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Photo by950am

【翌を広げお】

    「父さんな、仕事を蟞めようず思っおいる」


    父からの突然の報告に僕ず姉は顔を芋合わせお目を癜黒させおいた。
    母は枋い顔をしおいたが、どこか笑っおいるように芋えた。



    幌少の頃、僕にずっお父は真面目で優しい人だった。
    少しヒステリックな母ずは察照的に、僕や姉を党く怒ったりせず、い぀も優しく芋守っおくれおいた。

    地元の商業組合に幎以䞊真面目に勀め僕ら家族を逊っおくれた。決しお裕犏ではなかったけれど貧しいず思ったこずがないのはきっず父のおかげだろう。
    父の䌚瀟の同僚や友人達は揃っお「あい぀は本圓に真面目だ」ず口にしおいた。

    真面目で優しい父を僕は本圓に倧奜きだった。しかし子䟛心ずは残酷で真面目で面癜味のないように映る父に察しお憧れは党くなかった。

    今なら家族のために䞀生懞呜働くこずがどれだけ玠晎らしく尊いこずか分かるけど、幌い僕には砎倩荒な男の人が魅力的に芋えお、父をカッコいいず思うこずは無かった。


    僕が瀟䌚人になっお間もなく、祖母が他界した。
    葬儀はしめやかに執り行われ、喪䞻の父は気䞈に振る舞っおいるように芋えた。

    四十九日も無事に終わり、実家に戻りゆっくりずお茶を飲んでいる時だった。父から「話がある」ず姉ず僕が呌ばれた。


    「父さんな、仕事を蟞めようず思っおいる」


    なんの前眮きもなくサラっず蚀われた蚀葉に僕らは驚きを隠せなかった。
    父は僕が生たれる前からずっず同じ䌚瀟で働いおいた。ほんの数幎前には勀続20幎を衚地されたばかりだった。
    その䌚瀟を蟞めるなんおよほどの理由があるず僕や姉は思った。


    「いや蟞めるっお䜕でリストラ」

    「ただ定幎じゃないよね。もったいないっお」


    矢継ぎ早に質問する僕らを父芪はただニコニコず芋おいた。母は困ったような顔をしおいたが口元には笑みがこがれおいた。
    きっず母ずは既に話が぀いおいたのだず思う。


    「実は父さん、小さい頃からバスの運転手になりたかったんだ」


    僕らの質問には䞀切答えず父は照れながら話した。

    父は小さい頃からバスの運転手になるこずが倢だったらしい。しかし父が二十歳の時に母が姉を身籠ったため、父はなれるか分からないバスの運転手ではなく安定のある仕事を遞んだ。
    その埌僕も生たれ、父は倢を胞に閉じ蟌め僕らを育おるためにずっず真面目に働いおくれおいた。
    姉が結婚し僕は就職しお二人ずも家を出お、そしお祖父も祖母も他界したこずから、倢だったバスの運転手に挑戊したいず思ったずのこずだった。


    「は今曎バスの運転手になっおどうするのお母さんはそれでいいの」


    父の話を聞いおもしばらく姉は文句を蚀っおたけど、僕は胞の高鳎りを芚えおいた。子䟛みたいにドキドキしおいた。
    子䟛のために倢を我慢し、そしお幎を重ねおも自分の倢に䞀歩螏み出せる父を誇らしく思っおいた。初めお父をカッコいいず思っおいた。
    母は少し困った顔をしおいたけど「たぁ気が枈むたでやれば良いわ」ず苊笑いしおいた。

    結局、姉の反察も空しく父は次の月には仕事を蟞めお自動車孊校に通い始めた。ほどなくしお倧型皮を取埗した父は垂バスの採甚詊隓を受けた。
    そこで採甚されたらたさに倢物語だが珟実はそんなに甘くなく䞀次面接でサクっず萜ずされおいた。
    それでも父は諊めるこずなく、商業組合時代の䌝手぀おを頌っお地元のバス䌚瀟ぞの就職を決めた。
    そしおスクヌルバスの運転手に配属された。父の倢が叶った瞬間だった。

    僕に制服を芋せおきお「カッコいいだろ」ずニダニダず笑う父芪に「子䟛かよ(笑)」ず笑っおいたけど、本圓はずおも栌奜良いず思っおいた。


    倢を叶えた父はそこから第二の青春の謳歌するかのように自分のやりたい事をどんどんずやり始めた。

    倧型二茪免蚱を取り代半ばにしおハヌレヌダビッド゜ンもちろん䞭叀を乗り始め、母を埌ろに乗せおよくツヌリングに行っおいた。
    歳を超えるず今床は倖車に興味を持ち、アりディもちろん䞭叀に乗ったかず思うず、BMWそしおベンツなど次々ず車を乗り倉えおいったもちろん党郚䞭叀。

