
横綱の目に涙
大相撲秋場所千秋楽、3敗で並んだ安青錦にまわしを許さず一気に土俵下に突き出した。1年ぶりの天皇賜杯を前に、君が代を聞きながら涙をこらえる大の里。その涙は、横綱とダブって見えていた「彼」の顔を流し去った。
「彼」はたぐいまれな、すばらしい投手だった。江川卓。作新学院の貧打線を背に甲子園は春夏で4勝だったが、大学では47勝12敗、法政の4連覇に貢献した。彼が登板すると相手チームはなすすべもなかった。
巨人に入ってからは、9年間で135勝72敗、奪三振1,366(シーズン最多219)の卓越した成績の反面、被本塁打も253本(シーズン最多36本)と多かった。プロ野球は高校、大学とは違うのは当たり前だけれど、ときどきポカをするように思ったものだ。
手抜きをしていたという。
本人が言っているからまちがいないだろう。完投するためには全力投球では身体がもたない。ペース配分を考え、相手打者を見て投げていたという。手抜きに対する批判は多かったが、「最少の力で打者を打ちとる素晴らしいピッチャー」と落合博満はベタ褒めだった。
大の里も手抜きをしているのではないか?
破竹の勢いで横綱に駆け上がったころと比べて、この1年の相撲は別人のようだった。当たったあとすぐに引いてしまい、土俵際で回り込んだあげくが逃げ切れず、身体が浮いてしまう負けが目立った。彼本来の、押して、まわしを取って寄り切るという相撲が見られなかった。
ケガがあとを引いたからだろうか、いい意味?での手抜きだったのではないだろうか。まだ26歳、この先長く綱を締め続けるには相手を見て、力を配分しないと続かないと。大の里の相撲ぶりを見ると江川のデジャブに思えたのだ。
1年ぶりに手にした賜杯。
「この景色だけを見たくてなんとか頑張った」
この言葉と涙を見て、ダブって見えた江川の顔がわたしの中で流れ去った。
ksb東風堂
