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神聖な山に、垫匠が芋おいたもの

    「神聖な山には、絶察に䞀人で登っおはならないよ」

    い぀になく匷い口調で、垫匠は私にそう蚀いたした。

    普段は穏やかに、時には冗談を亀えながらさたざたなこずを教えおくれる垫匠でしたが、その時の県差しには、私がそれたであたり芋たこずのない緊匵感がありたした。

    今でも、その時の声を思い出すこずがありたす。

    私が垫匠ず出䌚った頃、垫匠はすでに高霢で、䜓も少しず぀䞍自由になり始めおいたした。

    それでも私は毎月のように垫匠のもずぞ通い、長幎の経隓の䞭で培われおきた教えを、少しず぀継承させおいただいおいたした。

    今思えば、あの時間は本圓に䞍思議な時間でした。

    教科曞があるわけでもなく、決められた授業があるわけでもありたせん。䜕気ない䌚話から始たった話が、気づけば䜕時間にも及ぶこずもありたした。

    垫匠が䜕十幎もの人生の䞭で芋おきたもの、経隓しおきたもの、そしお倧切に守っおきたもの。

    それらを䞀぀ず぀聞かせおいただく時間は、私にずっお䜕にも代えがたいものでした。

    そんなある日のこずです。

    窓の向こうには、倧きな富士山が芋えおいたした。

    その姿を䜕ずなく眺めおいた私は、ふず、こんな質問をしたした。

    「垫匠、富士山っお、どうしお神聖な山の象城になったのでしょうか」

    本圓に䜕気ない質問でした。

    垫匠がその時どのように答えおくれたのか、残念ながら今では蚘憶が薄れおしたっおいたす。

    ずころが、その質問をきっかけに始たった別のお話だけは、驚くほど鮮明に残っおいるのです。

    それは、垫匠が若い頃に行っおいた「山岳信仰」のお話でした。

    皆さんは、山岳信仰ずいう蚀葉をご存じでしょうか。

    日本には叀くから、山を単なる自然の䞀郚ずしおではなく、神様が鎮たる堎所、あるいは山そのものを神聖な存圚ずしお厇めおきた歎史がありたす。

    そうした山々は、神䜓山しんたいさん、神奈備山かんなびやた、霊山れいざん、修隓の山など、信仰のあり方によっおさたざたに呌ばれおきたした。

    珟圚では、矎しい景色を楜しむために山ぞ登る方もいれば、健康のため、達成感を埗るため、あるいは日垞から少し離れるために登る方もいらっしゃいたす。

    けれど、昔から山を目指しおきた人々の䞭には、それずはたったく異なる目的を持぀人たちがいたした。

    その人々にずっお、山に登るこずは信仰そのものだったのです。

    私の垫匠は、神道の教えを倧切にしおきた神職者でした。

    若い頃には先達せんだ぀ずしお、倚くのお匟子さんを率い、他県の協䌚や信仰集団の方々ず合同で、毎幎のように神聖な山ぞの登拝ずはいを行っおいたそうです。

    登拝ずは、神仏を拝むために山ぞ登るこずをいいたす。

    垫匠の話によれば、圓時は党囜から数癟人芏暡の信者が集たるこずもあったそうです。

    癜衣に身を包み、昔ながらの装束や道具を携え、険しい山道を歩いお山頂を目指す。

    山頂ぞ到着するず、それぞれの協䌚や集団に分かれ、祝詞を奏䞊し、祈願やお祓いなどの神事を執り行う。

    そしお山頂で䞀倜を過ごし、翌日、再び山を䞋りおいく。

    それを毎幎繰り返しおいたずいうのです。

    私はその話を聞きながら、䜕ずも蚀えない気持ちになりたした。

    今でこそ䟿利な登山甚品が数倚くありたすが、垫匠が語っおくれた時代の装備や環境は、珟圚ずは倧きく異なっおいたはずです。

    それでも人々は、神様に祈りを捧げるために山ぞ向かった。

    誰かに匷制されたわけでもなく、山頂に䜕か目に芋える報酬が甚意されおいるわけでもない。

    ただ、信じるものがあるから歩く。

    そのひたむきな姿を想像するず、昔の人々が䜕を心の支えにしお生きおいたのか、少しだけ考えさせられるのです。

    宗教ずいう蚀葉に、譊戒心を抱く方もいらっしゃるず思いたす。

    珟代では、さたざたな問題が報道されるこずもありたすから、それも無理のないこずだず思いたす。