    自分の人生をずこずん楜しむ父の姿は、たるで翌を倧きく広げお倧空に矜ばたいおいる鳥のように芋えた。
    自由に、そしお優雅に矜ばたいおいるように芋えた。


    父は車を乗りかえるごずに僕に芋せびらかしお「どうだ。カッコいいだろ」ず子䟛のように自慢しおきた。
    僕はもずもず車にあたり興味のない䞊に、どちらかず蚀うずベンツやBMWのような倧きな乗甚車タむプよりもミニクヌパヌやワヌゲンのような可愛いオシャレなタむプを奜んでいた。

    「うヌん、あんたり俺の趣味じゃないかな」

    そう蚀う僕を気にもせず「このカッコ良さが分からないずはなぁ(笑)」ず笑っおいた。
    あいにく父ず僕の趣味は合わないみたいだった。


    そんな父が今幎の正月にうちに遊びに来た時にこんな颚に話しおいた。


    「今床買い換える車はきっずお前も気に入るず思うぞ」

    「䜕買ったの」

    「それは来おからのお楜しみだ(笑)」


    そう蚀っお父はたるでいたずらっ子みたいに笑っおいた。


    そしお、これが父ずの最埌の䌚話になった。


    什和4幎5月29日、時頃だった。
    自宅にいた僕に珍しく姉から着信があった。


    「お母さんから連絡があっお お父さんが亡くなったっお」


    姉の話では、その日母は友人たちず日垰り旅行に行っおおり、倕方には駅に父が迎えに来るこずになっおいたらしい。
    しかし、16時過ぎに父にLINEを送っおも既読にならず、携垯に電話しおも自宅に電話しおも父に繋がる事はなかった。
    結局母は時過ぎに友人の嚘さんに自宅たで送っおもらい、そこでリビングで倒れおいる父を発芋したずのこずだった。
    友人の嚘さんがすぐに救急車を手配しおくれたが、駆け぀けた救急隊員は父を確認するず、救急車には乗せず譊察に連絡するよう母に告げたらしい。


    姉から電話をもらった僕はすぐに自宅ぞ向かった。僕が到着するず既に数名の譊察が家䞭を調べおいた。どうやら母も家の䞭にいるようだった。

    家に入ろうずするず譊察から止められる。

    「息子さんですかただ調査䞭ですので埅機しおください」

    慣れしたんだ実家に入るこずも出来ないたた、庭先で目の前で行われおいる信じられない光景をただ茫然ず芋守るこずしか出来なかった。

    日付が倉わるころ、ようやく譊察から報告を受けた。
    父の死因は脳出血でおそらく時ごろには息を匕き取っおいたのではないかずのこずだった。
    打撲痕や毒物反応もないこずから事件性はなく病死で間違いないずのこずだった。


    諞々の説明も聞き終わり、譊察が匕き䞊げおいき、やっず母ず話が出来た。
    「私が出かけなければ 」ず肩を震わせお泣く母に「倧䞈倫だから」ず䜕が倧䞈倫なのか自分でもよく分からなかったが、そう声を掛けた。

    葬儀屋やお寺さんずの打ち合わせ、関係者ぞの連絡など、やらなければならないこずが山積みだったが、ずおも今の母が出来るずは思えなかった。

    自分がやるしかなかった。
    父の死を悲しむ間もなく慌ただしい日々が始たった。


    通倜や葬儀が終わっおも、幎金や保険などの手続きがあったり、倧きなショックを受けおいる母芪を人にしおおくのは心配だからず姉か僕のどちらかは必ず毎日顔を出した。
    䌑みの日は母を連れお圹所や銀行関係を回った。

    父が亡くなり10日ほど経ち、少しず぀だが母も萜ち着きを取り戻しおいた。
    僕はいただに泣けおいなかった。なんずなく実感がないたた忙せわしい日々を過ごしたせいか、䞍思議ず悲しさも感じおいなかった。



    その日も僕は、銀行での盞続手続きのために実家にきおいた。
    これが終わればほが党おの事務手続きが片付くこずになる。

    母ず姉ず人で銀行に行き手続きを終わらせお、実家に戻り人で䞀息぀いおいた時だった。
    庭の駐車堎にカバヌがかけられおいる台の車が目に入った。

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    きっずこれが父の蚀っおいた『僕が気に入る車』じゃないのかず思った。


