はいた。
    それなのに、私が見ていたのは未来だった。

    だから、見えていなかったのだと思う。

    息子が何を考えているのか。
    何に悩んでいるのか。
    本当は何を伝えようとしていたのか。

    私は学校へ行けない理由を探していた。

    でも息子は違った。
    息子が考えていたのは、
    学校へ行けない理由ではなかった。

    学校へ行く意味だった。

    「何のために皆同じ勉強するの?」
    「大学へ行く必要あるんかな」
    「自分が、やりたいと思ってることは
    大学に行かなくてもできること。
    みんなと同じように受験勉強する理由が分からへん」

    物理や化学は好きだった。
    成績も良かった。
    でも興味の持てない教科は、全くやる気になれなかった。
    幼少のころから、
    納得できないことには動けない子だった。

    学校が嫌だったわけではない。
    勉強が嫌だったわけでもない。

    納得できなかったのだ。

    私は学校へ戻す方法を探していた。

    でも息子は、
    学校へ戻る方法ではなく、
    学校へ行く意味を探していた。


    でも
    私が不安を認めた時、改めて思った。
    子ども達が幼少の頃はできていたこと。

    まず、この子の話を聞こう。
    今、何を考えているのか。
    何を感じているのか。
    何を見ているのか——それを知ろう、と。

    それから少しずつ、息子との対話が始まった。


    そして何年も経ってから、息子に言われた。

    「聞いてないっていうのは、理解してないってことやで」

    ああ。
    と思った。

    そういうことだったのかもしれない。



    私は息子の言葉を聞いていなかったわけではない。
    ただ、
    理解したつもりになっていただけなのかもしれない。

    息子を見ているつもりで、
    本当は自分の不安を見ていたのではないだろうか。

    観察というのは、
    子どもを見ることだけではない。
    まず、
    自分がどんな眼鏡をかけているのかに気づくこと。

    何を怖がっているのか。
    何を不安に思っているのか。

    そこに気づいた時、
    初めて目の前の子どもが見えてくることがある。

    だから観察とは、

    子どもを見ることではなく、
    自分が何を見ているのかに気づくこと。

    あの日、息子が言った

    「理解してないってことやで」

    という言葉は、
    今も、ときどき
    私の中で静かに響いている。



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