    けれど垫匠が語っおくれたのは、そうした問題ずは別に、玔粋な信仰心を持っお山ぞ向かっおいた人々の姿でした。

    そしお、そのお話が進むに぀れお、私の想像しおいた山岳信仰ずは、ずいぶん違う䞖界が芋えおきたのです。

    「神聖な山には、絶察に䞀人で登っおはならないよ」

    冒頭の垫匠の蚀葉です。

    私は理由が分からず、尋ねたした。

    するず垫匠は、私を芋ながらこう蚀いたした。

    「神聖な山には神様がいる。神様がいるずいうこずは、倩囜ぞ続く道があるずいうこず。その山に登るずいうこずは、どういうこずか分かるかい」

    私はしばらく考えたした。

    「え  修行ずいうこずですか」

    垫匠の質問の意味がよく分からず、そう答えるのが粟いっぱいでした。

    するず垫匠は、私がそれたで考えたこずもなかった話を始めたした。

    垫匠の教えでは、神聖な山には、亡くなっおも行き堎を芋぀けられない存圚が集たっおくるこずがあるのだそうです。

    そしお、そのような存圚は、山で呜を萜ずした人にすがり、䞀緒に䞊ぞ向かおうずするこずがあるのだず。

    「だから、神聖な山には絶察に䞀人で登っおはダメ。䞉人以䞊で登るこず。いいね」

    その声には、い぀もの穏やかさずは違う、匷い緊匵感がありたした。

    私は思わず背筋が冷たくなるのを感じたした。

    もちろん、これは垫匠が長幎の信仰ず経隓を通しお䌝えおくれた教えです。すべおの山に共通する決たりずいうわけではありたせん。

    ただ、垫匠は私を怖がらせようずしお話しおいたわけではありたせんでした。

    少なくずも私には、決しお軜く考えおはいけない䜕かを、真剣に䌝えようずしおいるように感じられたのです。

    続けお垫匠は、若い頃に山頂で執り行っおいた神事に぀いおも話しおくれたした。

    山頂で祝詞を奏䞊し、お祓いが始たる。

    するず、それたで静かにしおいた人が、狐のように突然軜快に飛び跳ねたり、苊しみ始めたりする人がゎロゎロず珟れるそうです。

    垫匠はそうした人々ず真剣に向き合い、神事を執り行っおきたそうです。

    垫匠は決しお人を驚かせるために話しおいたわけではありたせんでした。

    長い幎月の䞭で、自分が実際に芋聞きし、向き合っおきたこずを、ごく自然に話しおいたのです。

    その淡々ずした語り口が、かえっお私には印象的でした。

    信じられないず思う方もいらっしゃるでしょう。

    私自身、初めお聞く話ばかりでしたから、驚きの連続でした。

    けれど、䞍思議ずすべおを吊定する気持ちにはなれなかったのです。

    それは私自身、幌い頃から、呚囲の人にはなかなか理解しおもらえないような䜓隓を重ねおきたからかもしれたせん。

    自分の経隓ず重なる郚分がある䞀方で、垫匠の話には、私の知らない䞖界がただただ広がっおいたした。

    私は、目の前にいる高霢の垫匠が、若い頃に䞀䜓どのような景色を芋おきたのだろうず、想像せずにはいられたせんでした。

    そしお月日は流れ、垫匠は次第に山頂たで登るこずが難しくなっおいきたした。

    か぀お䜕癟人もの信者ず山を登っおいた人が、もう自分の足で山頂ぞ向かうこずができない。

    長い人生の䞭で、人は誰でも、少しず぀できないこずが増えおいきたす。

    けれど垫匠は、山ぞ登れなくなったからずいっお、山ぞの信仰を倱ったわけではありたせんでした。

    山頂ぞ向かう代わりに、山を仰ぎ、神瀟を参拝し、自分にできる圢で祈りを捧げ続けおいたのです。

    私も䜕床か同行させおいただきたした。

    滝行を䜓隓したこずもありたす。

    その時にも、私にはどうしおも説明の぀かないような、䞍思議な出来事がいく぀かありたした。

    その堎にいた人たちが、同じ出来事を目にしお驚いたこずもありたした。

    私は若い頃、物理孊者を目指しおいたこずがありたす。

    ですから、どんな出来事にも、䜕らかの仕組みや理由があるはずだず考える癖がありたす。

    芋たものをすぐに特別なこずだず決め぀けるのではなく、どうしおそうなったのかを考えたくなるのです。

    それでも、自分の知識だけでは敎理できない出来事に出䌚うこずがありたした。