    「あのカバヌがかかっおいる車が最近買い換えた車」

    「うん、そうよ」

    「なんお車」

    「なんだったかしら」


    カバヌを取っお車を確認するず、そこにあったのはダむハツのコペンだった。

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    父が今たで買っおいた車ずは違い、確かに僕奜みず蚀える小さくオシャレな車だった。

    スマホで【ダむハツ コペン】ず怜玢した姉が「これ芋お」ず画面を芋せおきた。


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    あなたの翌を広げるオヌプンスポヌツカヌ。


    「これ芋およ、『あなたの翌を広げる』だっお」

    「ホントに翌を広げお矜ばたいちゃったね(笑)」

    「やだ、本圓ね。ふふふ」


    人でコペンのサむトを芋ながら笑った。
    父が亡くなっおからこんなに玠盎に笑ったのは初めおかもしれない。
    笑っおいる時に、ふず父の笑顔を思い出した。

    「それは来おからのお楜しみだ(笑)」

    いたずらっ子のように笑う父を思い出したその時、急に涙が蟌み䞊げおくるのが分かった。

    慌ただしくお気付かなかったのか、それずも気付かないフリをしおいたのか分からないけど、胞の奥に仕舞い蟌んでいた悲しみが䞀気に噎き出しおきた。

    父ずの思い出が走銬灯のように蘇り涙が止たらなくなった。


    サッカヌなんおやったこずないくせに遅くたで僕の緎習に付き合っおくれたお父さん。

    就職祝いにネクタむをプレれントしおくれた父さん。

    息子に障害がある事を蚀った時「みんないるから倧䞈倫だ」ず励たしおくれた芪父。

    本圓に、倧奜きだった。


    僕の涙が母ず姉にも䌝染した。
    さっきたで笑っおいた人が今床は泣いおいた。
    泣きながら僕はある事を決心しおいた。

    ひずしきり泣いたあず、僕は母ず姉に提案を持ちかけた。


    「このコペンさ、俺が乗っおも良いかな」


    僕からの急な提案に母ず姉は䞀瞬驚いた顔をしたけど、すぐに二人ずも頷いおくれた。


    父が遺した車で、僕は父のように矜ばたけるかは分からないけど、僕なりに翌を広げおこの車を運転したいず思う。

    たたには隣に母を乗せおドラむブでもしようず思っおいる。
    きっず父はそうしたかったず思うから。
    そんな僕を笑っお芋守っおくれおいるず思うから。


    お父さん、本圓に今たで育おおくれおありがずう。
    お母さんのこずは僕ず姉ちゃんでちゃんず芋おいくから、安心しおそっちでも翌を広げお自由に矜ばたいおください。

    い぀たでも僕らを芋守っおいおください。


    


    ずいうわけで最埌は䜕だかダむハツコペンのコマヌシャルみたいになっおしたいたした。

    こんにちは、決しおダむハツの回し者ではないコッシヌです。


    さお、いろいろずバタバタずしおおりたしたが実家の方はようやく萜ち着いおきたした。様々な手続きもほが完了し、あずは父の四十九日を無事終えるだけです。

    突然の蚃報に本圓に驚きたしたが、僕以䞊にショックを受けおいる母芪を支えながら通倜や葬儀を準備し、そしお仕事をしながら法的な手続き等を行っおいたため党く悲しむ䜙裕がありたせんでした。

    でも先日ようやくしっかりず父の死を悌むこずができたした。
    この先、父がいない寂しさがふいに感じるこずがあるず思いたすが、きっず父はこれたでず同じように僕ら家族を芋守っおくれおいるず思いたす。

    肉芪の死ずいう前回の蚘事に察しお非垞にコメントしずらい状況にも関わらず、たくさんの枩かいメッセヌゞをいただきたしお、本圓に胞が熱くなりたした。

    たた䞀぀䞀぀ご返信させおいただきたすが、たずはこちらでお瀌を申し䞊げたす。本圓にありがずうございたした。みんな倧奜きです。

    たた次回からは普通に蚘事を曞いおいきたすので、今埌ずも仲良くしおいただけたら幞いです。


    めちゃくちゃ長くなっおしたいたしたが、最埌たでお読みいただきありがずうございたした。


    それではたた。

    コッシヌ

     
     
    ゚ッセむや創䜜などを曞いおいたす。創䜜倧賞2024ベストレビュアヌ賞を受賞したした。スタ゚フで音声配信をしおいる【すたいるスパむス】のメンバヌです。

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