
創作を5年続ける人の特徴とは?続ける人と決定的な違い
どうも、メタバースで物語を紡ぐストーリーメイカーの久我レイジです。
創作を続けていると、画面を開くだけで精一杯の日があります。
僕も一度、編集ソフトを立ち上げたまま、最初の一歩がどうしても出なかった夜がありました。
マウスに触れる指が重くて、しばらく画面をぼんやり見ていた時間を今でも覚えています。
そんな日がありつつも、気づけば五年近く制作に向き合ってきました。
スタエフでラジオ番組を作ったり、10年もの間、ブログ記事を書いたり、今はドラマ制作をしたりと、続けたいという気持ちだけでは説明できない、もっと静かで小さな理由があったように思います。
今日は、その五年間で気づいた「続けるための心の整え方」について書いてみようと思います。
続く人と途中で消える人の違い

いろんな人と活動してきましたが、続く人は才能よりも仕組みで動いています。
逆に途中で消える人は、やる気がある時だけ一気に走るタイプが多い。
やる気は気まぐれです。
あっという間に燃えるし、あっという間に消えてしまう。
続く人は感情に左右されず、淡々と前に進めるように自分の環境を整えています。
僕も昔は、やる気がないと一歩も進めないタイプでしたが、そのやり方だと続かないと気づいて、少しずつ小さく動く習慣に変えていきました。
五年続く確率は、実はかなり低い

SNSや創作活動で五年残っている人は、思っている以上に少ないです。
Xは一年以内に七割以上が投稿をやめ、
YouTubeは一年以内に九割が更新停止。
ブログは三ヶ月で八割が離脱。
世界的なクリエイター調査でも、三年以上継続できるのは一割程度と言われています。
つまり、五年続くというだけで上位の層に入るということです。特別だから残ったわけではなく、辞めなかったから残っている。
僕自身、五年続けようと思って始めたわけではありません。
ただ、辞めなかった。
本当にそれだけです。
淡々と進める力は、静かだけれど強い

やる気は波で、淡々は地面。
波は高い時は気持ちいいけれど、低くなると何もできません。地面の上なら、歩幅が小さくても確実に前に進めます。
僕の淡々は、ほんの小さなことばかりです。
夜に五分だけ編集して終わる日があります。
脚本を一行だけ直して閉じた日もあります。
メモに今日のアイデアを一つ残して寝た日もありました。
続いてはいるけれど、何をしているのかわからなくなる日もありました。
歩いているのか、迷っているのか、自分でも判断できない時間があったんです。
それでも、小さく動いた日々を積み重ねると、
あとで見返した時に「ああ、これが次につながったんだ」と思える瞬間があります。
これは淡々の力なんだと思います。
創作疲れのサインに気づくこと

続けるためには、疲れのサインを見逃さないことが大事です。
僕も、頭痛や吐き気が続いた時がありました。
目の焦点が合わず、画面の文字がぼやけてくる日もありました。
その日は五分も作業ができませんでした。
その頃は「やる気が弱い」と思って自分を責めていました。でも本当は、ただ体が限界を迎えていただけでした。
休むのはサボりではなく、続けるためのメンテナンス。そう思えるようになってから、逆にペースを長く保てるようになりました。
心を削らないための小さな工夫

長く続けるために、いくつか決めていることがあります。
二十分だけ作業する。
無理なら五分で完結するタスクに切り替える。
「今日はここまで進んだ」を自分に見せてあげる。
SNSを見る時間は決めておく。
大きな一歩より、小さな前進を積み上げる方が創作は続きます。走り切るのではなく、歩き続ける。その日の体調に合わせて歩幅を変えればいい。
そして、なぜ僕はやめなかったのか

続けているのに、意味があるのか自分でもわからなくなる日がありました。
淡々と動いてはいるけれど、この先に何があるのか想像できない夜もありました。
それでもやめなかった理由は、ひとことで言えます。創ることが、ただ好きだったからです。
編集した音がピタッとハマる瞬間があります。
脚本の一行が思い通りに繋がった時、呼吸が少しだけ軽くなります。
その感覚が、どうしても嫌いになれなかった。
好きだから、歩幅が小さくても進めたし、
好きだから、止まってもまた戻ってこられた。
結局のところ、継続は強さより好きが勝つのだと思います。
終わりに

創作を続けることは、特別な才能が必要なわけではありません。
今日、一歩だけ前に進めるかどうか。
その小さな積み上げが、いつか未来の景色を変えていくのだと思います。
五分でもいいし、一行でもいい。
休んでもいいし、揺らいでもいい。
あなたは今日、どんな一歩を進めますか。
僕は今、この文章を書き終えて、またひとつ前に進めた気がしています。
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