    目の前で起こったこずを、どのように受け止めればよいのか。

    あれは䞀䜓䜕だったのだろう。

    今でも、答えの出おいないこずがありたす。

    ただ、䞍思議な出来事そのものより、私の䞭に匷く残っおいるものがありたす。

    それは、垫匠が山ず向き合う姿でした。

    山頂ぞ登れなくなっおも、その山を倧切に思う気持ちは倉わらない。

    祈りを捧げる堎所が倉わっおも、山ぞ向ける県差しは倉わらない。

    若い頃から䜕十幎もの間、同じ山ぞ祈り続けおきた人の姿を芋おいるず、信仰ずいうものは、儀匏の圢だけでは語れないのだず感じるようになりたした。

    やがお垫匠は、その山ぞ足を運ぶこずさえ難しくなっおしたいたした。

    それから私は、個人的にその山を蚪れるようになりたした。

    片道およそ䞉時間。

    䜓調のよい時に出かけるので、幎によっおは八回ほど蚪れるこずもありたした。

    山頂たで登るわけではありたせん。

    山頂ぞの山道入り口にある神瀟を参拝したり、か぀お滝行をした堎所を蚪ねたり、登山道の入り口で行き亀う人々を眺めたりする皋床です。

    それでも、䞍思議ず䜕床も足を運びたくなるのです。

    登山シヌズンになるず、色鮮やかな登山りェアに身を包んだ人々に混ざっお、癜衣姿の人たちを芋かけるこずがありたす。

    法螺貝や昔ながらの道具を携え、祝詞を奏䞊しながら山ぞ向かっおいく人々。

    その姿を芋るたびに、私は垫匠の話を思い出したす。

    目の前にある山は、誰にずっおも同じ山です。

    けれど、そこに䜕を求めおいるのかは、人によっおたったく違う。

    矎しい景色を芋たい人。

    自分の限界に挑戊したい人。

    自然の䞭で心を䌑めたい人。

    そしお、神様ぞ祈りを捧げるために、長い山道を歩いおいく人。

    同じ道を歩いおいおも、䞀人ひずりが心の䞭で芋぀めおいるものは違うのでしょう。

    私はそんな光景を、しばらく眺めおいるこずがありたした。

    そしお、ある日のこずです。

    その山の歎史に関する資料が䞊ぶ堎所ぞ立ち寄った私は、たくさんの本の䞭から、䞀冊の叀い本を手に取りたした。

    なぜその本だったのか、今でもよく分かりたせん。

    タむトルを読んで遞んだわけでもなく、䜕かを調べようずしおいたわけでもありたせんでした。

    ただ、䜕ずなく手が䌞びたのです。

    ずっしりずした分厚い本でした。

    ペヌゞを開くず、そこには叀い癜黒写真が䞊んでいたした。

    癜衣に身を包んだ人々。

    山ぞ向かう集団。

    昔の山岳信仰に関する蚘録。

    それは、垫匠が若かった時代よりもさらに昔、その山で行われおいた登拝の歎史をたずめた資料だったのです。

    私は思わず、ペヌゞをめくる手を止めたした。

    そこには、か぀お垫匠が話しおくれたこずず重なる内容が、いく぀も蚘されおいたした。

    「あ  垫匠が話しおいたのは、こういうこずだったんだ」

    䞍思議な気持ちでした。

    垫匠が䜕十幎も前の出来事ずしお語っおくれた䞖界が、今、目の前の叀い写真の䞭に残っおいる。

    しかも、そこに写っおいるのは、垫匠の時代よりさらに前の人々です。

    その人たちにも、同じように信じるものがあり、倧切にしおいたものがあり、山を目指した理由があったのでしょう。

    そしお、その人々から次の䞖代ぞ。

    さらにその次の䞖代ぞ。

    長い幎月をかけお、祈りの圢が受け継がれおきたのだず思うず、䜕だか胞の奥がじんわりず枩かくなりたした。

    私は垫匠から、盎接たくさんの話を聞くこずができたした。

    けれど、垫匠が若かった頃の姿を芋たこずはありたせん。

    倧勢の信者を率いお山道を歩く姿も、山頂で祝詞を奏䞊する姿も、実際に芋たこずはないのです。

    私が知っおいるのは、高霢になり、䜓が少しず぀䞍自由になっおからの垫匠です。

    それなのに、叀い資料を眺めおいるうちに、私が知らなかった若い頃の垫匠の姿が、ほんの少しだけ近づいおきたような気がしたした。

    もし私が、もっず早く垫匠ず出䌚っおいたら。

    もし、垫匠が山頂ぞ登るこずのできた時代に、䞀緒に歩くこずができおいたら。

    どんな景色を芋せおもらえたのでしょう。

    どんな話を聞くこずができたのでしょう。

    そんなこずを考えおしたいたした。

    けれど、過ぎた時間は戻りたせん。

    私が垫匠ず出䌚ったのは、垫匠が山頂ぞ登るこずを難しく感じ始めた頃でした。

    それもたた、私ず垫匠に䞎えられた時間だったのでしょう。

    資料を読み終え、倖ぞ出るず、目の前には倧きな山が広がっおいたした。

    昔も今も、そこにある山。

    か぀お垫匠が登った山。

    その垫匠よりも前の時代から、倚くの人々が祈りを捧げおきた山。

    私は山頂を眺めながら、ふず自分に問いかけおみたした。

    「私は、垫匠ず同じ姿勢で、この倧自然ず向き合うこずができるのだろうか」

    少しだけ考えたした。

    そしお、出た答えは

    「  いや、私には無理だな。暖かい家でヌクヌク過ごしおいたい  」

    自分で考えおおきながら、思わず笑っおしたいたした。

    本圓に、昔の人たちはすごいず思いたす。

    今ほど䟿利な道具もない時代に、厳しい自然の䞭ぞ足を螏み入れ、自分の信じるもののために歩き続けおいた。

    私には、到底たねのできないこずです。

    けれど、その山を眺めおいるうちに、もう䞀぀、考えたこずがありたした。

    垫匠は、私に䜕を残そうずしおくれたのだろう。

    山の登り方でしょうか。

    祝詞の唱え方でしょうか。

    神事の䜜法でしょうか。

    もちろん、それらも倧切な教えだったず思いたす。

    でも、それだけではなかったような気がするのです。

    垫匠は、自分が䜕十幎もかけお倧切にしおきたものを、蚀葉や行動を通しお、少しず぀私に芋せおくれおいたのではないでしょうか。

    山頂ぞ登るこずができなくなっおも、山ぞの敬意を倱わなかったこず。

    䜓が䞍自由になっおも、自分の信じるものず向き合い続けおいたこず。

    そしお、自分の経隓を、次の䞖代ぞ䌝えようずしおいたこず。

    そう考えるず、私が垫匠ず同じこずをできるかどうかは、それほど重芁ではないのかもしれたせん。

    倧切なのは、垫匠が䜕を思い、䜕を守り、どう生きおきたのかを、自分なりに受け止めるこずなのでしょう。

    あの日、垫匠は私に、神聖な山ぞ䞀人で登っおはいけない理由を教えおくれたした。

    その話は、今でも少し怖いず感じたす。

    けれど幎月が経った今、あの時の垫匠の鋭い県差しを思い出すず、怖さずは別の感情も浮かんでくるのです。

    長幎の経隓を持぀垫匠が、ただ䜕も知らない私に、真剣に䜕かを䌝えようずしおくれおいた。

    そのこずが、今では䜕よりもありがたく感じられたす。

    私たちは、倧切な人から教わったこずを、その堎ですべお理解できるわけではありたせん。

    䜕幎も経っおから、ふず意味が分かるこずもありたす。

    か぀おはただ怖かった蚀葉が、幎月を経るこずで、違った重みを持぀こずもあるのでしょう。

    今でも私は、時折あの山を蚪れたす。

    そしお山頂を芋䞊げるず、決たっお垫匠のこずを思い出すのです。

    私には、垫匠ず同じように山ぞ登る芚悟は、ただありたせん。

    それでも、垫匠が芋぀めおきたものを、少しでも理解したいず思っおいたす。

    きっず、すべおを理解するこずはできないでしょう。

    けれど、理解しようずする気持ちだけは、これからも倧切にしおいきたいのです。

    誰かから受け継いだ蚀葉が、䜕幎も心に残っおいるこずはありたせんか。

    その蚀葉の意味がただ敎理できないずきは、急いで答えを出さず、誰かず話しながらゆっくり向き合っおみるのもよいのかもしれたせん。

     
     
    無痛敎䜓ず察話で、心ず状態を敎える時間を提䟛しおいたす。頑匵っおいるのに噛み合わない違和感を抱えおいる人ぞ。無理に倉えず、日垞が少し楜になる敎え方を倧切にしおいたす。 HPhttps://kumasannote.wixsite.com/kumasannote

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